第16話 鍛冶屋

 アルとレネオは冒険者ギルドを出た後、なんとなく町を歩き回っていた。

 歩きながらステータス画面を開き、生まれて初めて『村人』以外になった職業欄を何度も確かめた。


 途中、歩いている人にぶつかり嫌な顔をされたときは、レネオが真剣な表情で謝る場面もあったが、すぐに頬が緩む。

 二人とも、冒険者になった余韻に浸っていた。


「あっ、そういえば」

 レネオが立ち止まり、何かを思い出した。


「ん? どうした?」

 アルが尋ねると、

「これ。そういえば先生に手紙を頼まれてたよね。今のうちに渡しておこうかと思って」

 レネオが荷物から手紙を取り出して答えた。


「ああ、そういえば」

 アルも荷物から手紙を探し出した。


 二人はブライアンから、それぞれ手紙を託されていた。

 バロスビーに行ったら、アルは鍛冶屋に、レネオは魔法屋に行くようにと。


「そういえば歩いてる時、鍛冶屋らしき店を見掛けたな」

「魔法屋も見たの覚えてる」


 アルとレネオは、一旦別れて手紙を届けることにした。

 自分の職業に合ったお店でもあるので、ちょっと見てみたい気持ちもあり、夕方ぐらいに落ち合うことにした。


「じゃあ後でな。鍛冶屋に行ってくる」

 アルが手を上げる。


「うん、後でね。僕は魔法屋に行ってくるね」

 レネオも手を上げると、二人は別々の方向に歩き出した。




 アルは金鎚かなづちと剣の看板を掲げたお店にやってきた。鍛冶屋だ。

 鍛冶屋は武器と防具を売っているお店で、修理も依頼できるし、高額を支払えば特殊な武器製作も請け負ってくれる。


 新人戦士のアルには当分利用する機会はないのだが、鍛冶屋を見学するいい機会ができた。


「らっしゃい!」

 店内に入ると、大きく軽快な声が迎えてくれた。


 声の主に目を向けると、茶色い前掛けをした体格の良い男性がアルを見ている。

 顎鬚あごひげだけ少し伸ばし、肌はずいぶん日焼けしていて、商人というよりベテラン戦士のような風格がある。

 この鍛冶屋の店主だ。


「なんだ若いの。防具でも探してるのか?」

 店主はアルの装備を品定めするように見ると、

「うちには良いの揃ってるぜ。見てけよ!」

 と防具が並べてある場所を指差した。


 並べてある防具は、盾も鎧も金属製。

 革の鎧とバックラー丸い木の盾を装備しているアルを見て、防具を勧めてきたようだ。


「いや、買いに来たわけじゃねえんだ」

 アルがそう言うと、

「なに? じゃあ何の用だ?」

 店主はあからさまに不機嫌な表情に変わる。


「あ……、いや……」

 アルは慌てて手紙をバックパックから取り出し、

「手紙を渡すように頼まれててさ」

 と手紙を店主に見せた。


「手紙だとぉ?」

 店主は軽くアルをにらみながら手紙を奪って開けた。


 手紙の内容は聞かされていない。

 アルは悪いことをしたわけでもないのに、少しドキドキしながら、

「じゃあ俺はこれで。手紙は渡したからな」

 と店を出ようとした。


「待て、若いの!」

 店主がアルを呼び止めた。


「な、なんだよ」

 アルが振り向くと、

「おまえ、ブライアンの弟子ってことか?」

 店主の表情が少しやわらいでいる。


「え? 先生を知ってるのか?」

「ああ。やつは昔、バロスビーを拠点にしてた時期もあって、その時にな」


「なんだ、先生の知り合いかあ」

 店主がブライアンの知り合いと分かり、アルは少し落ち着いた。


「ちょっとお前の武器を見せてみろ」

 店主がアルを手招きしている。


「え? 見せるようなもんじゃねえんだが……」

 アルは言われたとおり腰からショートソードを抜き、店主へ渡した。


 店主はショートソードをじっくり観察すると、

「駆け出しの戦士じゃこんなもんか。若いの、ちょっと待ってろ。その辺の武器でも見て勉強しとくんだな」

 そう言って、アルの武器を持ったまま店の奥に入っていった。


「あっ、おい」

 修理してもらうほど使っちゃいねえんだけど、とアルは言いかけたが、店主の姿はすぐ見えなくなった。


 アルは仕方なく店内の武器や防具を見てみることにした。


 並べられている品物の前には、金額と性能と装備レベルが書いた板が置かれている。

 どれもレベル10で装備できるようなものはなく、中には装備レベル35と書かれている剣もあった。


「35とかすげえな……」

 その大きな剣は、材質が違うのか周りの剣と刃の色が違い、少し赤みがかっている。

 握る部分であるつかの先には、装飾のような宝石がいくつも埋め込まれていた。


「ちょっと派手すぎるし、両手持ちじゃなあ」

 アルは装備する機会なんてないはずの剣を見ながら、自分には向いてない剣だなと呟いた。


 それよりもアルは盾が気になっていた。

 自分の持っているバックラー丸い木の盾では、硬さも大きさも前線で戦うには心細かった。


「一番安くて銀貨五十枚か。さっきのクエストの報酬が五枚だったから、十回分……」

 当分買えそうにない。

 盾でこの値段だ。鎧なんて見る気も起きなかった。


「待たせたな。ほら、返すぜ」

 店主がショートソードを持って戻ってきた。


「あ、ああ……」

 アルは受け取ると、何か変わったか見てみたが、とくに変化は感じない。


「素人が見た目で分かるかよ。ステータス見てみな」

 店主が目であおってくる。


 何も変わってないじゃんとアルは心で呟きながらステータス画面を開いた。

 「あれ? 攻撃力が上がってる? さっき戦士になって筋力が上がった時にも一緒に上がったけど、さらに上がった気がする」


「気がするじゃねえよ。上がったんだよ」

 店主が少し怒ったような口調で言う。


 攻撃力 46

 防御力 55

 武器 ショートソード

 防具 革の鎧

    バックラー


 武器の名前はショートソードのままだ。

 「なんで上がったんだ?」


 アルの疑問に、店主は自慢げに話しだした。

「同じ武器でもな、鍛冶屋の腕によって性能は変わるんだよ! おまえのショートソードも俺がちょっと鍛え直せばこんなもんよ」


「そうなんだ。おっちゃんすげえんだな!」

 アルは素直に感心する。


「はん、この程度で褒められても嬉しかねえぜ。ま、ブライアンの弟子とあっちゃ、このぐらいの頼みは聞いてやんねえとな」


 ブライアンの手紙には、武器を鍛えてやってくれないかと書いてあった。

 どちらかというとにぶいアルだったが、そういうことかと、故郷ザレア村に残っているブライアンに感謝した。


「おっちゃん、ありがとうな」

 アルは店主にも礼を言うと、ショートソードを腰に戻した。


「いい、いい、気にすんな。ウォルテミスに行っても頑張るんだな。バロスビーに来ることがあったらまた寄んな」

「ああ。次に来たときは、この店の装備を買うような戦士になってみせるぜ」


「大きく出たな、若いの」

 店主は少し嬉しそうに言いながら、アルを見送ってくれた。


 アルは軽く手を上げると、「じゃあ」と言って鍛冶屋から駆け出していった。

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