第73話 恐怖

「イフ副隊長。大変です」

「ヒノコじゃないか。どうしてそんなに慌てているんだ?」


 一人の女性兵士は荒い息を立て、早口にイフへと言った。


「クイーン様を救ってくれると信じていたイージスですが……最初からローゼンに見つかっており、地下牢へと囚われた模様です。クイーン様の奪還は……失敗しました」


 悔しげに言ったヒノコ。

 イフは言葉を失い、空を扇いだ。


「そうか……」


 イフには親衛隊内に多くの協力者を得ていた。だがしかし、結果は失敗に終わった。その原因は親衛隊隊長であるローゼン=クロッツであった。

 イフはただ落ち込むことしかできなかった。


「イフ副隊長。諦めるのはまだ早いです」

「どうしてだ?結局クイーン様は救えなかった。それで終わりでいいじゃないか」

「本当にあなたはイフ副隊長なのですか。私が知っているイフ副隊長は、こんなことで諦めるような人ではなかったと思いますけどね。イフ副隊長は誰よりも諦めがたく、強い人じゃなかったんですか。見損ないましたよ。もう私一人で救いに行きます」


 ヒノコはイフの前から立ち去った。

 イフはというと、呆然と突っ立ったまま拳を強く握った。


「私には……何もすることができないのか……。いや、まだだ」


 イフは足を進め、ヒノコの前へと立ちはだかった。


「ヒノコ。どうやら私は恐れていたようだよ。自分の命を。もう、私は諦めはしない。クイーン様のために、イージスのために、私は戦う」

「イフ副隊長」

「ヒノコ。私に作戦がある。その作戦に協力してくれるか?」

「はい。喜んで」


 そしてあっという間に夜が明け、朝が来た。

 だが朝の親衛隊の朝礼にイフは姿を現さなかった。

 ローゼンはそのことに気づき、朝礼が終わるとすぐにイフを探しに家の中を探し回る。だが、どうしてもイフは見当たらない。


「まさか……」


 ローゼンは足早に家の地下にある牢へと向かっていた。すると、既に牢の中には一人たりともいることはなかった。

 それはかつてそこに囚われていた者しかり、そして凍り漬けにされていたイージスしかり。

 その状況を悟ってローゼンは冷や汗をかく。


(なぜだ……。見張りは……。いや、既に見張りもイフの手の中ということだったのか)


 立ち止まるローゼンの前に、一人の男が現れた。


「久しぶりだな。ローゼン。俺を、覚えているかい?」

「お前は……」


 ローゼンは驚く他なかった。

 なぜなら目の前にいたのは、かつてこのヘルメス領へと侵入し、そして何人もの親衛隊隊員を殺し、さらにはローゼンと接戦を繰り広げ、アイリス聖が来なければローゼンは負けていたかもしれない相手であった。


「凶悪犯罪者。多くの者を騙し、金銭を奪い、さらには平気で人を殺すマッドサイエンティスト。名を、パープル=スコーピオン」

「よく覚えていてくれたね。ありがたいかぎりだよ」

「お前、なぜ牢から抜け出せた」

「ああ。というか俺は数年前からこの牢から既に出ている。確かにここでは魔法は使えない。だがそれがどうした?魔法が使えないのなら、握力や筋力を使えばいいだけの話だろ」


 そう言うと、パープルは檻を片手で簡単に粉々にしてみせた。


「そう驚くな。もう俺はお前などには興味はないからな」


 パープルはローゼンの横を素通りする。ローゼンはただ足を震わし、動くことなどできなかった。


(俺は……どうして…………)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る