第66話 少女の叫び

「クイーン。よく帰ってきてくれたな」

「うん……」


 元気のない声が、虚ろな表情を浮かべているクイーンの口から放たれた。

 母であるアイリス=ヘルメスは、クイーンとともに巨大な食卓へと座り、豪華な料理を食していた。


「クイーン。今日は東洋から買い寄せた青龍の肉や、北方で人気の甘いホワイトストロベリー、さらには南方では知らない者はいないという熟成ホットオレオを用意したのよ。どれも美味しいから食べてみなさい」

「はい」


 まるで機械のように発せられた声は、「喜んでいる」とはお世辞でも言えないほどであった。

 まるで全てが美味しくないと感じるように、クイーンは終始無言で料理を口へと運んでいた。

 美味しくないわけではない。その料理は誰もが「美味しい」と思わず絶賛してしまうほどの高級料理ばかりであったのだから。だけどクイーンは知っている。


 ーーこんな食事なんて……意味がないのだと。


 クイーンは寮での生活を思い出し、思わず手を止めた。


「どうしたの?口に合わなかった?」

「いや……美味しいよ」


 それでもクイーンは解っていた。

 母であるアイリスは、自分のことを思っているのだと。母は、自分のことを心配してくれていたのだと。

 クイーンは心配させまいと笑みを見せ、料理を完食した。


「クイーン。じゃあ食事を終えたところで、魔法の練習をするわよ」


 アイリスは立ち上がると、クイーンについてくるように促した。

 その時点で、クイーンはこれから起こることを理解していたのだ。

 促されてついた場所は、とても広い広大な正方形のフィールド。地面は砂岩や土で覆われており、周囲は高さ二十メートルはある巨大な壁で覆われていた。


「ではクイーン。いつも通り始めるぞ」

「はい……」


 色のない声で、クイーンは返事をする。


 それから数分後、クイーンは身体中に傷を負って地面に倒れていた。


「クイーン。速く立ちなさい」

「…………」

「クイーン」

「はい」


 憤怒の混じったその声に、クイーンは本能的に立ち上がった。

 恐怖という鎖がクイーンの精神をも拘束し、彼女の逃げ場をなくしていた。


「ではクイーン、もう一度いくよ」


 そう言うと、アイリスはクイーンへと火炎の魔法を容赦なく放った。それに対抗してクイーンは水で壁を創るも、真上から降り注ぐ雷には気づかなかった。

 全身に電撃が流れ、クイーンは身体中黒こげになって倒れた。


「クイーン。速く立って」


 その光景を、二十メートルはある壁の上にいた親衛隊隊長のローゼンと副隊長のイフは、肘をついて眺めていた。


「ローゼン。私だったらあの立場にいるのはちょっと嫌だね」

「当たり前だ。あんな虐待紛いのことをされれば、普通の子供なら家を飛び出すのは当然だ。それに逃げた先に光があったのなら、そこに戻りたくなる気持ちは十二分に解る」


 ローゼンは強く拳を握った。


「ローゼン。あんたも何かあったのかい?」

「いいや。ただ思っただけさ。人為らざる者、人を知るべからずってね」

「どういう意味だ?」

「単純にだ、他人が他人の感情を知るには、何か大きな代償がなければ解らないってことだよ」


 ローゼンは深い憂鬱に囚われ、その光景を眺めることしかできなかった。


「ところでさ、何でイージスとかいう奴は簡単にクイーンを渡したりしたんだ?」

「さあな。恐らく奪還するつもりなんじゃないか」

「奪還って……ここはヘルメス家の屋敷だよ。誰かが侵入することなんて万が一にもないでしょ」

「ああ。それに既にヒノコたちに警備に当たらせている。だから大丈夫だとは思うがな」


 ローゼンは曖昧な答えを返した。

 そうこうしている間にも、アイリスによる特訓は終わりを迎えた。アイリスはそそくさとその場を去り、クイーンは壁に背をつけて座り込んだ。


「イージス……。もう……君に頼るわけにはいかないんだ」

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