第35話 城の守人

「クイーン。僕の背中に掴まっていろ」

「うん。分かった」


 クイーンを背中に抱え、僕は扉を開けて廊下へ出る。

 恐らくだが、階段は玄関のところにしかない。あくまでも勘だが、魔法による罠がある危険性が高いのは、カメラがない場所だろう。


『怪盗の極意その一

 常に冷静に、そして周囲への警戒を怠らず。』


 その心得通り、僕は周囲へと警戒を配る。

 どこかを踏んだ瞬間に魔方陣が出現する可能性がある以上は、迂闊に行動はできない。だがーー


『怪盗の極意その二

 時に賭け、そして時に攻めよ。』


 たとえ罠がいたるところに仕掛けられていようと、僕は生身の体で駆け抜ける。

 どこかに罠があるのは明白。だがそんな廊下を駆け抜け、僕は先ほどの玄関へとついていた。

 カメラが一台天井についている。あれに映れば、何か罠でも発動する可能性が高い。慎重に行かなければ。


十踏じゅっと


 この技は一瞬にして十歩前へと進み、速く歩くための技である。本来は訓練用の技だが、駆け出しなのだからこの技を使う他ないだろう。

 僕は十踏で階段下まで行き、ぎりぎりカメラの死角でしゃがみこむ。


「どう進むか……」

「イージスお兄ちゃん。転移の札、使う?」

「いや。この場所に転移の魔法など使う必要はない。魔法怪盗ルビー先生から教わった技さえ駆使すれば、この場所からなど抜け出せるはず……」


 階段は一本道。つまりはどこを通ろうともカメラには映る。

 だがしかし、唯一の活路はある。


「クイーン。少し浮遊感を味わうことになる。ちゃんと掴まっていろ」

「うん。分かった」


 クイーンの腕の力が強くなり、僕は手と足を地面につけて狼のように駆ける体勢に変わった。


「狼歩」


 その姿勢のままで、僕は壁を走って天井を駆け抜ける。カメラが映しているのはあくまでも下方向なわけで、上からならばカメラに映らず階を上れーー油断していた。

 天井を走っていたその最中、赤い魔方陣から放たれた火炎が僕を襲う。すかさず距離をとって地面へと着地するも、そこはカメラに映っている階段の上。


「侵入者。侵入者。早急に対処し、排除せよ」


 機械音が鳴り響き、僕の体には戦慄が駆け抜ける。

 既にカメラに見つかった。ならな、もうヒソヒソと身を隠す必要もなくなった。

 僕は駆け抜け、二階へと上ったが、三階への階段は二階への階段とは繋がっておらず、そこにはなかった。


「まずいな……」


 僕を追うように、無数の火の玉が宙を駆け抜ける。

 逃げても逃げても、火の玉はどこまでも追ってくる。

 速く《月の心》さえ見つければいいが、どこにも見当たらない。


『怪盗の極意その三

 止まるべからず。進めばやがて道は照らされる。己を信じ、そして仲間を信じ、ただ前に進むことだけを覚えよ。さすれば、やがて希望はすぐそこにある』


 そうだ。

 いつだって諦めるのは最善ではない。諦めなければ、きっと道は見つかるはすなのだから。

 自分を信じろ。自分が学んだ技術を信じろ。


「十踏狼歩」


 十踏と狼歩の応用技。

 狼歩よりも俊敏性に優れ、十踏よりも速さに勝る。まさに完璧な技。

 僕はその技で城を一気に駆け回り、三階への階段を見つけた。だが、一歩を踏み出した瞬間、地面には魔方陣が形成され、突風が床から吹き荒れる。宙に身が浮き、一回転するも、壁に四本しほんの手足をつけて天井を駆ける。だがその刹那、天井にも魔方陣がーー


「またトラップ!?」


 風が吹き荒れ、僕は一回転して腹から地面に叩きつけられる。

 何とかクイーンが無傷で済んだ。


「ちっ。さすがに罠が多いな」


 罠の多さに苦戦し、なかなか先へは進めない。

 それでも大地を踏みつけて、僕はボロボロの体で立ち上がった。


「スタンプ。待っていろ。今すぐに助ける」


 僕は再び階段へと駆ける。だが、火の玉が僕の前方へと回り込んだ。


 ー怪盗の極意その三


 僕は進まねばならない。ただ歩み、ただ進む。そこに進まなければいけない道があるかぎり。


「百踏ぉぉおおおおお」


 走り、駆け抜け、そして進め。

 僕は一瞬にして火の玉を避けて先へと進み、階段を駆け上がった。そしてようやく三階へついた。


「これより、最後の関門を始めましょう。怪盗」


 そこには、まるで機械かのようなネジを体のいたるところに装備し、滑らかな動きをするその少女に僕は目を奪われた。


「なぜここに少女が!?」


 目を丸くして驚いていると、少女が僕へと走り、両腕を鎖に変化させ、その先端には巨大な黒い鉄球がつけられていた。その腕をむやみにも振り回し、暴れまわる。

 目を離していないのにも関わらず、玉の軌道が読めずに顔面へと直撃するーー

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