第146話 封印は解かれた
時計塔へとついたイージスは、三階の牢へと向かった。だがそこでは兵が皆血を流して倒れていた。死んではいない。だが重傷を負っており、すぐに手当てをすれば助かる者もいる。
その兵を足場に、一人の女性はイージスを見て言った。
「敵に同情はするな。それは意味のないことだ」
イーロン、彼女はそう言い、スフィアの囚われている牢へと手をかざす。だがその牢に魔法は干渉されないらしい。イーロンが兵の体から鍵を探していた。
すると一人の兵が、意識を取り戻してイージスのもとへと転がった。
「大丈夫……ですか?」
「ふざけるな。悪魔どもめ。この世界に魔法さえなければ……俺は……」
見覚えがあった。その男はついさっきイージスと口論になっていたブレイバー兵長であった。
イージスは虚ろな瞳でその光景を目にし、まるで思考が停止したように脳は考えることをできずにいた。
「スフィア。速く出ろ」
イーロンは鍵で牢を開け、スフィアを檻の外へと連れ出していた。
彼女は転がる兵たちを見るや、どことなく悲しみを交えた瞳を閉じていた。彼女は躊躇った。自分一人を救うために失われた代償を。
イーロンはスフィアを背に抱え、窓の方へと駆け出していた。イージスは全てを振り払うようにして顔を左右に振り、イーロンの後を追う。
「君は逃がさない」
イージスの足へ鎖が絡みついた。イージスの動きは止まり、それに気づかなかったのか、イーロンは先に時計塔から抜け出していた。
「おやおや。仲間に見捨てられるってどんな気分なのかな?教えてほしいものだよ」
謎の威圧感、それに加え心臓に直接触れられているような不快感が彼の神経をくすぐっていた。
イージスは振り返り、鋭い目付きで問う。
「誰だ?」
「私はここ、魔法鎖国島の管理をスーザン様より任されました、クロック=クロノスタシス」
「お前が、クロックか」
その瞬間、イージスは胸の奥底から沸き上がる憤怒に身を焦がしていた。
ーークロック
その名はまさしくペルシャの言っていたこの島の人々が魔法を嫌いになった原因。つまりこの男さえいなければ、この世界はこれほどまでに狂うことはなかった。
「その目、なぜ怒っている?」
まるで何も理解していないかのような発言と態度に、イージスの怒りは掻き立てられていた。
イージスは魔方陣から剣を取り出し、その剣で鎖を斬った。
「クロック、お前のせいで、どれだけ多くの者が傷ついた。どれだけ多くの者を偽りに染めた」
「ああ。君は全てを知ってしまったか。だが魔法を嫌いになったのは最終的にこいつらの意思だ。私のせいにしないでもらいたいね」
そう言い、クロックは倒れるブレイバーの顔を踏んでいた。
「それ以上、この島の者を傷つけるな」
叫び、イージスは飛びかかって剣をクロックへと振り下ろす。クロックは手に持っていた鎖を操り、剣を弾いた。
《夕焼けの剣》、アリシアから貰ったその剣を握り、イージスは再度クロックへと斬りかかる。
「少年よ、よく聞け。いつの時代だって新しいものには『恐怖』がつきものだ。いつだって人は新しい何かに恐れる。だが多くの者がその恐怖を乗り越える。だが、人は誰しもが強いわけではない。その結果が魔法鎖国島、つまりはここだ」
「魔法を拒ませたのはお前だろ」
「そう睨まないでくれ。私が拒ませたわけではない。魔法を拒んでいるのは彼ら自信だ。その意思は彼らが抱えているさ。だから私が罪を背負う意味がない」
クロックは平然と言葉を紡ぎつつ、荒れ狂うイージスの剣を鎖で何度も防いでいた。圧倒的な速さと攻撃力になす術なく、イージスは攻めきれない。
「君も弱いな。それでは大切なものなど何一つ護れやしないさ」
「護ってみせる。今度こそは」
狭い時計塔の内部にて、イージスは剣を抜刀の体勢で構えた。そのままクロックへと駆け抜ける。
「ここで大技を撃てば死にかけのこいつらもただではすまないぞ」
「分かっているさ。だから、強すぎず、弱すぎず、俺はお前に敗けはしない」
壁を駆けるイージスへと鎖が蛇のように牙を向く。鎖がイージスへと絡まる寸前で剣は抜かれた。素早く抜かれた剣は風を斬り、鎖を弾いて風圧がクロックのみを吹き飛ばした。
「何だ、どういうことだ」
「繊細に、そして正確に。魔法試験でよく問われることさ。そのくらい」
クロックは吹き飛び階段を下り落ちた。体勢を崩したクロックの隙を狙うようにし、イージスへ剣を振り上げた。
「これで終わりだ。〈
激しい衝撃波が周囲を駆け抜け、時計塔には巨大な穴が空いた。そこからクロックは血反吐を吐きながら宙を舞い、そして地面へと転がった。
イージスは剣を魔方陣へとしまい、時計塔一階へと叩きつけられた。クロックを倒し、イージスは安堵するとともに荒い呼吸で息を整える。
クロックは敗れた。
転がり倒れるクロックのもとへと近づく足音、その足音の正体はクロックのもとへとつくや膝を曲げ、顔を覗き込んだ。
「負けたのね。全く、これならすぐに儀式を始めるべきだったよね。ごめんね、クロックちゃん」
優しく穏やかな口調で意識を失ったクロックへと話しかける女性、彼女はクロックへと手をかざし、傷を癒した。
「しばらくは眠っていてね。朱雀、儀式を始めるね」
その女性ーースーザン=サウスは騒がしい火炎を纏う巨大な鳥を背に、時計塔の壁へと手を触れた。
「甦れ、我ら四神を統べし存在、幻の五神目、黄竜」
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