第6話③
「なぁ、まだだめか?」
2分経った頃、良太が待ちきれなさを隠しきれずにうずうずしながらこっちを見た。まだだよと呟く僕も、タイマーの残り秒数が気になって仕方がない。ピピピッとタイマーが鳴り出した途端、僕らは既に割っていた箸を意気揚々と手に取って高らかに叫ぶ。
「いっただっき」
「わたしもおおおーー!!」
バターン、と激しい音が台所に鳴り響き、廊下に通じるドアが突然開いた。僕らはギョッとして箸を取り落としそうになってそちらを見つめたが、瞬時にテーブルに近づいてきた謎の人物は中の3人を気にすることなく、ズカズカ近づいて良太の箸を奪った。
あっ、と彼が呟いた瞬間には既にカップ麺を物凄い勢いでズルズルと飲み込んでいく。これほどまでに危機迫った様子で食事をする人間を見たことがなく、ぽかんとして眺めてしまう。
その子はあっという間に汁まで飲み干し、次の標的としてなつみのカップ麺に手を伸ばした。
「こら! これはあんたのじゃない!」
一番先に我に返ったなつみがその手を叩く。悲鳴を上げて叩かれた手を引っ込める姿を見て、ようやく僕はその子が女の子だと気付いた。気圧され過ぎてまともに姿を見られていなかったのだ。加えて肩まで伸びた髪はボサボサで服も肌も少し汚れがあり、一見するとどちらの性別が判断がつきにくかった。顔を上げてようやく分かったくらいだ。
「何でよう……」
少女は涙声で手を押さえ、恨めしそうになつみを睨む。
「何でって、そもそもあんた誰なの?」
その問いに対し、彼女は眉根を寄せてむむっと唸る。
「もしかして……座敷童?」
目を見開いていた良太がようやく金縛りから解放され、全員が少女をぎょっとして注視する。薄汚れているとはいえ同い年位の少女はとてもそんな怪異には見えなかったが、三人はようやくここの家に来た理由を思い出したのだ。
「違うよ、座敷童だなんて失礼しちゃう!」
少女はぷんぷんと怒りを露わにし、少しずつ自身の身の上を語り始めた。三人が最も驚いたのはこの場の誰より子供っぽい彼女が年上の中一であることだったのだが、それ以外にも衝撃の事実が飛び出した。
「つまり……家出してこの家に住み着いてるってこと?」
「そうよ、あまり長居するとバレるから点々としているけどね」
あまりに恨めしそうにカップ麺を見つめるので、なつみが溜息を吐いて差し出したラーメンを啜りながら彼女は答える。良太はそれを見て悲痛な顔を浮かべていたので、僕の分を差し出した。最も早く期待していた物を奪われてしまった彼が不憫でならなくて、この時ばかりはなつみもからかいの言葉を口にしなかった。ただ一人、彼女だけが未だ諦められなさそうに三個目のカップ麺を名残惜しそうに見ている。
「でもそれって、不法侵入ってやつじゃないの?」
「それは貴方たちも同じでしょ」
指摘したものの、少女の言葉は決して間違ってはいない。どうにも納得のいかない気分を抱えたまま、僕は渋々と頷いた。
「食べ物はどうしているの? その、随分飢えているみたいだけど」
「それは……あまり触れられたくない話題ね」
彼女は目線を逸らし、麺のなくなったカップを悲しそうに見つめ、さも大事にスープを飲み始めた。その様子を見るに、食うには余程困っているらしい。中一とは言え空家に忍び込んでいる位だから、お小遣いなんかも底を着いたのかもしれない。
「ここの家はさ、たまに人のいる気配がするって聞いたんだ。でもまさか、座敷童がいないどころか赤の他人が住んでるなんて驚いたな」
「そんなのいるわけないじゃん。迷信よ、迷信。とにかく食べ物を恵んでくれてありがとう」
座敷童探索隊は召集日当日に呆気なく解散を迎えた。実際に住んでいる彼女が言うのであれば、少なくともこの家にはいないだろうし、そもそも人の気配とは彼女の住む気配だったのだろう。僕は落胆の気持ちを押し殺しながら、満足そうに橋を置く少女に聞いた。
