第23話 新しい生活拠点

 宿屋 クスノキ亭


 アルとレネオは小さな看板に書かれた文字を読み、冒険者ギルドの受付男性が教えてくれた宿屋に間違いないことを確認した。


 クスノキ亭は周りの建物と同じような大きさで、特徴もなく町並みにすっかり溶け込んでいる。看板がなければ宿屋だとは分からない。


「さっき通ったときは気づかなかったが、ここは宿屋みたいだな」

 アルは後ろを振り向きながら言った。


「さっき来たときは気づかなかったけど、宿屋だったみたいだね」

 レネオも振り向きながら、背後にある『薬屋マーク』と大きく書かれた看板を見た。


 教えてくれた受付男性が知ってか知らずか、どうやら目的の宿屋はマークのお店の向かえにあったようだ。

 マークの看板が目立ちすぎていて、正確に場所を教えてもらえなかったら、永遠に辿り着けなかったかもしれない。


「こんな偶然もあるんだね」

 レネオがそう言うと、

「マークの店だとしても、たしかに薬屋が近いと便利だよな」

 と利便性は悪くないなとアルは感じていた。


 クスノキ亭に入ると、すぐに女将が迎えてくれた。


「やあ、あんた達、アルとレネオだね」

「はい。よろしくお願いします」

「おばさん、よろしくな」


 髪を後ろで束ね白い頭巾を被った女将さんは、最初の挨拶だけで、人生経験の豊富さと芯の強さを感じさせた。


「おばさんじゃなく、エイダと呼びな」

 怒った様子はないが、女将のエイダはそう訂正してきた。


「すみませんエイダさん」

 レネオはアルの頭を手で抑えながら下げさせ、代わりに訂正した。


「まあいい。部屋に案内するから付いてきな」


 案内されたのは三階の二人部屋だった。

 ベッドが二つ置いてあり、長期滞在を想定してか収納もしっかりある。

 あとは木製のテーブルがあるだけのシンプルな部屋だったが、十分生活していける場所だと二人には思えた。


 食事も事前に伝えておけば、朝と夜に一階で準備をしてもらえる。


「他の部屋の客とは仲良くな」

 女将エイダはそう言い残して戻っていった。


「安いとこがあって助かったな」

 荷物を整理しながらアルが呟いた。


「うん、この値段で食事も付くなんて、有り難いよね」

 レネオもベッドの上に荷物を広げながら言った。


 二人は部屋に備えてあった収納に荷物を詰め込み終わると、部屋着に着替えベッドで手足を伸ばした。


「いやー、今日は疲れたな」

「長い一日だったね。半日ぐらいは町の中を歩いてただけだけど」

「ハハ、そうだったな」


 アルとレネオは、王国第二の都市ウォルテミスに来て冒険者生活を始めるという、最初の目的を果たし一息つくことができた。

 クエストは一つクリアし、報酬も貰った。

 これからは自分たちの力で生きていくという決意と、冒険者になったんだという実感が、二人の口を弾ませていた。


 その夜、アル達は興奮が冷めることなく、これからの自分たちを想像しながら、夜遅くまで語り続けた。




 翌朝、アルとレネオはすぐにはウルフ退治へ向かわなかった。


「なんだいあんたら、冒険者のくせに朝が遅いね。一番最後なんだから、さっさと食べちまいな」

 二人が一階に降りると、エイダが食事を出してくれた。

 他の部屋の客は全員済ませているようで、二人が来るのを待っていてくれたようだ。


「すみません、エイダさん」

「おはよう、エイダおばさん」

 ウォルテミスでの最初の朝、二人は夜更かしのせいで少し出遅れてしまった。


 朝食を食べ終わったころには、町も活発に動き出している時間だった。

 住む場所を確保できた余裕からきたのか、どうせなら今更クエストに向かわず、少し町の中を見て回ることに二人で決めた。


 朝食後、まずは向かいのマークの店に行った。

 マークに挨拶を済ませ、店の中の売り物をだいたい確認する。

 ポーションだけではなく薬草類も扱っており、モーブルの道具屋よりも少し安い値段のようなので、これから頻繁に利用する店になりそうだった。


「言っとくけど、うちのは他の店なんかより品質が一味違うからな!」

 マークは自慢げに説明してきた。


 それから、当分は装備の買い替えの予定はないが、武器屋、防具屋、魔法屋、道具屋と、マークに教えてもらったお店を一通り回ってみた。

 北エリアの冒険者ギルドが低レベル層向けになっていることもあり、近くにあるお店もそれに沿った品揃えになっているところが多い。


「鍛冶屋は近くにないみたいだね」

「みたいだな。この町じゃ鍛冶屋から武器や防具を直接買うことは少ないってことなんだろうけど。まあ、とりあえずは困らないけどな」


 二人は大通りを歩きながら話していた。

 見たいと思っていた店は見終わったので、冒険者とは関係ない店もと、適当に歩いていた。


 しばらく歩いてみても、ウォルテミスには露店が見当たらなかった。

 今まで見てきた町は露店を出して、物を売っているところが多かったのだが、この町は様子が違った。

 建物そのものがお店のつくりになっており、さきほど寄った市場も青果など食材が乗った陳列棚が、大きな建物の中に並んでいた。


「見たこともない食べ物が多いよな、ウォルテミスって」

 アルは、途中で買った蒸し料理をかじりながら、多様な食文化に驚いていた。


「この国は自然豊かで農業や漁業も盛んだから、食文化も発展していて、ウォルテミスはそれを象徴してるのかもね」

「ふうん、そうなんだな」

 アルはレネオの説明を聞きながら、村を出て広い世界を知る楽しさを感じていた。


 結局二人は一日中、ウォルテミスの町を観光気分で歩き回った。

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