第20話 勇気の剣

 やはりブックは紅色の分厚い本を読み、足を進めている。

 一体あの本に何が書かれているのか気になってはいるものの、僕たちが見てもその本には何も書いていないように見える。


「ブック。僕一応地理で習ったこの里の地形とか覚えてるから、二手に別れた方が効率いいんじゃない?」

「うーん。でもこの書はノーマンのもとに導いてくれるから、きっと大じょ……」


 僕たちが歩いていた場所は狭い登り道。下に落ちれば即落下という道で、ブックが歩いた足場は崩れ、下へと落下した。

 僕が行こうとしたのを制止し、スカレアが山の壁を駆け下ってブックを抱えて二十メートル下にあった森の中に飛び込んだ。


「大丈夫か?」

「……大丈夫。僕たちのことは気にしなくていい。だからイージスは先に山の頂上まで登ってくれ」

「解った」


 大声での会話が山びこする中、僕たちはいち速く山頂へと向かう。


「アニー。気をつけろよ」

「うん」


 足早に山を登り、頂上へとたどり着いた僕たち。

 そこには魔法地理学で学んだ通り、一つの巨大な洞窟があった。


「イージス。ここに……ノーマンがいるかもしれないの?」

「ああ。ここは密売組織にとってはうってつけの隠れ家だ。だからきっと、ノーマンはここに来て密売組織の連中と話しているに違いない」

「一つ思ったんだけどさ、もしかしてだけど、これからまた《精霊の雫》っていう花を採りに行くんじゃないの?」


 僕は咄嗟に魔方陣を生成し、そこから剣を取ろうとしたが遅かった。

 アニーの予想通り、丁度ダンジョンへと向かおうとしていた密売組織の一人が僕の首を掴んで持ち上げた。


「速い!」


 男が僕の首を潰すほど強く握っていると、洞窟の中から数名の男が現れる。


「おいおいオウル。そこら辺にしておけって。ってか、ダンジョンにいたガキじゃん。よくここまで来れたね」

「リーダー。ですがこのガキは殺しておいた方が良いと思う。というか殺したい」


 少しずつ首を絞める力を強くしていくオウルという男。


「イージスは、殺させない」


 アニーはオウルへと手をかざすーーが、オウルに"リーダー"と呼ばれていた男がアニーへ手をかざす。するとアニーの体は氷に包まれた。


「〈氷包レイード〉。こんな初歩の魔法で身動きがとれなくなるとは、やはり一年生は弱いな」

「リーダー。速く殺して《精霊の雫》を採取しに行きましょう。既に女は来ていますし」

「解った。とっとと殺せ」


 オウルが僕の首を絞めようと瞬間、一人の女子の泣き声が聞こえる。


「やめて……」


 涙ぐむ彼女の声は、霞んでいて聞きづらかったが、それでも何を言っているのかはしっかりと理解できた。


「おい女。お前の母親の結晶化、それを治せるのは俺たちだけなんだぜ。口答えせずに黙っていろ」

「けど、母の病気は一向に治らない」

「安心しろ。治らないんじゃない。治さないんだよ。最後まで働いてくれないと、結晶化の病気の特効薬はあげないよー」

「…………」


 リーダーに言葉巧みに攻め立てられ、ノーマンは言葉がでなくなっていた。


「それでいいんだよ。オウル、始め……」

「リーダーさん。お前、人をなんだと思っているんだ」


 僕は自分の首を絞めている男の腕を握り、何とか引き剥がそうとするも、やはり大人の力には敵わない。


「魔法を使えよ。そうした方が速いぞ」

「そんな外道なこと、するはずないだろ。魔法は人を幸せにするものであって、人を傷つけるものではない。僕は魔法で他人を傷つけたくはないんだよ」

「きれいごとはここでは意味がない」

「だとしても、僕はお前らを捕まえる」

「オウル。速く殺せ。少しばかり、目障りだ」


 拳を爪が食い込むほど強く握ったリーダーは、僕を鋭い視線で睨み付けている。

 だが僕はそんな視線など気にできる余裕はなく、今にも窒息死しそうな苦痛に耐えている。


「やめて……。もう、誰かが苦しんでいる姿は見たくないだ。やめて……やめて……やめてぇぇ」


 ノーマンの悲しい叫びがこだまする。


「ノーマン。君がどうしてこいつらのような密売組織と協力しているかは知らないが、君はそこにいたくないような悲しい涙を流していた……。僕はそんな君を救いたい。悲しみの底にしずんでしまった君を、救いたいんだ。だからさ、希望を抱いていい。もう泣かないでくれ。必ずいつか、君を助けてくれる人がいるから」

「終わりだ」


 オウルが仕上げとばかりに首を絞めていた手を両手にした途端、オウルの足は氷に覆われていく。


「〈氷包レイード〉。こんな初歩の魔法に足を捕らえられるなんて、密売組織とは脆いものだな」


 そう自信満々で宣言したのは、紅の書を持ったブック。そして彼の横にはスカレアがノーマンを抱えて立っていた。


「いつの間に!?」


 リーダーは突然のことに目を丸くして驚いている。


「オウル。何をしている」

「すみません。ですが、足を凍らされて動けません」

「ちっ。お前ら、やっちまえ」


 リーダーの背後に立っていた男たちが、一斉にノーマンへと魔法を浴びせる。


「〈絶対守護神盾イージス〉」


 ノーマンたちの前方に巨大な盾が出現し、火炎や電撃などの魔法は全て水の泡となって弾ける。その隙にスカレアはノーマンを抱えて逃げ、ブックはアニーを覆っている氷を溶かして逃げる。


「イージス」

「ああ。出でよ、《夕焼けの剣》」


 夕焼けが反射したかのような橙の剣。その剣を天へと掲げ、そして一瞬にして地面に向けて振り下ろす。


「〈絶対英雄王剣アーサー〉」


 振り下ろされた橙の剣。

 周囲は夕焼けに包まれ、そしてその光とともに空を覆っていた雲は消えていった。巨大な一つの夕焼けが現れ、地面は粉砕された。

 落下していく宙の中、ノーマンが僕を心配する声だけがーー残った。

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