第143話 魔法の正体

 イージスが目を覚ました場所は、貧相な着物を身に纏った幼い子供の家であった。彼女はイージスの横に正座し、イージスが飛び上がって起きたと同時、しりもちをついて驚いた。

 イージスは彼女がいることになど気づかず、スフィアのことを思い出して頭を抱えていた。


「スフィア、どうしてお前は……」


 淡々と吐き出されるその思いに、少女は困惑し固まっていた。

 険しい顔をしているイージスへ、少女は恐る恐る声をかけた。


「大丈夫……ですか?」


「ーーーー」


 そこで初めてイージスは気づいた。隣に少女がいることに。

 探り探りで記憶を掴み取り、ここへ来た経緯を鮮明に思い出した。ふと天井を見ると、そこには大きな穴が空いていた。


「ああ……そうだったな……」


 イージスは手を天井へとかざすと、完全にとはいかないまでも、天井が塞がる程度には修復されていた。


「ありがとな。こんな見ず知らずの僕をかくまってくれて」


「いえいえ。私は何も。ただ困っている時はお互い様なので」


 人見知りなのか、少し顔を赤らめて恥ずかしそうに喋っている。

 イージスは少女の服装に目をやり、ふと考えた。貧相な服を着ている彼女ーーそこから物語られるは苦労であろう。

 これ以上彼女へ迷惑はかけられない。だからイージスは立ち上がって少女へお辞儀をした。そして振り返り、帰ろうとする。


「ありがとな。おかげで助かった。またどこかで会う機会があったら、その時は礼でもさせてくれ」


 そう呟くと、イージスは戸を開けて去っていく。

 少女は寂しげな表情で遠ざかっていくイージスの背中を眺めていた。その背中を見た少女は、一人の兄と一人の姉のことを思い出していた。


「お兄ちゃん……お姉ちゃん……。速く……速く帰ってきてよ」


 目に涙を浮かべてうずくまる少女の声は、今は誰にも届かない。投げやりに放たれた声に寂しさをにじませ、少女は床を何度も叩いた。

 そんなこととは訳知らず、イージスは街を駆け巡ってスフィアを探すも、どこにも見当たらない。その道中で、イージスの足元には矢が刺さった。


「またか……。ペルシャ……」


「ようやく見つけた。迷い込んできた魔法使い。ここでお前は殺さなくてはいけないな」


 矢が何発もイージスへと振り注ぐ。イージスは背中を魔法で防ぐが、矢は謎の軌道を描き、イージスの足へと直撃した。


「な……!?」


 屋根の上を走っていたイージスは、体勢を崩して前方にあった時計塔の窓から中へと迷い込んだ。時計塔は広く、幾つも長椅子がおかれていた。

 イージスは長椅子の陰に身を潜め、隠れていた。とはいえ、血が錯乱し、通りかかればすぐに見つかってしまう。イージスは隠密魔法で姿を消した。


 荒い呼吸が止まらず、次第に血が出る量は増えていくばかり。足に刺さった矢を抜いて、長椅子の下に転がした。

 傷を負っているイージスを探すように、イージスが入った窓代わりの穴からペルシャが弓を持って入ってきた。


「ちっ。ここは私ですら立ち入りを禁じられている場所なのに……厄介な場所に入られたな。仕方ない。司教たちに頼むか」


 そう呟くと、ペルシャは時計塔の外へと出ていった。イージスは安堵とともに息を吐き、長椅子に背をつける。


「全く、この島に魔法使いが入ったらしいですよ。クロック司教」


「面倒なことになってしまったが、まあ良い。全てはペルシャに任せておけ。彼女なら迷い込んだ魔法使いを殺してくれるだろうし」


 怪しげな会話をしている男たちが階段を使って長椅子が並べられたこの広間へと降りてきていた。とはいえ、位置的にはかなり離れている。

 そこからでもイージスは男たちの声を聞き取れていた。


「そういえばクロック司教、もうじき神スーザンがここへ訪れるようです」


「そうか。では早急に魔法使いを捕まえてもらわなければな。それと、昨日捕まえたあの女に関しては、スーザンへの生け贄にしようか」


「はい。では逃げないように警備を分厚くしておきましょう」


 それを聞いたイージスは、強く拳を握りしめた。だが今の自分にはどうしようもできない、それが解っているからこそ、イージスには何もできなかった。

 重たい気持ちを抱えている内に、既に夜になっていたことに気づいた。魔法で傷口は塞がった足で立ち上がり、誰の気配もない階段を上がって上層へ上る。


(スフィア……)


 上の階へ進むと、そこには無数に本棚があった。

 その中を歩いていると、真夜中に光る一冊の本があった。イージスはそっとその本を手にする。


「グリモワール」


 その書物にはそう書かれていた。分厚く黒い光沢のあるその本を手にしたイージスは、静かに読み進めていく。


『魔法とは悪であるか?それとも善であるか?その答えはきっとこの世界のどこにもない。答えは各々の胸の中に財宝のように眠っているのだろう。だからこそ答えは曖昧で、その答えをはっきりと述べられる者はいない。

 誰しもが迷い虚ろ行く世界で、人は答えを見つけることができない。だから世界とは美しくもあり、残酷である。答えのない問い以上に、残酷なことはないだろう。

 だから私はここに記す。たった一人の娘を捨てて旅に出た結果を、私は記す。

 魔法ーーその正体は 』


 そこから先のページは破れていて続きがなかった。

 もう少しで掴めそうな答えは、今ここでうやむやになった。最後に名前が記されており、そこにはリーファ、とそう書かれていた。

 曖昧なままの答え、イージスは書を静かに本棚へと戻すと、階段を上ってさらに上層へ向かった。


 そこでイージスの足は止まった。

 そこには無数に牢があり、兵が巡回していた。その牢のひとつにはスフィアが全身鎖で縛られて入っていた。

 そこで何を思ったのかイージスは自らの姿を隠していた魔法を解いた。当然、イージスは兵に見つかる。


「何者だ。お前は」


「なあお前らーー」


 イージスは虚ろげな表情を浮かべ、言った。









「ーー魔法は、嫌いか?」

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