第8話 モーブルまでの道中
ザレア村から南へ向かう道は、ウルジル山方面と違ってだいぶ整備されていた。
もしかしたら、あちらより使用頻度が多いため、踏み固められた違いだけかもしれないが。
景色は同じように綺麗な草原に囲まれた道だった。
ザレア村があるウォルテミス地方は、王国内屈指の自然豊かな地域だ。
温暖で、夏は暑くなりすぎず、冬は寒くなりすぎない、一年の気温変動が少ない過ごしやすい気候だ。
そのせいか、ザレア村のように何の特産物もない自給自足の村でも、
「雲ってあんなに白かったんだな」
両手を頭の後ろに組んで、空を見上げながら歩いているアルが唐突に言った。
今日のように晴れた日は、空の青さが雲の白さを一層際立たせていた。
「え? 何? どうしたの、急に」
レネオは視線を向けると、不思議そうに聞いた。
「いや、なんか、この五年間は周りも見ずに、がむしゃらにやってきたなあと思ってさ。冒険者になることだけを考えて、雲を見るようなこともなかったなって」
アルは両親のことを考えていた。
この五年間、一緒に暮らしいてたはずの両親との時間があまり思い出せない。
レネオやブライアンと過ごした時間はいくらでも出てくるのだが、両親とはどうやって過ごしていただろうか。
穏やかで怒ったとこを見たことがない父。心配性で優しい母。
どちらも一人っ子のアルを大切に育ててきた。
アル自身も大事にされてきた自覚があった。
冒険者になりたい気持ちが弱くなったわけではなかったが、もっと親孝行すればよかったと、後悔の気持ちも生まれていた。
「そうだね。冒険者になることだけしか見てなかったかもね」
レネオも空を見上げると、アルが言いたいことを感じとり、そう言った。
抜けるような青さがレネオの視界に入ってきた。
「わりぃ! ちょっと話がしんみりしちゃったな。切り替えようぜ」
アルは両手で自分の顔をパンと叩くと、気持ちを締めなおすように言った。
「初日からこれじゃ疲れちゃうね」
「だな!」
二人は前を向いて歩みを少し早めた。
相変わらず見通しの良い道が続いている。
ザレア村と隣町モーブルの間は、
隠れる場所もないからか、山賊が出没したという話もなく、モンスター生息エリアもない。
国境から離れているので戦禍に巻き込まれた歴史もない、平穏を絵に描いたような地域だ。
「モンスターでも出ねえかな」
道中、あまりに何もないので、アルはそんなことを口にした。
「何言ってるんだよ。こんなとこでモンスターが出たら村が大騒ぎになるよ」
レネオは真面目に返した。
「だよな。ま、ホントにモンスターが出ても、ブライアン先生が退治するだろうけどな。俺たちがいなくてもさ」
「だね」
二人の恩師である元冒険者ブライアンは、レベルがどのぐらいなのか教えてはくれなかった。
だが、レベル10になったアルとレネオでも、実力差が五年前と変わった気がしないので、レベル20は間違いなく越えているんじゃないかと、二人で話していた。
「僕たちも、そのうちレベル20とかになれるかな」
「当たり前だろ」
アルはレネオの問いにすぐ答えたものの、レベル20がどんなものか想像できないでいた。
「なあレネオ、一人前の冒険者って、レベルいくつからなんだろうな」
「そうだね、やっぱりレベル20台はいかないとかな。30以上の人もいるみたいだし」
レネオは杖の先を頭にあて、考えながら言った。
「30以上か……。さすがに遠いなぁ」
アルが自信なさげに作り笑いをした。
「まあ、あんまり先のことは考えずに、僕らは目の前のことからコツコツやればいいと思うよ」
「そうだよな。まだ冒険者にもなってねえし」
「そうそう。まずは冒険者登録して、先生に言われた通り、クエスト一つクリアを目指すってことで!」
「ああ! やっぱ冒険者って言やあクエストだからな。クエストをガンガンやって金稼いで、レベルも上げていくぜ!」
二人は話しているうちに、だいぶ現実味が湧いてきた冒険者への思いがつのり、気分が高揚してきた。
「それにしてもクエストって響き、なんかワクワクするな!」
「アルもそう思う? 僕もクエストって言葉好きなんだよね。冒険者っぽくて」
冒険者ギルドからのクエストをこなし報酬を貰って生きていくのが、冒険者の基本的な生活スタイルだ。
ブライアンから様々なクエストの話を聞いていたアル達にとって、冒険=クエストになっていたのだ。
そんな憧れの言葉を思い出した幼馴染の青年二人は、いつものように尽きることのない冒険者談義を隣町モーブルに着くまで続けるのだった。
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