第18話 クエスト『コール草の採取』

 アルとレネオがタオスの森の入り口に着いたのは、バロスビーを出発してから丸二日が経ってからだった。


「ここからはモンスター生息エリアだよ。気を付けて行こう」

 レネオは自分の気を引き締めるつもりで言った。


「ああ。森の中は迷わないよう、地図と探索スキル頼りだな」

 アルは地図を広げて探索スキルを使った。

 すると地図上のタオスの森の一部が、赤く変色した。


 探索スキルを使うと、地図上に目的地を表すことができる。

 高価な地図を使ったりスキルレベルが高いと、目的地を表す赤い範囲が狭くなり絞られる。


 アルの探索はスキルレベル5、地図も安物を使っているため、赤く変色した範囲は広いが、自分の位置も点滅して分かるので、方向を知るだけでもかなり役に立つ。


「じゃあ行くぜ」

 アルはショートソードを抜くと、慎重に森へ入っていった。

 レネオも無言のままアルに続いて足を進めた。


 アル達は、子供のころから村の近くの森を遊び場にしていたので、森には慣れている。

 慣れているからこそ、森の怖さも知っていて、森を見くびるようなことはしない。

 ましてやタオスの森はモンスター生息エリアでもある。その辺の冒険者よりよほど森を警戒し慎重になっていた。


「やっぱり、同じ森でもかなり雰囲気が違うよな」

 アルは良く知るザレア村の森と比べて言った。


 同じ地方なので生息している植物は似通ったものだった。

 周りに見えるのは見たことのある木のはずなのだが、モンスター生息エリアのせいか昼間でも暗く、じめっとした空気は不快な思いにさせられる。


「そうだね。なんでだろう、森の動物たちが少ないからかな?」


 レネオの言葉に、言われてみれば動物を見ないなとアルは感じた。

 よく行っていた森には、鳥や小動物が多く、木々のざわめきや動物たちの鳴き声が二人の心を弾ませていた。


 ところがこの森は動物たちの声は聞こえず、木々の音は薄気味悪く感じるほどだった。

 アル達は時折地図を広げ、位置と方向を確かめながら、辺りを警戒して進んでいった。


 しばらく歩いていると、

「なあ、なんか大したことなくね?」

 アルがずっと緊張感を保つことに疲れ、気が緩んでそう言った。


 森の中と言えど小道のようなものはあり、それほど険しいものではない。むしろ人の踏み込むことが少ないザレア村の森の方が、道のようなものはなく侵入者を拒絶していた。

 初めてのモンスター生息エリアだったのだが、モンスターに遭遇することもない。


 アルがそう漏らすのも無理ないよね、とレネオは思いながら、

「もうすぐ探索スキルで示された地域だし、もうちょっと頑張ろう!」

 とアルへ返した。


 アルは立ち止まり地図を出すと、改めて探索スキルで目的地を確認した。

「もう赤い地域に入ってるな。この辺からコール草ってやつを探しながら進もうか」


 アルは地図をしまい、パーティステータス画面を開く。

 クエスト欄の『コール草の採取』を選ぶと、クエスト内容の詳細画面が開き、コール草の画像も映し出される。


「パーティステータス画面って便利だよな」

 パーティステータス画面は個人のステータス画面と違い、一人が表示すればメンバー皆が見えるようになっている。


「コール草と言っても、花のように赤くて色鮮やかだから、すぐ見つけられそうだね」

 レネオがその画像を見ながら言った。


「ああ、赤いのを見掛けたら確認してみようぜ」

 アルはそう言ってパーティステータス画面を閉じると、小道に沿ってまた歩き出した。


 それから少しの間、二人は無言で歩いていると、前を歩いているアルがその光景に気付いた。

「レネオ! あの赤いの、ちょっと変だ!」


 アルが指差す方向に、レネオも視線を送ると、たしかに赤いものが見えた。

 ただ、アルの言うように何か変だ。何かが動いている。

 動物の動きてもなく、木々が風に揺られている動きでもない。不規則に何かが動いているようだ。


「マンイーターだ!」

