第32話 怪盗

 ブラックキャットが捕まったと報じられて十日が経った。

 世界各地に点在する博物館は安堵に包まれ、世界には平和が訪れた。

 そんな中、一人の少年は魔法怪盗となり、日々訓練に励んでいた。


「足が遅い。それじゃ簡単に魔法で捕らえられるよ」


 少年の足には風のむちが絡み付き、少年はそのまま転がって地面に倒れた。


「イージス。大丈夫か?」

「ああ。そんなことより、魔法怪盗に付き合ってもらって悪いな。本来なら二人でどの職業の体験をするか二人で決めるはずなのに」


 辛気臭そうに言うイージスの発言に、アニーは眉間に優しい口調で囁いた。


「大丈夫だよ。イージスだって私が魔法竜騎士になりたいって言ったとき、付き合ってくれたでしょ。だから私も頑張るよ」

「ありがとう」

「ところで、クイーンは?」

「ブックとスカレアが子守りをしてくれてる。その間に私たちは強くならなきゃね」

「ああ。そうだな」


 なぜイージスは魔法怪盗になったか。

 その目的はたった一つ。

 ブラックキャットが捕らえられている牢獄。そこは一般人が簡単に入れる場所でなく、どの魔法も使うことができない。魔法使いには攻略は不可能。それに加え、その牢獄には人工的な罠がいくつも点在し、そしてその牢獄の中で一人、唯一魔法が使える者がいる。

 それがーーノーレンス=アーノルド。

 そもそもそも牢獄は彼が創った世界であり、彼が思うように操れる空間である。だがそんな牢獄を、一人の何者かが攻略した。

 それが魔法怪盗、いや、ただの怪盗。その者は牢獄に容れられた。だがその翌日、その者は牢獄にはいなかった。


 イージス=アーサー。

 彼は怪盗となり、その牢獄からスタンプを救い出す。


「イージス。遅い」

「はい」


 壁を走るのは当たり前。体が柔らかいのは当たり前。目がいいのも当たり前。聴覚や嗅覚に優れているのも当たり前。

 少年は修行と言うにはあまりに厳しすぎるその訓練を受け、体は既にズタボロであった。


「イージス。まだいけるか?」

「はい」


 嘘である。

 既にイージスの体には限界が来ている。だがしかし、それでも少年は修練に励む。

 友のため、そして友の友から聞いたことを確かめるため。


 ーーイージス。スタンプが怪盗をしていたのはね、私利私欲のためなんかじゃない。彼が今まで奪ってきた宝石は全て、精巧に創られた偽物の宝石。その宝石を創ったのはどこかの組織らしい。スタンプの両親もその組織に騙されて偽物を買わされ、破綻した。だからスタンプはその組織の情報を掴み、捕まえようとしている。


 そう、エリザは言った。

 イージスはそれが真か嘘かを確かめる必要がある。だから少年は、牢獄へと迎えにいかなければいけない。


「もっと体を動かせ」

「足が動いていない」

「常に周囲を警戒しろ」


 そしてイージス、彼は力尽きた。


「よく頑張ったな」

「ルビー……先生……」


 眠るように、息を引き取るように、イージスは倒れた。

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