第25話 先輩冒険者スパーノ

 アルとレネオが彼と初めて会ったのは、ある朝、部屋の前だった。


「よお新入り。直接会うのは初めてだな。隣のスパーノだ、よろしくな!」

 レネオが部屋から出ると、ちょうど彼が通りかかった。


「レネオ。どうした?」

 身体を伸ばしながら、眠そうな様子で部屋からアルも出てくる。


「お前がレネオか。じゃあ今出てきたそっちがアルだな。隣の部屋のスパーノだ」

 彼はアルにも挨拶をしようとするが、二人の固まった様子を見て表情を曇らせた。


「なんだお前ら。まさか獣人を見るのが初めてって言うんじゃないだろうな?」

 彼の表情は強ばり、冷めた目で二人を交互に見た。


 彼は獣人だった。

 服を着ていても、全身フサフサの体毛で覆われているのがすぐ分かり、猫のような耳や尻尾を持っている。

 腰に二本の短刀を付けているので、冒険者なのだろうなと二人は思った。


「すみません、見るのは初めてではないのですが、話すのは初めてでして……」

 レネオが恐縮して謝る。


「はん。そうビビるな。噛みつくとでも思ってるのか?」

 彼は呆れたように言う。


「いや、そんな風には思ってねえけど……」

 アルも、初めての獣人相手に戸惑っていた。


 すると彼は突然、アル達が反応できない素早い動きで二人の背後に回り、背中を叩いた。

「冗談だ。この国は獣人が少ないからな。そんな反応には慣れてるよ」

 と笑顔で言った。


「いや、なんだかすみません」

 レネオは反応に困りながらも、気を悪くしたわけじゃなさそうだったので、とりあえず胸をなでおろした。


 少し立ち話をすると、想像通り彼も冒険者をやっていて、クスノキ亭では最も古くからいる住人ということを知った。

 泊りのクエストで、数日に一回しか帰ってこないことが多いせいで、今まで見かけることがなかったようだ。


「同じ冒険者だし隣人のよしみだ、何かあればいつでも訪ねて来いよ」

 そう言って彼は自分の部屋に入っていった。


「獣人ってすげえ動きだな……」

 アルが呟いた。


「うん、素早いことは素早いけど、なんだか人間には出来なそうな動きだったね」

 レネオも同意した。


 獣人は基本的に人間より身体能力が高いと言われている。

 今の動きの速さはレベル差というより、種族差のような気が二人はしていた。


 結局、彼との出会いは、まともに挨拶もできずに終わってしまった。



 それから彼とは、クスノキ亭内でちょくちょく会うようになった。

 最初の何回かはあまり会話もしなかったが、気さくな彼は会うたびに積極的に話しかけてきて、それほど時間が掛からずにアル達と馴染んでいった。


 隣人なので部屋の前でばったり会うことが多かったが、朝食の時間が一緒になったときは、同じテーブルで食べながら情報交換などもするようになり、アル達にとって良い隣人というだけでなく、良い先輩でもあった。


「スパーノさんて何歳なんだ?」

 人間のアルからすると、獣人の年齢は見た目では想像つかなかった。


 同年代と言われればそんな気もするし、ずっと年上と言われればそんな気もする。

 仲良くなったのをいい事に、アルはぶしつけに聞いてみたことがあった。


「お前らのちょうど倍だな。今年で30歳だ」

「そんな上!? やっぱ見た目じゃ分かんねえな……」

「そうか? 身体の大きさも寿命も、お前ら人間と同じようなもんなんだけどな」


 同じようなもんと彼が言う通り、見ため以外は人間と変わらないなと、アル達は感じていた。


 食べるものも似たようなもので、獣人も人によって好き嫌いがあると説明された。

 彼個人は肉や魚より野菜を好む、菜食主義者だった。


「人間は俺らのこと猫の獣人と呼ぶが、俺からしたら人間は猿の獣人でしかないけどな」

 ある時、彼がそんなことを言って、レネオが妙に納得していることがあった。

 猿を知らないアルは、あまりしっくりきていなかったが。


 一度、どんなパーティを組んでいるのか聞いてみたこともあった。

 一応は決まったパーティを組んでいて、呼ばれればパーティに参加するが、ソロでの活動がほとんどで、ベテランシーフになるとパーティを組まなくても不便なことはないと得意げに言われた。


 北エリアの冒険者ギルドで見かけないと思っていたら、中央エリアの冒険者ギルドを利用しているようなので、レベル20台なのだろうと、二人は勝手に思った。


 アルとレネオは、身近に出来た先輩冒険者のおかげで、この町での生活や、冒険者としての活動を充実させていくことができるようになった。

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