第149話 アーラシュ=ビェ

 雪が降る島の浜辺にて、夕日を眺めるアーラシュへ一人の少女が歩み寄る。


「ねえお兄ちゃん、なんで戻ってきてくれたの?お兄ちゃんがこの島から去った時、私たちはお兄ちゃんを見捨てたんだよ」


 アーラシュのその声に懐かしさを感じつつ、夕日を見ながら言った。


「俺は見捨てられるだけのことをした。魔法を拒むこの島を出て、魔法を必死に習得した。俺にも悪気はある」


「でも、私たちはーー」


「ーーペルシャ、別に良いんだ。俺はもう二度とお前には会えなくなる。だからマレーシャにも言っておいてくれ。大好きだって」


 ペルシャからはアーラシュの背中しか見えなかった。だがそれでも分かった。

 重たい背中、悲しみを背負ったような虚ろな雰囲気、アーラシュはこの島を護った英雄ーーだが彼は魔法を使った。魔法が禁止されているこの島で、彼は魔法を使った。


 皮肉な話だ。彼はこの島でが大好きなのに、魔法の才能を持っているから、魔法を使いたいと願ったから、それだけの理由で彼はこの島の者たちから迫害されている。

 彼はただ夢を追いかけたかっただけだ。憧れた自分の未来の姿を鏡として映しただけだ。

 けれど、けれど彼は報われない。


 アーラシュは立ち去ろうと一歩前に足を進めた。

 ペルシャの脳裏には過った。このままでは大好きなアーラシュにはもう会えないと、大好きと言ってくれたアーラシュにはもう会えないと。



 ーー嫌だよ。二度と会えないんじゃ……私は……私は……



「また逃げるのか?アーラシュ」


 そう言って現れたのは、ブレイバー兵長であった。


「ブレイバー、生きていたか」


「アーラシュ、あの時もお前は逃げた。ペルシャから、マレーシャから。そしてお前はまた逃げようとしている。向き合わず」


「ブレイバー、お前たちだって魔法を拒み続けた。魔法という存在からーー。いや、何でもない」


 つい感情を露にしかけたアーラシュは、すぐに口を塞いだ。


「確かに俺たちは魔法を拒んだ。だからお前はこの島を出ていった。けど、けどようやく分かったんだ。俺たちは魔法を拒む必要はなかった。恐れる必要はなかった。なあアーラシュ、戻ってきてくれ。この島に」


 振り返ったアーラシュは気づいた。

 いつの間にか、アーラシュの帰りを待つようにして島の人々が皆この浜辺に集まっていた。皆、アーラシュを懐かしそうに見つめ、そして笑みをこぼしていた。


「アーラシュ、今まで本当にすまなかった。だけど、もう俺たちは魔法を拒まない。だから、だからいつでも戻ってこい。お前の故郷に」


 アーラシュはブレイバー兵長へ背を向け、上を向いた。空を見ていた、のではない。

 彼は嬉しかった。それ故、溢れてしかたないのだ。喜びが、嬉しさが、愛が、


「「「お帰りなさい。アーラシュ」」」


 島中の人がそう言った。

 アーラシュの足元にはポタポタと雫がこぼれていた。


「皆、必ずまた帰ってくる……だから、だから……お帰りと、そう言って迎えてください」


「ああ。御安いご用さ」


 アーラシュは背を向けたまま空を飛び、静かに島を去っていった。冬島に咲く『お帰りなさい』の花束は、今のアーラシュには胸が張り裂けるほどに嬉しいものであった。

 だから次はその言葉を真っ直ぐ正面から受け取れるように、彼はいつか島へと戻ってこれるように、遠ざかる。


「また、いつか……」

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