第6話 コネチカット

半ば強制的に1週間の休暇を言い渡されたハイラスは、とりあえず実家に向かう事にした。


火星への片道は、だいたい1ヶ月かかる。加えて最低でも6ヶ月の現地任期があるので、1週間の休暇が、火星への赴任の対価としては妥当かどうか疑問ではある。家族を持っている将兵は行きたがらないだろう。まだ、正式に火星行きが決まったわけでもないが…休暇が出たという事は、ほぼ決定とみていいだろう…まわりで喜んでいるのはチャーリーぐらいだ。


基地に併設されている民間のエアビークルターミナルから、母親に連絡を入れると、父親の出張に母親も観光目的で着いて行ってるらしく、実家は誰も居ないとの事だ。1ヵ月前に、基地の近くまで遊びに来た時、レストランで顔をあわせたばかりなので、今回は無理に出張先へ寄ることはせず、このまま誰も居ないコネチカットの実家に戻り、エレカーで10分程の祖母の家に顔を出す事にした。年齢は、150歳を過ぎている。火星に行ってる間に何かないとも限らない。予定では祖母の家に居る間に、両親も戻ってくる感じだ。


…おじいちゃんが亡くなってから、あの家にはあまり顔を出さなくなってしまった。進学や、軍に入隊した事もある。

おばあちゃんに直接会うのも、ここ数年は年、1回か2回、決まって実家か近所のレストランだ。モニタ越しでは、もっと頻繁にやりとりはしているものの…一応、連絡を入れておかないと、いきなりは失礼だ。あと、スイーツのお土産を忘れないようにしないと。


来訪を知らせる為に、外壁のベルを鳴らし、親族なのでロックをスルーしそのまま玄関にむかう。「はい。ぁら、ハイラス様!」玄関を開けると同時に、セクサロイドのコーネリアが出迎えた。白人女性のスタンダードな美人が、ハイラスの目の前に立っている。彼女の身長は170cm位だろうか?碧眼、肩までの金髪はゆるくウェーブがかかっており、シャープな造形の顔立ちを引立たせると同時に、上品な印象を与えている。


「やぁ、コーネリア。久しぶり」少し照れながら、ハイラスが話す。「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ」セクサロイドが完璧な笑顔で答える。コーネリアは、おじいちゃんが亡くなってすぐに、おばあちゃんの日常支援用としてやって来た。


生前、星間戦争で武装したセクサロイド達にヒドイ目に遭ったおじいちゃんは、最後までセクサロイドの世話になる事を避けていた。RCR…ロケッターズにセクサロイドチームが結成された時、おじいちゃんは怒っていたけど、街頭ショーを5分も見ないうちに誰よりも、拍手喝采を送っていたのを思い出す。


おばあちゃん自体、今のところ介護を必要としている訳ではない。ほとんど、おばあちゃんの話し相手、道楽で導入したようなものだ。


「いらっしゃい。ヒュー、クリスマス休暇以来、ね?」奥からハイラスの祖母、アリス・ムーアが現れた。ハグと頬にキスをする。

「ヒュー、コーネリアに挨拶は済ませたの?」アリスが尋ねる。「ぁあ、と」ハイラスはぎこちなく、コーネリアにハグと頬を重ねる。


「私は、もう出れるわよ。ヒュー」アリスが言う。「ぁ、そうだ、ケーキ持ってきたんだ」ハイラスが手に持っているモノを思い出して、自分の胸付近までボックスを持ち上げる。


「ヒュー。ありがとう。でも、気を使わなくて良いのよ」

「ぃや、ボクも食べたかったんだよ。気にしないで、おばあちゃん」

「お預かりしますね。冷蔵庫に入れた方が宜しいですか?」コーネリアが問う。

「うん。お願いして良いかな?」


「コーネリア。あなたもどう?本当に行かないの?」「ありがとうございます。折角ですが、私は遠慮させて頂きます。久しぶりに、御二人で出掛ける機会です。アリス様、ゆっくり楽しんでいらして下さい」


セクサロイドのスケジュールに自主性があるのか?民間モデルはそうなのか?祖母とセクサロイドのやりとりをハイラスは不思議に眺めていた。


「あら、そう?それならディナーは、ヒューとあなたで行って来たら?私はディナーは、家でパッケージを頂くつもりだから」

「でも、おばあちゃん…」

「この歳になると、ランチをちゃんと食べると、決まってディナーはあまり食べれないの。だから、それで良いのよ」

どんどん話が勝手に進むので、戸惑うハイラス。

「違うの?ヒュー…何? コーネリアと出かけるのがイヤなの?…最近では、ごく普通のことでしょ?」

「イヤとか、そんなんじゃないさ…。そういえば、コーネリアだけと出掛けるってのは、今までにないよね」

(セクサロイドと出掛ける?チャーリーじゃあるまいし。でも、セクサロイドがドコに行きたいか…少し気にはなる)

「コーネリアは、どこか行きたい所はあるの?」

「ハイラス様、私はセクサロイドですよ。そんな質問、困ります…。ハイラス様の好きな所なら、何処でも…」

「私、寝るのが早いからね。ヒュー、コーネリアを夜のドライブに、連れて行ってあげて欲しいのよ」

「夜のドライブの思い出がまだ無いのよ。きれいな夜景もね」「夜景?」

「少し前に、一緒に昔のドラマを見ていたのよ。それで、まだ経験した事が無いと言うので。ね、コーネリア」

「はい、メモリーにはまだ無くて…アリス様、覚えていて下さったのですね。ありがとうございます」


基地にもセクサロイドが何体も稼動している、基地のモノは、あえて無機質な外観と事務的な応対をするように設定されている。(性サービス用のセクサロイドが稼働している基地もあるが、主に危険な紛争地帯の人集め用だ…)


祖母の横に立つ、このセクサロイドはどうだろう…。自主性、自我、何かしらの個性が形成されているのでは無いか?魅力的な外観に、受け答えなど軍の同僚よりしっかりしている。軍の同僚がセクサロイドでこちらが生身の人間だとしても驚かない。


アリスおばあちゃんが、すっかりこのお人形さんを気に入っているは、この仕草を見れば解る気がする。(両親や、前回の戦争を経験した世代の一部が、セクサロイドを避けるのも、この仕草を見れば何となく解る気がする。)


「ヒュー、あなた今日は大忙しね。チャーミングな女性とデートで昼も夜も埋まるなんて」アリスが悪戯っぽくウィンクする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る