アーノルド家編ーー序

第132話 少女の苦悩

 魔法戦後日。

 一人の少女はアーノルド家の領地へと赴いていた。

 執事たちが屋敷内を静かに彷徨いている中を、その少女は足音を立てながらある一つの一室を目指して歩いていた。目標の一室の扉の前へとつくなり、少女は大きく深呼吸をし、いざ扉を開けた。


 その部屋にはいくつか家具があるが、その部屋の奥には人一人が使っても差し支えないような大きさの机があり、その机に肘をつきながら男は書物を読んでいた。

 男は来訪者に気づき、視線を文字から来訪者へと移した。


「誰かと思えばあなたでしたか。アニー=アーノルド」


「お久しぶりですね。叔父様」


 椅子に座っていた男はアニーの祖父に当たる存在ーーペンタゴン=アーノルドであった。


「何か用でもありましたか?」


「はい。というより、呼び出したのはあなた方ではないのですか。こんな大層な手紙までよこしてきて」


 そう怒り気味に言うと、アニーはポケットから封筒を取り出した。その中には当然ペンタゴンが書いたであろう手紙がが入っているのだろう。


「なるほど。正直来てくれるとは思っていなかったよ。アニー」


「今さら媚びでも売りに来たのですか?」


「そんなことではないさ。我が一族アーノルド家に『千年魔法教会』から依頼が来た」


「『千年魔法教会』から!?なぜでしょうか?」


 千年魔法教会。

 その言葉だけで少しばかりピりついたアニーの心を落ち着かせるように、ペンタゴンは穏やかな口調で説明を始めた。


「依頼内容はただ一つ。〈魔法師〉の討伐」


「は!?〈魔法師〉の討伐って……そんなこと無理に決まっているじゃないですか。魔法ギルドは〈魔法師〉討伐に百ほどの魔法使いを雇いました。ですが結果は惨敗。圧倒的な力にはかなわない」


〈魔法師〉

 それは世界をたちまち恐怖に陥れてきた非正規個人ギルド。

 ある場所では国がなくなり、ある場所では大陸ごと消失したと言われている。それが彼らの起こした罪である。


 そんな者たちと、戦えということ自体不可能である。

 たとえ魔法聖であろうと、〈魔法師〉と戦って勝てるという保証はない。そもそも魔法聖は皆気まぐれで動く者たちだ。そんな彼らが〈魔法師〉の討伐に動くはずがない。


「叔父上。『千年魔法教会』にも魔法使いはいるはずです。名士四十一魔法師という者たちが」


 アニーは熱く語っていた。

 それも当然だ。

〈魔法師〉は容赦なく人を殺せる。そして強い。だからこそ恐れられている。


「叔父上。そもそも私がその戦いに参加する意味は……」


「『鍵』だよ」


「鍵?」


 アニーは困惑した。

 突如として叔父上から放たれた『鍵』というたった一単語。一体それに何の意味があるのか……。


「アニー、作戦開始は一ヶ月後の九月だ」


「まだ話はーー」


「ーー終わりだよ」


 追い返されたと言えば良いのか、アニーは黙り込んで扉の方へと足を進めた。


「アニー。くれぐれも妙な真似はするなよ」


「分かっていますよ。叔父上」


 少しずつ小さくなる声。

 アニーは重たい背中を叔父上へと向け、静かにその足を魔法学園ヴァルハラへと進めた。妙に重たい足が進むことを拒み、歩こうとしない。


「『鍵』なんて……ああ……父上、あなたはまだ仕事なのですか?あなたはまだ私に仕事と言い、会ってはくれないのですね……」


 虚ろげに呟くアニーの声は、一人の魔法聖には届かない。

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