 レネオは本で見た姿と同じだったので、すぐに理解した。

 赤い大きな花のように見えるが、花の中心には牙のついた口があり、身体から生えている何本ものつたが、空中で休みなく動いている。


「本は色が付いてなかったんだけど、あんなに赤くて目立つとはね」

 あれなら気付かないうちに近づくことはなさそうだと、レネオは冷静な感想を考えた。


「あの変な動きをしてるのは触手か!」

 アルが言うと、

「植物系だからつただよ」

 レネオはさらっと訂正をする。


「どっちでもいい! 戦うか?」

「アル、あれの足元付近を見てみて!」

 アルの問いにレネオが答えた。


 アルはマンイーターが生えてきている部分を見てみると、近くに赤い草も生えているのが見えた。目的のコール草のようだ。

 マンイーターがあのつたで攻撃してくるのなら、明らかに攻撃範囲内にコール草はある。


「倒すしかなさそうだな」

 アルは腕にめてあるだけの盾を外し、しっかりと左手で持った。


「うん、やろう!」

 レネオも腰を落とし戦う姿勢を見せた。


「行くぞ! レネオ、見逃すなよ!」

 アルが駆け出していく。


 二人の戦い方は決まっていた。

 まずはアルが一人で突っ込み、隙を見てレネオが魔法で攻撃をする。

 相手が一体なら極めて安定的な戦法である。


 マンイーターはアルの接近に気付くと、すぐさまつたの一本をアルめがけて攻撃させる。

 アルは足を止め、盾で攻撃を受けた。


「よし、いけるぞ!」

 盾が受けた衝撃は、コボルドの一撃より遥かに弱いとアルは感じた。


「これなら!」

 再びマンイーターに向かって走り出す。


 何本ものつたがアルを攻撃するが、一本は盾で受け、一本は避け、一本はショートソードで斬りはらった。


つたが簡単に斬れたぞ!? 攻撃力が上がったせいか!」

 アルはショートソードの斬れ味が増している気がして、攻撃力のアップを実感した。


「うおおぉりゃあぁぁぁ!!」

 アルは次々に来るつたを斬り落としながら、そのままマンイーターに突撃しショートソードを突き刺した。


 植物系モンスターに痛覚があるのか分からないが、マンイーターはもだえているように見える。

 アルが武器を抜き距離を取ると、つたの攻撃はさらに激しさを増した。


「フレイムアロー!!」

 レネオの声と同時に、炎の矢がマンイーターを捉えた。


 アルへ攻撃が集中している中、レネオの魔法が直撃したのだ。

 マンイーターの全身はみるみるうちに炎に包まれ、つたの動きが止まった。


「ナイスタイミングだぜ、レネオ!」

「アルこそ良い動きだったよ!」


 アルとレネオはモンスターとの実戦二回目だったが、二人とも思ったより落ち着いて対処ができた。

 マンイーターの見た目は少し気味が悪かったが、コボルドの時ほど恐怖を感じなかったからか、身体が硬直して思ったように動かないということもなく、あっさりと戦いに勝利した。


 マンイーターは完全に燃え尽きたようだ。魔法の威力も本職になって上がってると思われる。

 その少し離れた場所に、赤いコール草を見つけた。


「おっ、ちょうど二本あるぞ! レネオ、頼む」

 アルがそう言うと、採取スキルを上げているレネオが近づき、コール草を二本摘み取った。


「二本とも上手く取れたみたいだ。採取スキルがなかったら、抜くときに傷つけてダメにすることもあるからね」

 レネオは二本とも問題ないことを確かめると、コール草を荷物に収めた。


「あとはそれを渡すだけだな」

 アルは大きく息を吐くと、そう言いながらショートソードを鞘に入れ、バックラー丸い木の盾を腕にめた。


「うん、あとはウォルテミスに行くだけだね!」

 レネオが立ち上がる。


 これで初めてのクエストの条件はクリアした。

 アルとレネオは、王国第二の都市ウォルテミスを目指して、来た道を引き返していった。

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