第8話 リーマス
アリスの話題のせいで、ハイラスは数年前のカレッジでの授業を思い出していた…。
「黒人に対する差別意識は、そもそも黒人自らが引き起こしたものなのさ、ぃや、最後まで聞いて頂きたい。現在、生きている黒人ではない、我々がまだ、猿に近かった頃、厳しい自然の中で生きていた時代の黒人の事だ」
黒人特有の低くて、太い声が響く…ジャズだ。こんな声はジャズでしか聞いた事がない…。歌わずに話している。歌詞ではなく、会話だ。
不思議な気持ちで、話の内容に集中する。ハイラスはマサチューセッツにあるカレッジの教室の1室で、多数の生徒と大型のホロビューを見ていた。
人類史のクラス、担当はリーマス・ルプス教授。黒人の教授だ。ハイラスの通うカレッジでは黒人の先生が受け持つクラスは一つもない。
そうか、月のカレッジからの通信講義だからか。この講義には地球の他、月、火星、各カレッジの生徒が参加しているようだ。
「体格的に恵まれていた黒人と、白人や他の人種が、自然界で、食べ物や場所の取り合いをして衝突すると、どうなるか?」リーマスの声が響く。
…ホロビューにテキストとシンプルなイラスト、アニメーションが表示される。
「文明、文化のない時代であれば、体格に恵まれている黒人種に、ボコボコにやられるのは想像しやすいだろう。食料や住む場所をめぐって、ボコボコにやられ続けた白人種の、少なくとも1万年以上前からの、蓄積されたトラウマの記憶が原因で黒人を恐れ、敵視する遺伝情報が脳内に形成されたわけで。これは、トラウマは遺伝するという、研究結果通りの事さ…」
「このボードは、黒板と言ってね、古いライブラリで見た事があるだろう?私が子供の頃、母国では、まだこれとチョークを使っていたものさ、他の国は勿論デジタルスクリーンや、もっと他のものを使っていたがね。チョークは知ってるね?…うん」
突然、チョークを激しく黒板に書き付ける。キキィギキキィイィイ…! 激しい不快音が響き、場内が騒然とする。
「失礼、失礼。これも、ある種のトラウマだよ。…私もこの音は嫌いさ、でも、何故、私や君達がこの音を不快と思うのか?古い研究の話だが、この音は、猿が仲間に危険を知らせる際の叫び声によく似ているという」
「実際、猿にこのチョークの音を聞かせると、仲間が危険を知らせる鳴き声を発した時と、同じ反応をする結果が出ているんだ。つまり、我々はお猿さんだった頃の記憶を、未だ無意識に憶えている。つまり遺伝子レベルで持っていることになる」
「猫に細長いものを見せると、蛇と間違えて非常に驚くのも知っているだろう?あれも遺伝子の記憶だよ。ハチもそうだ、虫のね。何万年もの間、熊や人間に蜜を狙われるので、巣に近づく黒い物に攻撃するようになった。トラウマの記憶…蜂は生存する為に黒い物を攻撃するよう、遺伝子に情報が残る」
「黒人を恐れ、不快に思い、排斥しようとする。これは、白人種の遺伝子に残された、トラウマ、遺伝情報だよ。黒人自体の、恵まれた体格、大昔のトラウマの記憶が白人による差別の原因となっているのだよ」
1人の男性と思われる生徒が人差し指を建て手を挙げる。教授が彼に気付き、両手人差し指で彼を指名する。
「まるで、見てきたかのような口ぶりですが、黒人種に迫害された根拠はなんです?黒人種による白人種の迫害の証拠となるような、化石なんかでも見つかったのですか?」
「勿論だ。良い質問だ!君はカレッジが雇ったモブか何かか?」場内が笑い声に包まれる。
「よし。ぇえと、ここからだ…虐殺されたと思われる、白人の集団が折り重なって化石になったものが、各地域でいくつか発掘されている。どの遺骨にも、死因の原因と思われる攻撃を受けた後があり、この傷が本当に死因になったのか?どれほどの力を受けたのか?
一つ一つ、丁寧に調べたところ、その破損部分の中には、同じ白人種の腕力では起こりえない損傷、傷跡を残しているものが多く発見されている」
「検証として、同時代の、黒人種の化石から再現した骨格に、筋肉を再現したモデルで打撃を与えた結果、虐殺されたと思われる白人集団の傷口の破損具合と一致したという訳だ。まぁ、これだけの事で、答えの全てになる訳ではないし、偶々の事例としてでも片付けられる」
「…そこで、色々な分野の専門家の方々にも協力を仰いだ。…するとだ、意外な研究方面から、新たな裏付けとなる証拠が出てきた。…それは、夢の研究分野からね」
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