「これからどうするの?」
「貴方たちにバレちゃったから、明日には出ていくわ」
「そんなに簡単に見つかるものなの? そろそろ家に戻ってもいいんじゃない?」
「嫌よ! 家にいたら引越しの上に女子高なんて受験なんてさせられるのよ、私の意思が固いってパパとママに分かって貰わなきゃ。それにこの町って空家が多いから、忍び込める家なんて案外簡単に見つかるわ」
彼女はまるで聞く耳を立てずにぶんぶんと首を振る。結局その後色々と話をしたものの、家に戻るつもりは毛頭ないようだった。
「予定とは違っちゃったけど……これ、あげるね。家出頑張って」
「何これ? えっ、チョコ?! ありがとう! 甘いもの欲しかったの!!」
座敷童と仲良くなるために持ってきたチョコだったが、どうにも少女の今後が心配になって、僕はなけなしのチョコの残りを箱ごとあげた。彼女はこの上なく満面の笑みになり、宝物のように箱を抱きしめる。その笑顔が印象的で、僕は一瞬呆れていたことも忘れて見惚れてしまった。
「それじゃ、帰るか。座敷童の謎は解けたしな」
良太の声にはっとして腕時計に目をやる。時刻は22時を回ろうとしていた。僕の家は目の前だが、二人は早くしなければ外出がバレかねない。
「帰っちゃうの?」
少女が少しだけ寂しそうにつぶやく。こんな生活をしたのでは、人と触れ合うのも久しぶりなのだろう。貫こうとする意志の強さは本物でも、人恋しさはどうしようものないものなかもしれない。
「うん、もう時間も遅いしね」
名残惜しい気持ちもありながら僕は正論を言った。もう彼女と会う事はないかもしれない。本来であれば交じり合うことのなかった関係性だけに、この奇跡のような出会いが惜しいように感じた。彼女も本当に引き留めたいと思っていたわけではないだろう。寂しそうにほほ笑むと、ありがとうと再度呟いた。
帰りは閉じられていた表の玄関から外に出る。中でこちらを見る彼女が手をひらひらと振り、僕らも振り返すと、そろそろと静かに扉を締め、鍵をかける音がかチャッと響く。僕らはひと時の夢を見ていた様な錯覚に包まれながらも、現実の時間に終われそれぞれの岐路に着いた。幸い、この夜の外出が家族に発覚した者はいなかった。
「裏のお家、取り壊すんですってね」
あの探検から暫く経った頃。僕が朝ごはんをぼんやりと食べていると、母と父のそんな話が耳に飛び込んできた。
「おじいさんが亡くなってから暫く経つけど、草も伸び放題で誰か親戚が来る様子もないからな。市から勧告が行ったんだろう」
「この町、人口も減っているものね……家までなくなると寂しいわ」
「仕方ないだろうな、この間壊された隣町の家も、イタチの棲家になってたって言うし」
僕は緊張した気分のまま地方新聞に目を通す振りをしながら話を聞いていた。普段新聞なんて見ないのに、後から考えれば凄く怪しい行動なのだけれど、幸い二人はこちらを見ていなかったために見とがめられずに済んだ。あの子は、出会った翌日にはもう次の棲家を探すと言っていた。ちゃんと見つけられたのだろうか。
一抹の不安と共に、両親の話に彼女の話が出なかったことにほっとする。そうしてカモフラージュに開いていた新聞の一文が目に入ってくる。そこには僕にもかろうじて読める文章で、「家出少女見つかる」という一文があった。名前も顔も書いてはいなかったが、彼女かもしれないとふと感じた。
座敷童が見つからなかったけれど、あの夜の不思議な彼女との邂逅は僕の大事な思い出の一つになった。またいつか出会える日が来たとしたら、あの後彼女の意思は貫けたのかどうか聞いてみたい。破天荒な嵐のような姿に思いを馳せ、僕は朝食の残りをかき込んだ。
終
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