第65話 さようならの笑みを交わして
「はい。あなたの娘は返します」
「そうかそうか。では今日中に我が家に娘を連れて訪問してくれ。私は仕事があるので帰らなくてはいけないからな」
アイリス聖は前触れもなく僕たちの前から姿を消した。
だが僕にとってそんなことはどうでも良かった。
「お姉ちゃん……」
「イージス。アイリス聖の娘はどこにいる?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は絶望の底へと叩き落とされた。
「お姉ちゃん。彼女は……クイーンは帰りたくないと言っている。だというのに、なぜ返さなくてはいけない?」
「わがままを言うな。アイリス聖に逆らう?そんなことをすれば、お前はともかく、アーサー家全体に被害が及ぶ。なぜそんなデメリットを背負ってまでクイーンという子を救う必要がある?」
「でも……」
反論しようにも、僕は反論することができなかった。
k自分一人が犠牲になるのはいいんだ。けど、やはり家族に誰かが犠牲になるのは、そんな結末だけは、嫌なんだ。
「イージス。もう一度だけ問う。クイーンという子はどこにいる?」
僕は口を閉ざし、しばらく考えていた。
「クイーンは……」
「イージス。早く教えてくれ。私たちのためなんだよ。アイリス聖、いや、ヘルメス家に逆らってみろ。私たちは一瞬にして滅ぼされる。誰だってお前みたいに何も考えずに行動できるわけじゃないんだよ」
確かにそうだ。
恐らくムラサキお姉ちゃんは母さんのことを考えているのだろう。父さんがいない今、この家が滅ぶことは断じて許されないことだ。
だが逆にクイーンを売ることも絶対にできない。だって、彼女はそれを望んでいないのだから。
「イージス……。それがお前の出した決断でいいか?」
「僕は……」
二人とも救う道なんて、きっとないのかもしれない。それでも、何か一つでも取り零してしまったら、救いたいものも救えないでしまったら、そんな結末を迎えた未来に価値などはない。
「イージス。私から提案がある。その提案を受け入れてくれるかい?」
「提案……?」
「私の考えた策は一時的にクイーンを手離すことになるだろう。それでも私は私の考えた策には自信があると言える。この策さえ成功すれば、クイーンを救えるし、私たちも救われる」
「やろう」
「では策の内容を説明する」
ムラサキお姉ちゃんの考えた策は確かに良いと思うのだが成功するとは思えない策でもあった。
それでも僕はその策通り、クイーンに事情を説明してヘルメス家の家の前へと立った。
「クイーン。嫌だと思ったのなら、遠慮なくこのボタンを押せ。そしたら必ず僕が駆けつけるから。だから安心して家に帰るんだ」
「分かった。また会おうね。イージス」
クイーンはヘルメス家の門をくぐり、そしてアイリス聖のもとへと帰っていった。
クイーン。いつか会えると信じているよ。
きっと君は、家族のもとにいたほうが幸せなのだから。
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