第6話 感謝の気持ち
出発の当日、レネオを玄関まで見送りに来たのは、母と7歳年下の弟だけだった。
祖父とは部屋で挨拶を済ませた。
見送る気がないわけではない。借りていた烈火の杖を餞別に譲ってくれた。レネオにはそれで充分気持ちが伝わった。
レネオの父は昨日の朝から出稼ぎへ行っていた。
今日は会えないが、一昨日の夜に十分語り合った。
レネオは小さい頃からワガママも言わず自己主張もしない子供だったが、冒険者になることだけは強い意志を示した。
そんなレネオを両親は、最初から全て彼の言うとおりにしようと決めていた。レネオを信じ尊重しようと。
そのため出発を知らされた時も、
「そうか。自分で決めたことだ。頑張ってきなさい」
と、二人とも笑顔で受け入れてくれた。
レネオは、冒険者になることが自分のワガママだという自覚があった。
本来なら15歳にもなれば、父と一緒に出稼ぎへ行くべきだと思っていた。レネオの父は家族のためだけではなく、村のために出稼ぎへ行っているのだ。
レネオの家は村長の家と言っても、金持ちというわけではない。
ザレア村は基本的に自給自足で暮らしていて、お金を必要としない村だった。そんな村の村長の家が、金持ちであることはなかった。
しかしまったくお金がなくてもいいかというと、そうではない。
塩や香辛料、鉄など、村で手に入らないものもある。そういったものはどこかで購入してくるほかない。
その購入資金を稼いでくるのが、レネオの父の役目だった。
そんな父を支援せず、冒険者になるために村を出ていくのだ。優しいレネオは、申し訳ない気持ちで一杯だった。
冒険者を知るのがもっと大きくなってからだったら、ブライアンが村にやってくるのがあと数年遅かったら、きっと思い留まっていただろう。
だけどレネオは、冒険者になりたい衝動を抑えられなくなっていた。
アルと毎日のように語り、毎日のように訓練した日々が、単なる憧れを強い信念へと変えていった。
親孝行のレネオの、最初で最後のワガママだった。
「お兄ちゃん、いってらっしゃい!」
レネオの弟が、満面の笑みで声を出した。
レネオは弟に近づいて膝を着き、
「お兄ちゃんの代わりに、お父さんとお母さんを頼むね」
と頭を撫でた。
「うん!」
レネオの弟は、目を輝かせて兄を見る。
冒険に出る兄が誇らしくて仕方なかった。
いつか自分も冒険者になると言いかねない弟を見ながら、
(君がそんなこと言う前に戻ってくるよ)
とレネオは心の中で呟いた。
「お母さん、じゃあ行ってくるね」
レネオは立ち上がり、母を見た。
王都からこんな田舎に嫁いできた、いつも気丈な母だったが、今朝は少し疲れているように見えた。
「レネオ、これを持って行きなさい」
レネオの母は、小さな布の袋を取り出した。
レネオはそれを受け取ると、中身がお金だとすぐ分かった。
「お母さん、これは……」
中を見ると、銀貨がかなり入っている。
「お父さんからよ」
「こんなに……」
「五年前、あなたが冒険者になると言い出してから、ちょっとずつ貯めていたのよ」
「五年も前から?」
レネオは何度か父の出稼ぎに同行したことがあり、お金を稼ぐということがどんなことか見てきたつもりだ。
これほど貯めるのに、どれだけ余分に頑張ってくれたのだろうかと思うと、いたたまれない気持ちになった。
正直、手持ちのお金は心もとなかった。アルと二人で貯めてはきたが、定期的な小遣いがあるわけではなく、旅立ってからの稼ぎだよりなところもあった。
レネオは銀貨の入った袋を強く握りしめ、父に感謝した。
「レネオ。元気でね」
「うん。お父さんにありがとうと伝えといて」
レネオは母を抱擁すると、
「お母さんも、今までありがとう。ちゃんと帰ってくるから、少しだけ僕のワガママ許してね」
と声を震わせた。
「バカね。これから冒険者になろうって男が泣いてどうするのよ」
そう言ったレネオの母の声も震えていた。
そんな空気に、弟も泣き出し二人の脚にしがみ付いてきた。
レネオは二人から離れると、静かに言った。
「それじゃ、行ってきます」
弟は、お兄ちゃんお兄ちゃんと泣きじゃくっている。
その弟を抑えながら、レネオの母は優しく微笑んで、手を振った。
レネオは二人に背を向け、次いつ帰ってくるか分からない家をあとにした。
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