第139話 少年の手紙
アニーは拐われたまま、帰ってはこなかった。
場所は恐らく魔法城ではあるのだろうが、〈魔法師〉のアジトということもあり、気安く立ち寄れない場所であった。
アニーが帰ってこない。
そのことに、一人の少年は笑顔をなくして空を眺めていた。
「イージス。また授業をサボったようだな」
「ノーレンス聖……。まだアニーは、帰ってこないのですね」
「ああ。だが必ず帰ってくる」
「無理に決まっている。相手はあの〈魔法師〉だ。どう足掻こうとも勝てるはずのない相手なんだ。もうアニーが帰ってくることは……ないんですよ……」
イージスは悔しさをにじみ出しながらそう答えた。
もう二度と帰ってこないアニーへの思いを吐き出し、イージスは憂鬱に浸っていた。
ずっとそばにいたはずのアニー、いつもイージスの隣はアニーで埋まっていた。だが今ではイージスの隣はがら空きだ。もうイージスには生きる意味がなかった。だからもう全てに興味がなくなっていた。
『魔法』というものにすら、彼は興味を失っていったのだ。
皮肉な話だ。
『魔法』に憧れて魔法学園に入ってきた少年は、『魔法』によって大切な人を失った。
彼は疲れていたのだろう。日々を戦いに身をおくその時間に。
「ノーレンス聖。僕、この学園を辞めます。しばらくは一人で考えたいんです。どうにも、決心がつきそうにないから」
「待て。イージスーー」
だがイージスの表情を見るや、ノーレンスは口を出せずに固まった。その目はかつての自分と同じであったから。
大切な人を失ったからこそ、もう生きる意味を失くした目であったから。
「今までこの学園にはお世話になってきました。ですがさようならです。またどこかで会えたのなら、その時は何でしょうね。やっぱなんでもないです。ではもしアニーが帰ってきたら伝えといてください。『大好き』だって」
最後にアニーへの思いを吐き出し、イージスは学園を飛び出した。
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アーサー家屋敷。
六女のシフォンは二階にて物音がすることに気づいた。
「おかしいな。今二階には誰もいないはずなんだけどな」
シフォンは愛犬であるタイガーベルとともに階段を上り、物音がしていたイージスの部屋へと入った。見渡してみたものの誰もいなかった。
タイガーベルは何かを感じたのか、机の方へと走り出した。
「ベル。どうした」
机にのったタイガーベルがくわえていたのは、謎の封筒であった。差出人からの宛名はなく、何も書いていないただの封筒。
シフォンは封筒を開け、中に入っていたものを取り出した。
「手紙……?」
シフォンは恐る恐る手紙を開いた。そこに書かれていた文字にシフォンは見覚えがあった。
「ベル。一緒に読もうね」
シフォンは手紙に書かれている内容をベルとともに見た。
『大好きだよ。皆』
そう書かれた手紙がそこには残されていた。
その手紙には何度も書き直された跡があった。何度も書き直したせいか、手紙はくしゃくしゃで所々黒ずんでいた。
その末に書かれた短い言葉。
シフォンはタイガーベルへと抱きつき、笑みをこぼしていた。
「ベル。散歩の時間だよ」
シフォンは手紙をそこに残し、家の外へと出た。空に浮かぶ太陽を眺めていた。
シフォンは一人の兄弟のことを考え、呟いた。
「お兄ちゃん、頑張れ」
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