第36話 満面の笑み

 鉄球は僕の顔面へと直撃ーーする直前で僕は魔方陣を生成してそこから《夕焼けの剣》を取り出して弾いた。

 どうやら魔方陣を生成することだけはできるらしい。

 魔法とは難しいものだな。


「お前。何者だ?」

「ワタシ、ここの守護者、へファイスター。侵入者は皆殺せとプログラミングされている」

「プログラミング。物騒な話だな。意思があるのに、あくまでも指示通りに動く機械。先に救うべきは、へファイスター。君らしいな」


 へファイスターは僕の独り言に耳など貸さず、腕を振り回して鉄球を僕へと振るう。それをひたすら避け続ける剣で跳ね返すも、さすがに威力が強い。


「ねえイージスお兄ちゃん。今思い出したけど、あれはとある企業が軍用に発売している戦闘ロボット、通称へファイスター。プログラミング通りに動き、そして体に仕込まれた無数の武器で敵を倒す。その強さから、一時期使用を禁じられたロボット。少しまずいかもしれない」


 軍用や戦闘ロボットだの、まさに戦闘向きの言葉ばかりが揃っているな。

 とは言っても、そのロボットに意思を与える魔法がかけられていなくても、きっと彼女は泣いている。


「クイーン。何か敵の動きを封じるレンタル魔法はないか?」

「あるけど……そのレンタル魔法は、せいぜい十秒しかもたない。それでもいい?」

「ああ。構わないさ」

「解った。じゃあ始めるよ」


 クイーンは僕の背中から飛び降りると、腰に巻いたポーチから一枚の札を取り出してそれを右手の甲に貼る。


束縛の札チェインカード


 クイーンの右手には、札が貼られた場所から銀色の線が出現し、それに呼応するかのように、へファイスターに銀色の鎖が絡み付く。


「イージスお兄ちゃん。するなら速く……」


 苦し紛れに言うクイーン。

 僕は三階にある唯一の扉を開けて中に入り、月光に照らされた卓上に置いてある宝石を片手に掴む。そのまま再びへファイスターがいる場所へと戻る。


 へファイスター。

 この宝石、《月の心》は、恐らく様々な者の心が宿っている宝石なのだろう。この宝石さえ身に宿せば、きっと、きっと、


 僕は鎖に縛られているへファイスターの心臓部に《月の心》をかざす。するとまるで心がそれを求めていたかのように光り出し、《月の心》がへファイスターの心臓部へと吸い込まれていく。


「イージス。鎖が解ける……」


 鎖は金属音を立てて弾け飛び、へファイスターは自由に動けるようになった。

 もしへファイスターに攻撃されれば、きっと避けられずに死んでしまう。それが解っていても、僕は剣を魔方陣にしまってへファイスター瞳を見つめる。


 ーー彼が、ワタシを救ってくれた恩人。


「どうして胸がこんなにポカポカしているのですか?」

「心があるからだよ」

「どうしてワタシは敵意を失い、プログラミングに逆らっているのですか?」

「君が優しいからだよ」

「どうしてワタシの瞳からは、何かが溢れているのですか?」

「それは、君が人間な証だ」

「イージス=アーサー。ワタシを救ってくれてありがとう」


 それはそれは機械には出せないような、美しい笑みであった。

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