第105話 少しでも前に

 扉が開いた。

 鉄の扉が地面を擦る音が聞こえ、私は思わず振り向いた。そこに立っていたのは、ブックであった。

 息をきらし、汗もかき、それでもここにやってきたブックであった。


「ブック。どうして場所が分かったの?」

「すまないな。俺はお前の場所を知るため、スカレアの情報が書かれているページを覗いた。そこで知ったんだ。スカレアの過去を」

「そう……なんだ」


 きっとブックは私の全てを知ってしまった。

 私は親に捨てられたこと。何度も死のうとしたが、結局死ねなかったこと。アズハ家に拾われたこと。

 他にも色々、彼は私の知ったのだろう。


「スカレア、あのさ……」

「どうせブックは私を大会に呼び戻したいんでしょ。私は嫌だよ。だって私は弱いから」

「別に良いさ。参加したくないのなら参加しなければ良い。スカレア、自分が生きたいように生きろ。お前が幸せならそれで良い。スカレアは、苦しい思いなんて経験しなくて良い。だから楽しいことだらけの人生にしようぜ」


 どうしてブックはそばにいてくれるの?

 どうしてブックは私の感情や思いを知っているの?

 どうしてブックは私のために動いてくれるの?

 いつも君は私のことばかり気にしていた。


「ブック。やっぱ私は楽しみたいよ。辛くても、戦ってくるよ」

「ああ。分かった。なあスカレア、負けても良いんだよ。それが成長するための糧になるから。だから頑張れ。スカレア」

「うん。行ってきます」


 私はほうきに乗り、大空を駆けた。

 まだ戸惑いはあるし、躊躇いもある。

 それでも進まないと、前に進まないと、きっと私はずっと臆病者のままになってしまうんだ。それだけは嫌だよ。


「えーっと、スカレアさんが時間になっても現れないと言うことで、急遽代役として……おっと……」


 試合が始まりかけた寸前、私は間に合った。

 ほうきにのって姿を現した私を見て、会場は騒然とはなったものの、疲れを払い、私はスタートラインに滞空する。


「ではスカレアさんも来たことですし、始めます。開始」


 その合図とともに、私はほうきの後方から風を出し、空のコースを勢いよく進んだ。前に二人。私は抜かそうとスピードを上げるも、速い。


「はぁぁぁああ」


 私は全力で風を放出し、一人抜かした。だがゴールまであと少しというところで、抜かせそうにない。

 そんな時、聞こえた。


「スカレア。頑張って」


 母の声。妹の声。家族の声。

 私は勇気をもらった。


「負けるか」


 一位の女性は速く、抜かせそうにない抜かせそうにない、それでも私は全力を出し続けた。

 あと少し、あと少しというところでゴールした。

 結果、抜かせなかった。けど……凄く楽しかった。


「ねえ君、名前は何て言うの?」


 疲れ果てる私のもとに、一位の選手はほうきに乗ったまま寄ってきた。


「私はスカレア=アズハって言います」

「そうなんだ。私はサナ=フラッシュ。さっきは抜かされるかと思ってびっくりしたよ」


 もし戦っていなかったのなら、サナとは出会えていなかっただろう。

 ねえブック。私は一歩でも前に進んだよ。

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