第139話 少年の手紙

 アニーは拐われたまま、帰ってはこなかった。

 場所は恐らく魔法城ではあるのだろうが、〈魔法師〉のアジトということもあり、気安く立ち寄れない場所であった。


 アニーが帰ってこない。

 そのことに、一人の少年は笑顔をなくして空を眺めていた。


「イージス。また授業をサボったようだな」


「ノーレンス聖……。まだアニーは、帰ってこないのですね」


「ああ。だが必ず帰ってくる」


「無理に決まっている。相手はあの〈魔法師〉だ。どう足掻こうとも勝てるはずのない相手なんだ。もうアニーが帰ってくることは……ないんですよ……」


 イージスは悔しさをにじみ出しながらそう答えた。

 もう二度と帰ってこないアニーへの思いを吐き出し、イージスは憂鬱に浸っていた。

 ずっとそばにいたはずのアニー、いつもイージスの隣はアニーで埋まっていた。だが今ではイージスの隣はがら空きだ。もうイージスには生きる意味がなかった。だからもう全てに興味がなくなっていた。

『魔法』というものにすら、彼は興味を失っていったのだ。


 皮肉な話だ。

『魔法』に憧れて魔法学園に入ってきた少年は、『魔法』によって大切な人を失った。

 彼は疲れていたのだろう。日々を戦いに身をおくその時間に。


「ノーレンス聖。僕、この学園を辞めます。しばらくは一人で考えたいんです。どうにも、決心がつきそうにないから」


「待て。イージスーー」


 だがイージスの表情を見るや、ノーレンスは口を出せずに固まった。その目はかつての自分と同じであったから。

 大切な人を失ったからこそ、もう生きる意味を失くした目であったから。


「今までこの学園にはお世話になってきました。ですがさようならです。またどこかで会えたのなら、その時は何でしょうね。やっぱなんでもないです。ではもしアニーが帰ってきたら伝えといてください。『大好き』だって」


 最後にアニーへの思いを吐き出し、イージスは学園を飛び出した。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 アーサー家屋敷。

 六女のシフォンは二階にて物音がすることに気づいた。


「おかしいな。今二階には誰もいないはずなんだけどな」


 シフォンは愛犬であるタイガーベルとともに階段を上り、物音がしていたイージスの部屋へと入った。見渡してみたものの誰もいなかった。

 タイガーベルは何かを感じたのか、机の方へと走り出した。


「ベル。どうした」


 机にのったタイガーベルがくわえていたのは、謎の封筒であった。差出人からの宛名はなく、何も書いていないただの封筒。

 シフォンは封筒を開け、中に入っていたものを取り出した。


「手紙……?」


 シフォンは恐る恐る手紙を開いた。そこに書かれていた文字にシフォンは見覚えがあった。


「ベル。一緒に読もうね」


 シフォンは手紙に書かれている内容をベルとともに見た。


『大好きだよ。皆』


 そう書かれた手紙がそこには残されていた。

 その手紙には何度も書き直された跡があった。何度も書き直したせいか、手紙はくしゃくしゃで所々黒ずんでいた。


 その末に書かれた短い言葉。

 シフォンはタイガーベルへと抱きつき、笑みをこぼしていた。


「ベル。散歩の時間だよ」


 シフォンは手紙をそこに残し、家の外へと出た。空に浮かぶ太陽を眺めていた。

 シフォンは一人の兄弟のことを考え、呟いた。


「お兄ちゃん、頑張れ」

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