第76話 いつか来る別れに後悔をしないために
クイーンがヘルメス領から抜け出してから数日、魔法学園にあるイージスたちの部屋で休息をとっていた。
「クイーン。どうやらヒノコとイフが交渉したらしい。明日、最後にアイリス聖へと会いに行くが、来るか?」
「そうか……。では行こう。最後にさよならくらい、言わないとな」
クイーンは覚悟を決め、上を向いて拳を握る。
「クイーン。行くぞ」
イージスは無言でクイーンの腕を掴んだ。
クイーンとともに、イージスはヘルメス家の家へと向かっていた。
「クイーン。本当に大丈夫か?」
「大丈夫。逃げてばっかじゃ駄目なんだよ。いつか向き合わないと、後悔するから。だから私は……」
「言いたいことを全て吐き出せよ」
「うん」
巨大な海の上にそびえるは一つの島。その島の周囲は巨大な渦で囲まれており、船では到底たどり着くことのできない場所であった。唯一行く方法と言えば、転移か空を飛んで行くしかなかった。
イージスはほうきにのって空を飛び、ヘルメス家の敷地にある巨大な屋敷を囲む門の前へと降りた。門を二回叩くと、門は開き、彼らの前にイフとヒノコが現れた。
「来たか。では案内しよう」
イフは屋敷の方へと歩き出した。その背中を追い、イージスとクイーンは言葉など発することはなく、ただ静かに屋敷を目指していた。
イフは時々クイーンに視線を移すも、屋敷を目指してただ歩く。
「ついた。ここからは私とヒノコはついていくことはできない。この先にはアイリス聖がいます。では、後武運を」
イフは扉を開けると、その先にはアイリス聖がいた。
イフとヒノコはアイリス聖へと一礼をするや、イージスたちを通すために扉を支えていた。
「イージス。まだついていてくれないか。やっぱり私は……怖いよ」
「ああ。分かった」
イージスに続き、クイーンはその足を前へと進めた。静かに歩む彼女と彼であったが、内心は落ち着いてはいなかった。
迷い、それでも足を進め、後悔をなくそうとしていたのだろうか。それでも歩む道に違和感を覚え、クイーンの足はゆっくり進んでいる。ようやく扉を抜けたところで、イフとヒノコによって扉は閉められた。
「久しぶりだな。クイーン」
アイリス聖はクイーンを見てそう言った。
「母上。私は……」
「戻ってこい。ここがお前の居場所だろ」
「…………」
「クイーン。誰がお前を育てた?」
「…………」
「クイーン。お前は一人ではいきれない。私の教育がない限りは無理だ」
沈黙を続けるクイーン。いや、正確には何を言えばいいのか分からなくなっていた。
彼女は多くのことを考える中で、いつしか理解できなくなっていたんだ。
ーーどうして私はここにいて、どうして何かを変えようとしているのだろうか?と
「クイーン。お前はこちらへいるべきだ。遊んでばかりいるよりも、未来のない夢ばかり追い求めるよりも、こちらにいろ」
「母上。ようやく決心がつきました」
「そうか。戻ってくるのか」
「いえ。私は自分が追い求めているくだらない夢を追いかけることにしました。どれだけ周りがくだらないって思おうと、私の中では大切に生きていると気づけたから」
「そうか……」
なぜかアイリス聖はクイーンを止めようとはせず、ただ笑っていた。
「母上。今までお世話になりました。ですが、今日私はこの家を出ていくことにしました。さようならです。アイリス聖」
「そうか……。そうかい」
クイーンは深くお辞儀をして、振り返って扉を開けた。イージスもクイーンの後を追い、アイリスのもとから立ち去った。
誰もいなくなったその屋敷で、アイリスへ一人の者が話しかけた。
「アイリーン。お前はそれで良かったのか?」
「良いんだ。もう私には、クイーンを支えることはできない。ただ見守ることしかできないんだ」
「悔いか?」
「いや。決断だ。いつか手離すことになると分かっていたから。それにあいつは私の子ではないしな」
アイリスは躊躇うようにそう言った。
「アイリーン。クイーンは紛れもなく君の子だ。だってそうだろ。クイーンは、君のことをこう言っていただろ。"母上"と。だから誇りをもて。クイーンは君の子なのだから」
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