第6話① 廃屋の座敷童

「裏の家はよう、座敷童がでるんだってな」


家族6人で食卓に置かれたおでんをつついている時のことだ。不意に祖父がそう呟いた。

あまりにも脈絡のない話の出だしに、大根がないだの牛すじを取りすぎだなどと騒いでいた姉と兄が、ぽかんと箸渡しをしたままの姿勢で静かになる。静寂の合間に、母が二人に眉を潜めて言った。


「箸を離して座りなさい、お行儀が悪い」


注意する傍で彼女は悠々と牛すじを自らの皿に盛り付けており、二人はじとっとした視線を向ける。しかし母はどこ吹く風で、あらおいしいとよく染みた味を自画自賛していた。


「じいちゃん、座敷童って?」


ようやく落ち着いて話ができるようになり、満を辞して僕は口を開いた。いつ聞こうかとうずうずしていたのだ。対して父は新聞に目を落とし、いかにも興味がなさそうにふんと鼻を鳴らした。


「家の守り神みてぇなもんだ。その家にいるだけで、繁栄をもたらしてくれるっていう言い伝えだな」

「あらぁ、でも裏のお家はもう誰も住んでいないんじゃないかしら」

「でも人の気配はするよ。たまに音も聞こえる」

「馬鹿馬鹿しい、家主が不在がちなだけだろう」


これで話は終わりとばかりに、父が勢いよく新聞を閉じ、ガサガサとまとめ始める。こう言った不可解な現象を父は決して認めようとはしない。己の目に映らぬ物は一切理解しようとしないのだ。

どうにも白けた雰囲気が漂って、その日はもう家族で再び座敷童の話題が出ることはなくなってしまった。



 「調べに行こうよ!」


僕は小学校の悪友である良太に、学校の教室で熱弁を奮っている。不思議な物が大好きな僕に対して、良太はかなりの面倒くさがりだ。それでも乗り気になれば頼りになるやつなので、さも面白い冒険の始まりのように語る。姉がよく言っている〝ぷれぜん〟というやつだ。


 「でもさぁ、俺はお父さんが正しいと思うけど。今時座敷童なんて聞いたこともないよ」

 「だからこそ面白いんじゃんか! 僕ら小学生だし、仮に家主がいて見つかったとしてもごめんで済まされるから大丈夫だって!」

 「お前、意外と腹黒いよな……」


我ながら夢みがちなくせに打算的な子供なのだ。それもこれも、やたらと大人的な考えを披露したがる兄と姉のせいだと思う。純粋な僕はすっかり汚されてしまっている。


 「なになに? 何か新しい遊び?」

 「げっ、来んなよなつみ!」

 「なによー、邪魔者みたいに! どう思う、たっつん!」

 「まあまあ、2人とも落ち着いて」


僕は苦笑いを浮かべながらツンケンとした態度で睨み合う2人を宥めにかかる。話し出すと途端に仲良くなるのに、それまでに時間がかかるのがよく分からない。


 「なつみも行く? 座敷童探し」

 「何それ面白そう!」


あっさりと良太から目を離し、彼女はキラキラとした目でこちらを見てくる。なつみは感情の起伏が酷く激しい。ついさっきまで湯気を出しそうなほど怒っていたのが嘘のようだ。


 「なつみも、ってなんだよ、俺はこいつが来るなら尚更行かないからな!」


また彼女が怒りそうな台詞を口にする良太を慌てて止め、僕は素早く宣言した。


 「残念だなー、兄ちゃんのキャンプ道具かりて夜食にラーメン食べようと思ったのになー」

 「うぐっ、夜のラーメン……」


ラーメン、というのは良太にとって魔法の言葉だ。彼の家は母親がやたらと健康志向で、ジャンクフードの類は一切食べさせて貰えない。いつだったか僕の家に遊びに来たときに人生で初めてポテチを食べて、こんなうまい物が世の中にあったなんて!!と叫んで家族から笑わていた事がある。

彼は常にジャンクフードに飢えているのだ。


 「報酬が出るならまあ行ってやってもいいかな……」

 「現金ねぇ」


結局彼は本能に負けた。茶化すように笑うなつみを睨んだものの、文句を言うことはなかった。彼も我ながらちょろいと思っているのかもしれない。


 「それじゃ、20時に僕の家の裏に集合ね!」

 「分かった。上手く抜け出してくる」

 「りょーかい! 懐中電灯とか持ってくね!」


丁度チャイムが鳴り出し、休み時間はあっという間に終わりを告げた。学校が終わるとそそくさと帰宅して今夜の準備に取り掛かる。

昨日の内に兄に借りた小型コンロのガスの残量を確認し、懐中電灯や軍手、約束のラーメンと水、念のための絆創膏などを大きめのリュックに詰め込んだ。

ここでふと座敷童を本当に見つけられたらどうしようかと思い至った。祖父曰く、座敷童とは良い存在のようだし、ひょっとしたら友達になれるかもしれない。友好の証として何かプレゼントを持っていくべきだろうか。

僕は悩んだ末、秘蔵のチョコをリュックに押し込んだ。おじさんが海外土産にとくれたお酒入りのやつだ。内緒だぞ、と言われて特別な時に少しずつ食べている。

僕はワクワクとしながら用意したリュックを満足して見つめ、夕食に呼ばれて出て行った。今日はカレーのようだ。忘れていた空腹を思い出し、摩ったお腹がぐううと鳴った。

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