第6話②

日がすっかり落ちた夜の時間。いつもなら外に出ることもない頃に集まると言うだけで、3人は興奮が止まらなかった。

家の方は兄と祖父が協力してくれたので、早々不在がバレることはないはずだ。例えバレたとしても家の裏に行くだけだし、そんなに怒られることもないだろう。


 「前見たことある家だけど、夜見ると不気味だね」

 「静かだなー、本当に座敷童なんているのか?」

 「入ってみないと分かんないよ!」


興奮が先立って、僕は先陣を切って歩き出す。

草が伸び放題の門を抜け、玄関にたどり着く。虫除けスプレーを持ってくるべきだっただろうか。玄関前の小さな庭は、最早虫たちの楽園と化している。


 「なーんか不気味だなぁ」


すぐ後についてきた良太が両手を頭の後ろにやりながら、明かりの無い玄関を覗き込む。辺りには夏の終わりらしい鈴虫の鳴く音が響き、3人の声以外の人声らしきものは聞こえない。


 「ドアあいてんの?」


なつみがそう言いながらドアノブに手をかけたが、ガチャガチャと音が鳴るばかりで扉が開く様子はない。


 「裏回ってみようか」


再び草をかき分け、足元を懐中電灯で照らしながら狭い通路を抜ける。裏側には台所に通じる小さなドアと、廊下の様子がよく見えるガラス戸があった。見る限りすぐ先の和室の障子は破れておらず、庭があれさえしていなければまだ住めそうな雰囲気だ。

僕は少し緊張しながら勝手口のドアに手をかける。ここまで準備して中に入れませんでした、ではこの2人を招集した意味もない。何よりキャンプセットを借りるために甘い物好きな兄へ今日のおやつを贈呈したのだ。


息を飲む3人の耳に、かちゃりという音が届く。僕はよしっと呟き、小さくガッツポーズをした。

彼らが侵入した空き家は当然ながらしんと静まり返っている。空き家とはいえ土足で上がり込むのも気が引けて、3人は上履きに履き替えた。


「おじゃましまーす……」


明かりのない台所には未だ残るテーブルや椅子が朧気ながら見えている。磨りガラスの下にある流し台だけが僅かに月明かりに照らされる一方で、食器などがない生活感のなさが不気味さを煽ってきている。


「おい、早く行けよ」

「お先にどうぞ」

「言い出しっぺはお前だろ!」


不毛な言い争いをする中、唸り声を上げた三人目が勢いよく二人を押しのける。


 「もう! 私が先に歩くわよ、だらしないわね!」


男前だ。僕はそう思ったけれど、口には出さなかった。前に似たようなことを言った良太がはたかれる光景を見てしまったからだ。


 「男みてぇ……」

 「なんですって?!」


しかし当の良太は何も学習していないらしく、前回よりも盛大に頭をはたかれていた。


 「二人とも、静かに。座敷童が隠れちゃうかも」


二人の騒ぎより僕にとってもっと重要なことだ。彼女の一声で何を怖がっていたのか馬鹿らしくなり、僕は幾分軽快に足を動かし始めた。古い家らしく、体重の軽い三人でも歩き出せばぎいぎいと床が鳴る。本当にこんな所に何かいるんだろうか。そんな疑問を抱えながらも、夜の空家に忍び込むというだけで少しワクワクした気分になってきている。


 「なぁ、座敷童ってどういう所にいるのかな? 押し入れとか?」

 「人のいない家なんだしそんな所に隠れる必要ないんじゃないの?」


後ろの二人はあっという間に仲直りしたらしく、未だ気配もない座敷童に対してあーでもないこーでもないと議論を繰り広げている。僕個人としては、台所にいない以上リビングか和室にいるのではないかと思う。本来なら家に繁栄をもたらすはずの存在ならば、人がよくいた場所にいるような気がしているからだ。

心なしか外よりも気温が低いような気のする廊下を抜け、外から見えた和室の障子をそっとあける。しかし期待は空しく、誰かいた形跡はなかった。


 「たっつんの話を疑うわけじゃないけどさ、今日はまるで何も聞こえないな。いる日といない日があったりしないかな」

 「座敷童も外出するっていうの?」

 「というかお化けみたいなもんだろ。だから現れるかどうかは日によったりするかも」


良太の言葉に僕は腕を組んだ。確かにお化けは常に誰かに見られる存在でもないし、夜とはいえ侵入してきた僕らを警戒して隠れるかもしれない。完全に姿を消してしまえば人間である僕らは気付きようがなくなる。


 「二階にいってみようか」

 「それよりさー、夜食食べたい。俺お腹すいちゃったよ」

 「夕飯食べて来たんじゃないの?」

 「そんなのもうどっかに行っちゃった」


普段から動き回ってばかりいる良太はとても消化が早い。スポーツが得意なのは純粋に羨ましい身体能力だけれど、食べる量が凄く多いので母親は毎日きっと大変だろう。それでもインスタント食品に頼らないのは凄いと思う。


 「仕方ないな、じゃあ食べてから二階に行こう」

 「やったー!」

 「しっ、声が大きいよ。外に漏れたらもっとまずい」


両手を上げて喜びを示す彼の口を、なつみと一緒に慌てて塞ぐ。子供とはいえこんな夜にここで見つかれば、こっぴどく叱られるに決まっている。ましてや今後何かの際に夜に抜け出しにくくなったら目も当てられない。

僕たちは先ほどのキッチンに戻り、キャンプ用の小さなガスコンロでお湯を沸かし始めた。兄のキャンプにたまに着いていくので、これくらいの扱いはお手の物だ。カップ麺にお湯を注ぐ様子を良太が食い入るように見つめている。注いだそばから香り立つ豚骨の匂いが鼻をくすぐり、いっぱいだと思っていた僕のお腹もぐうと鳴った。

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