品詞の生贄
るうね
品詞の生贄
品詞が一つ、なくなることになった。
日本語が神の怒りを買い、品詞のどれか一つを生贄として差し出すように告げられたのである。
「で、誰を生贄として差し出す?」
名詞が言う。自分が選ばれるはずがないという余裕の口ぶりである。
「まあ、名詞は必要だよな。もちろん俺も」
こちらも余裕の口ぶりで言うのは、動詞だ。
「わ、私たちも大丈夫よね」
「そ、そうよ。私たちがいなくなったら、ものの状態を表すことができなくなるもの」
そう不安そうに言い交すのは、形容詞と形容動詞。
「ね、ねぇ、名詞さん。私を見捨てたりはしませんよね。ずっと貴方を修飾してきたんですから」
「わ、私だって。名詞さんだけじゃなく、動詞さんも修飾してきた実績があります」
連体詞と副詞も口々に言う。
「僕がいなくなれば、地の文がとても殺風景になるよ」
と、接続詞。
「ああ、嘆かわしい。自分たちが生贄になりたくないばかりに、自分たちの有用性を主張し合うとは」
「なら、君が生贄になるかい? 感嘆詞」
「おお、なんと恐ろしいことを言うんだ、名詞」
喧々諤々と言い合う品詞たち。
と、そこに。
「あ、あの……」
おずおず、といった様子で声をかけてきたものがいる。
助動詞だ。
「ここはやはり、日本語が最低限の意味を為さなくなるのを防ぐ。これを一番に考えた方がいい、ですよね?」
「もちろんだ。だから名詞や動詞は余裕の様子なんだろうね」
「最低限の意味を為すため、というなら、感嘆詞はいらないんじゃないか?」
「僕には、こんにちは、とか、さようなら、みたいな挨拶も含まれるんだよ。地の文はともかく、口語には絶対必要じゃないか」
「まあまあ」
と、助動詞がなだめる。
「今まで発言してきたみなさんには、それぞれ役割があります。なくなれば、少なからず日本語として意味が通じなくなってしまうでしょう。それはボク、助動詞にしてもそうだ。過去形と未来形の区別。打消しや推量も司っていますしね。なくなったとしても、一番影響がなさそうな品詞。それは多分……」
助動詞がある品詞を見つめる。それに吸い寄せられるように、他の品詞たちもそちらに視線を向けた。
視線の先にいた品詞――助詞がびくっと肩を震わせる。
「助詞さん、多分、あなたがいなくなるのが一番いいと思うのですが」
「そ、そんな……」
「あなたが必要ないとは言いません。ですが、"日本語"を構成する上で、一番影響力が小さいというのも、また事実なんです」
「う、うう……」
反論したくてもできない、そんなもどかしそうな表情で助詞がうなる。
「では、こうしましょう。小説の一節を助詞さん抜きにしてみて、それで意味が通じたら、生贄になっていただく、というのでは」
助動詞は控えめな口調ながら、きっぱりとそう言った。
「わ、分かりました」
「それでは、いきましょうか」
国境、長いトンネル抜ける、雪国であった。夜、底、白くなった。信号所、汽車、止まった。
向側、座席、娘、立っ、来、島村、前、ガラス窓、落した。雪、冷気、流れこんだ。娘、窓いっぱい、乗り出し、遠く、呼ぶ、に、
「駅長さあん、駅長さあん」
明り、さげ、ゆっくり雪、踏ん、来た男、襟巻、鼻、上、包み、耳、帽子、毛皮、垂れ、いた。
もうそんな寒さ、島村、外、眺める、鉄道、官舎らしいバラック、山裾、寒々、散らばっ、いる、で、雪、色、そこ、行かぬうち、闇、呑まれ、いた。
「駅長さん、私です、御機嫌よろしゅうございます」
「ああ、葉子さん、ない。お帰り。また寒くなった」
「弟、今度こちら、勤めさせ、いただい、おります、です。お世話さまです」
「…………」
「…………」
品詞たちは静まり返る。
やがて、誰かがぽつりと言った。
「ほとんど意味が分からないな」
「一番影響がないと思われた助詞でこれでは……」
「神の怒りを買った時点で、もう日本語は終わりなのかもしれんな」
そこに神が現われる。
「さあ、誰が生贄になるか決まったか?」
もちろん、誰も名乗り出ない。そんな中、助詞がゆっくりと手を上げた。
「やっぱり、わたしが生贄になるのが一番いいと思います」
「じょ、助詞さん……」
「他の品詞さんたちがいなくなれば、日本語は言語としての形態を失ってしまう……ですが、わたしなら、工夫次第でなんとかなるはずです」
申し訳なさそうな他の品詞たちに向かって、助詞はにっこりと微笑み、
「みなさん、日本語を、お願いしますね」
「決まったようだな」
と、神が重々しく言う。
「では、これから助詞は日本語から消えることとなる」
そして、まばゆい光が辺りを包み――。
女子高生A「助詞、なくなったでしょ? マジ超ウケる―。でも、あんま困んなくない?」
女子高生B「あー、ひっどーい」
女子高生C「それよか、渋谷行こ、渋谷」
品詞の生贄 るうね @ruune
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