第2話 アーマージャケット

世界で何番目かに大きい輸送機(C-8)のカーゴ内に格納された…全高5メートル程の、2足歩行人型兵器アーマージャケット…。


その、2足歩行人型兵器の運用部隊に配属された ハイラス・ムーア特技少尉はアーマージャケット(AJ)の操縦席に座り、快適とは言えない空の旅を満喫しているところだった。


コクピット前面モニターの右隅にある、補助ディスプレイに僚機のクリスチナ・アーヴィング特技少尉のアバターが表示される。


左イアフォン(ユニコミュ)からクリスチナの声が聞こえる。「…演習項目は、パラシュートで降下。行軍。索敵。殲滅。敵拠点の制圧。これをクリアしないと、シャワーとビールにありつけないわ。聞いているわね?」今回はシュミレーターカプセルではなく、実機訓練で航空機まで出している。そしてクリスチナが隊長を務める。ピりつくのもまぁ、解る…「もちろん。ハイラス、了解」「チャールズ、了ー解」チャールズ・ディケット特技少尉も答える。「よろしい。じゃ、下でね」クリスチナのアバターが消える。


タクティカルウォッチに目をやった瞬間に、アラーム。ヘッドアップバイザーに降下準備カウントが表示された。と、同時にC-8のエアクルーから「皆様、本日もユニオン・エアフォース・シャイアンマウンテン航空をご利用頂きまして、ありがとうございました。本機は間もなく、演習フィールド上空に差し掛かります。安全のため、放り出されるまではパラシュートのコードを引かぬようお願い致します。現地の天候は、チャフ、スモーク、ところにより模擬弾が多数降り注いでおります。これよりお客様を、えー。放り出しますので、着陸はお客様自身の手でお願い致します。皆様の次のご搭乗をお待ちしております」


「ダリアス。もう少し、面白いマシなアナウンス出来ないのか?」チャールズの声だ。

「こっちは、午前3時からアンタらの荷物を積み込むのを眺めてるんですよ。愛想良くしてるだけでも感謝してくださいよ。文句あるなら、今すぐ落としますよ?」

「そうね。チャールズだけ落としても良いわよ」とクリスチナ。


「隊長の許可が下りたぞ。やれるもんなら、やってみな!」

「良いんですね?ぉっと、残念。…カウント・ゼロです。行きますよ!」


C-8輸送機の後部カーゴベイが開き、クルーの合図と共に、落下傘を装着され、膝を曲げ窮屈そうにしているAJが、空と陸の狭間へ滑り落ちていく、AJを安全に地上へ降ろす為、C-8輸送機からチャフやスモーク、護衛機からは地上への制圧射撃が同時に行われる。


地上からも、輸送機含めAJに撃墜判定を与える為、対空火器各種が一斉に火を噴く。もちろん、どちらも演習用の模擬弾と判定システムを使用しているので、余程のややこしいヘマをしない限り、怪我をしたり、命を落とすことはない。


「タッチダウン!」僚機のチャールズ・ディケット特技少尉が口を開く。ハイラスより一足先に無事、降下完了したようだ。


幸い、降下中に被弾判定を受けることなく、着地直前にAJの背面に装着されていた、落下傘ユニットのパーツがパージされ、ハイラス・ムーア特技少尉の搭乗する機体が、若干前のめりになりながらも、無事地上に降り立った。


輸送機には、合計6機のAJが搭載されており、3機で1個小隊として運用されている。全機、無事降下したようで、ハイラス・ムーア特技少尉は一番最後に放り出された。マップ上では、アドバーサリー(敵側役)の防衛ラインのすぐそばに展開したことになる。当然、こんな場所に降り立ってしまってはマークされてるであろう。標的だ。直後、警戒アラーム音と共に、ハイラスのヘッドアップバイザーに、地上守備アグレッサー部隊の装甲車、AJの映像が映し出されると同時に、歓迎式が始まった。模擬弾が雨、霰の様に降り注いできた。


ハイラスは、アグレッサー部隊の砲火を、スライドするようにかわしながら応戦する、加えてチャフ、フレア、スモークポッドを射出する。


戦術集結地点どころか、敵の真ん前か…演習だからこんなものか?久しぶりのリアルな演習フィールド。まばらな灌木に、岩だらけの大地。

大昔、火星を題材にした映画の撮影地になったと聞いた事があるな…。


「クリスチナ隊、エンゲージ!」僚機の小隊長機クリスチナ・アーヴィング特技少尉の声がユニコミュから流れる。


「フォスター隊、援護に向かう!」C-8輸送機から最初に降下した3機を率いる、ジェイク・フォスター中尉がクリスチナに答える。


「ジェイ、必要ない。脇をぬってフォスター隊は先行して」「フォスター了解。…ぁあ、エミール隊のやつらを連れて行く」「了解。ジェイ。通信終わり!」


散布されたスモーク越しから、ハイラス機の反撃を受け、アグレッサーは沈黙する。前後して、味方機の装備が被弾した事を伝えるサウンドと少し間をおいて、サブホロビューモニタに味方機の被害情報と、撃破したアグレッサーの情報が表示される。


「バカ!何故、今ドローンを出すの!早いよ、チャールズ!」僚機の小隊長機クリスチナ・アーヴィング特技少尉が、同じ僚機のチャールズ・ディケット特技少尉に優しい言葉を投げかけている。原因は、先程の歓迎式、集中砲火を浴びている最中に、自機AJ搭載のドローンを射出し見事にドローン装備を失うヒットを取られてしまった。


この手の演習は、まず双方ドローンの飛ばし合いで、互いに敵役の位置を索敵、確認する。チャーリーの気持ちは分からなくもないが、あの場面で出すのは明らかにタイミングがマズイ、ヘマをしたのだ。


「チャーリー!こっちを使え。お前の方が、覗きは得意だろう」ハイラスは、自機AJのドローン操縦パスをチャールズ・ディケット特技少尉に送った。


「サンキュー。ハイラス…それは、褒めてるんだよな?」チャールズが答える。クリスチナが割込む「褒められてるか、貶されてるかも分らないなんて。てか、ハイラス、チャールズに甘過ぎ!今日は、私が指揮の番よ。勝手しないでくれる?」


「わるい。クリスチナ、指示を請う。ハイラス、以上」「まぁ、良いわ。確かにドローンの操縦は、手先の器用なゴリラの方が向いてるものね」


「おぃ!それは悪口だろう!解るぞ」チャールズのアバターが点滅する。「ハイラス機を先頭に、制圧ポイントに向けて前進!」クリスチナが指示を出す。「ハイラス、了解」

「それが、指揮かよ?」チャールズも答える。「あんたの後ろに、私の機体が陣取ってるの解ってるの?」AJ装備の銃器をチャールズ・ディケット機に向けて、クリスチナが言う。「チャールズ、了解です」チャールズが元気よく返答する。


「何だろう?今日の演習は、前後敵に挟まれているみたいだ。落着かない…」

チャールズが呟きながら、ドローン操舵用スティックを傾け、侵攻ルートの索敵を続ける。

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