第138話 弓矢の少年

 ゼウシアを前に、ノーレンスは胸を張って立っていた。だが今のノーレンスには半分の魔力しかない。そんな状況ではこの男と互角以上にやりあうことはできない。

 ノーレンスが思わずこぼした冷や汗。それは危機感を感じていたからだろう。


「転移」


 ゼウシアがそう呟くと、ゼウシアのすぐそばにはイージスとアニーが転移された。


「そうか。お前もいたか」


 ゼウシアは即座に自らの顔を魔法で変えた。

 イージスとアニーは突如転移した場所に驚いていた。ゼウシアはアニーの腕を引っ張り、イージスから引き離した。


「アニー……」


「イージス……」


 二人はお互いに手を向け合うが、ゼウシアは勢いよくアニーを引っ張り、腕の中に包み込んだ。

 だがイージスは剣を振り上げた。


「アニーは、渡さない。〈絶対英雄王剣アーサー〉」


 イージスは剣を振り下ろした。激しい衝撃が周囲を駆け巡り、その一撃はゼウシアへ当たったのだろう、激しい煙が周囲を覆っていた。

 イージスは剣を構え、煙の中へと警戒していた。じきに煙は晴れた。攻撃が直撃したと思われていたゼウシアの前方には、エイリアンが創り出したであろう巨大な壁が築かれていた。


「イージス。相変わらず凄まじい才能を秘めているな」


 ゼウシアはそう一言言うと、あとはエイリアンに任せようと立ち去ろうとしていた。だがそのゼウシアの足には光の鎖が絡み付いた。


「ノーレンス、」


「ゼウシア。そう簡単に行くと思うなよ。私の娘を渡すわけにはいかない」


 そう言ったノーレンスを覆うように無数の槍が創造された。それと同時、槍はノーレンスへ向けて放たれた。激しい金属音が響くが、ノーレンスはそれらを全て光の盾で防いでみせた。


「無駄だ。私を少し舐めすぎた。それは敗因だ」


 ノーレンスはゼウシアの頭上へと巨大な隕石を出現させた。それは魔法戦の時にグラン=シャリオが放った隕石よりも遥かに巨大であった。

 だがそれはゼウシアへ当たる前で破壊された。轟音、それの正体はトール。彼は雷で隕石を破壊した。


「ギルヒメシュさんは!?」


「もう殺したさ……」


 そう言っていた最中のトールへ、槍が投げられた。それは最後にアニーが見た時にギルヒメシュが握っていたものであった。


「トール。逃がさない」


 ギルヒメシュは剣を握り、トールへと斬りかかる。トールは握っている剣で受け止めるも、背後から飛んできた燃え盛る槍を脇腹に受けた。ギルヒメシュは血を吐き、膝をついた。


「はぁぁああああ」


 ギルヒメシュは剣を振り下ろした。トールは顔から床に叩きつけられた。


「トール。こんなところでは死ぬなよ」


 イシスはギルヒメシュへと蹴りを入れた。ギルヒメシュは数歩分ほど吹き飛び、船の壁に背をつけた。ギルヒメシュを仕留めようとイシスは槍を握ってギルヒメシュへと襲いかかる。

 だが突如、無数の矢がイシスの体へと刺さった。


「またか……」


「ノーレンス聖。ここは私にお任せを」


 弓を構えた男がノーレンスの前に現れた。彼が矢を放っている元凶であろう。


「アーラシュ聖。お前も来ていたのか」


「お久しぶりですね。ノーレンス聖」


 名士四十一魔法師の一人ーーアーラシュ=ビェ。今彼は、ゼウシアへ弦を引く。


「さようなら。ゼウシア」


「待て。アーラシュ」


 ノーレンスが止めるのを聞かず、アーラシュは矢を放った。その瞬間に矢は消え、次に現れた場所はゼウシアの心臓ーーとなるはずだった。だがしかし、矢が刺さった場所はアーラシュの右腕であった。


「どういうことだ!?」


「座標変換。次にお前が矢を出現させる場所を変えた。それが偶然にもお前の腕だっただけだよ」


 ゼウシアの戦略に敗れたアーラシュは、腕を強く押さえつけて、敗北に酔っていた。

 これが負けるということなのだと、彼は思い知らされた。圧倒的強さを誇るゼウシアの思惑通り、敗北へと誘われた。


「さようなら。また会おうね」


 ゼウシアはアニーを連れ、雷鳴とともに消えた。それとともに世界は色を取り戻したように色づいた。

 ノーレンスたちが呆然としている間に、イシスたちは消えた。


「アニーが……」

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