第144話 クロックの目録
「魔法?そうか、お前が魔法使いか」
イージスを見るや、兵をまとめている男は槍を向けて警戒をする。
「ああ。僕は確かに魔法使いさ。だけど、魔法を嫌いになることはないんじゃないか?」
「なあ少年。魔法とはな、悪そのものだ。これまで悪は形を変え、世界に様々な災厄をもたらしてきた。時に恐怖という悪で世界を混乱させ、時に人という形に姿を変えて悪は世界を蝕み続けた。同じことさ。魔法は悪が形を変えただけの存在。そんなものがあるから、我々は傷つかなくてはいけない」
「でも、でもそれでは、拒み続けるばかりでは、未来へ歩むことはできないじゃないか。前に進むことができないじゃないか。進歩を、人類が一から積み上げ、ようやく実現させた『魔法』という夢物語。それは拒みものなのか」
「実際にそれは私たちを蝕んでいる。それは変わらないだろ。魔法とは包丁なんだよ。今では誰であろうと魔法を使える。だがそれはひとえに、誰もが人を殺せるということだ」
「違う。問題なのは魔法そのものではなく、使う本人だ。悪人が使えば魔法は凶器になるし、善人が使えば魔法は命綱になる。だから魔法を拒まないでくれ。魔法を信じてくれ」
熱く語っている。そんなことは彼は解っている。
それでも解らせたいんだ。解ってほしいんだ。魔法は害であるのかもしれない。だがそれでも、魔法を拒むことは未来という可能性を閉ざしてしまう。
「魔法なんか信じれるわけない。腹が立つな。その思想。いい加減にしてくれよ。もう黙ってくれ。魔法がなければ、俺たちは……」
男はひどく悲しい表情を浮かべていた。
それは魔法によって人生を狂わされた者にしか解らない苦しみであった。
イージスは言葉に詰まった。
「少年。お前は殺して良いと上から指示が出ている。死んでもらうぞ」
イージスは剣を抜こうにも、彼らへと攻撃するのを躊躇っていた。だからイージスは空いていた窓から素とへと飛び出した。
「スフィア。また助けに来る」
そう言い残し、イージスは魔法によって姿を隠した。
去っていく少年の姿を見届けた男は、槍を強く握りしめ感情的になっていた心を落ち着かせようとしていた。
「ブレイバー兵長、逃げていきましたが……追わなくても?」
「ああ、別に構わないさ。逃げるってことは、魔法など使わない俺たちにすら勝てないってことだ。そんな奴、いつでも捕まえられる」
男はーーブレイバーは少し冷静になり、呼吸を整えた。
なぜ自分があれほどに感情的になってしまったのか、ブレイバーはイージスが逃げていった街の方を見ながら考えていた。
(別に、俺は魔法は受け入れない。だって必要ないだろ。そんなものは……俺には……)
ブレイバーは心に迷いを生じるも、それはまやかしだと言い聞かせた。そうでもしなければ前に進める気がしなかったからだ。
だからブレイバーは魔法に牙を向こうと必死に牙を見せつける。
それで良い。きっとそれで良いのだと。
「ブレイバー兵長。魔法使いが現れた気配を感じたのですが、大丈夫か?」
「はい。クロック司教。逃がしてしまいましたが、生け贄のこの女は何とか守りきりました」
「そうか。なら良い」
現れたクロック司教へ敬意を払うブレイバーは、その目で魔法という未知の世界を見ようと考えていたのかもしれない。だがそれを悟られぬよう、彼は敬意を払うふりをして自分の気持ちを誤魔化していた。
自分は間違ってはいない。間違っているのは世界の方だと、そんな言い訳を滲ませながら。
「ではブレイバー兵長、くれぐれもこの島に魔法は断固として排除せよ。魔法とはこの世で最も意味のないものなのだから」
そうブレイバーへ必要以上に脅すように言うと、笑みをこぼして去っていった。
クロック司教は一階の長椅子を並べられた部屋へと進むや、周囲に誰もいないことを確認して壁に手をかざす。クロック司教の手には魔方陣が出現し、そして壁には扉が浮き上がった。
「魔法は不要?そんなはずないだろ」
クロック司教は皮肉を込めた笑みでそう呟くと、魔法によって開いた扉を進んで奥へと進む。その部屋の奥には魔法について懸かれた書物が無数に並べられていた。
「魔法を恐れる者は愚か者ばかり。これでまた才能の有る可能性のあった魔法使いが消えてくれた。特にペルシャという女は魔法の才能があったのだがな、とんでもない才能だが魔法がなければ弱いだけ。だがアーラシュを逃したのは不覚だったが」
クロックは嘲笑しつつ、魔法を捨てた島の人々を思い出して見下していた。
「そういえばもうじきスーザン様が来るのだったな。宴の用意をしなくては」
そう呟くと、クロックはその隠し部屋から去っていく。その一連を、何者かが息を潜めて見ていた。
だがクロックはそんなことには気づかず、スキップ気味で歩みを進める。
「ペルシャ……必ずお前をーー」
何者かはそう決意し、夜の街へと駆け出した。
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