第5話 旅立つ決意
アルは家に戻ると、レベル10になったこと、コボルドを退治したこと、訓練が終了しブライアンから冒険者になる許可を貰ったことを、両親に伝えた。
案の定、二人が思っていたより時期が早いので戸惑っていた。
ほぼ自給自足で生活しているザレア村で、レベル10に至る村人は珍しい。
村長でもあるレネオの祖父が、若い頃に魔法使いをやっていたが、それ以来になる。
グレスリング王国内の治安が悪かった時代、それぞれの町や村は自分たちを守るために、住人が戦う力を求められていた。
レネオの祖父もザレア村の自警団のメンバーで、戦う力を必要としていた。
その後、モンスターの生息地域が少なくなり、冒険者ギルドの影響力が強くなっていくにつれ、治安は良くなっていった。
とくにザレア村があるウォルテミス地方は、モンスターや盗賊に襲われるようなこともなくなり、普通の住人が戦う必要がなくなったのだ。
アル達の親の代は戦いを知らず、農耕スキルや狩猟スキルなど、生活スキルを求められるようになっていた。
「それで、いつ旅立つつもりなの? 来年の春ごろ?」
アルの母は、夕食の支度を一旦止めてテーブルにつくと、不安そうに尋ねてきた。
「いや、一週間後には出発しようって、レネオと話してきた」
「一週間!? そんなに早く……」
季節は春から夏への変わり目だった。
秋の収穫にはまだ時間があり、村の男が総出で狩猟をする春の恒例行事は、この前参加した。
旅立つにはちょうど良い時期だとアル達は思っていた。
「本当に大丈夫なの? もう少しブライアンさんに教わってからがいいんじゃないの?」
「何言ってるんだよ、母さん。先生から卒業したってさっき言ったじゃん!」
向かいに座っている母の言葉に、アルは少し苛立ちを見せた。
レベル10になって冒険に旅立つことを、両親はもっと喜んでくれるかと思っていた。
五年前、ブライアンの下で冒険者を目指すと初めて話した時は、
「まあ。アルが冒険者になったらお母さん鼻が高いわ」
と言ってくれた。
両親は応援してくれていると思っていたのに、旅立つことを渋っている姿に理解ができなかった。
コボルドを倒しモンスターとも戦う自信がついたアルは、冒険者になることに気持ちばかり先行し、親が子を心配する気持ちを汲み取れないでいた。
「やっとレベル10になったんだ! もう待てないよ!」
「待てないって……。アルはまだ15なんだし……」
アルの母は、
狩りから帰ってから、椅子にも座らず二人の様子をじっと聞いていたアルの父は、
「そこまで決意してるのなら、簡単には帰ってこないんだろうな?」
と声を挟んできた。
いつも穏やかな父が、厳しく鋭い眼差しでアルを見ていた。
アルは一瞬、言葉が詰まった。
冒険者になることに真剣な自分と同様、両親も真剣に向き合ってるのだと、なんとなく悟った。
だから、自分の思いをちゃんと伝えないと、とアルは思った。
「俺は、この広い世界を見てきたい。グレスリング王国だけじゃなくて、もっと他の国も行ってみたい! ずっと憧れてた冒険者になって、世界中を旅し色んなことを知りたいんだ」
アルは前のめりになりながら、両親の目をしっかり見て続けた。
「すぐには帰ってこないさ。もっと強くなって、一人前の冒険者になって、その姿を見せられるようになったら帰ってくるつもりだ。だから父さん、母さん。俺の出発を許してくれ!」
息子の言葉に二人はお互いの目線を合わせ、少し沈黙の時間が流れた。
アルが真剣に冒険者を目指していることは理解していた。しかし、こんなにも夢を語ってきたことはなかった。
二人はアルの言葉を聞いて、自分たちが思っているよりも大人に成長しているのだと実感した。
アルの父は息子に向き直ると、優しく穏やかな表情に戻っていた。
「アル。いつの間にか一人前になっていたんだな。一人前の息子が旅立つのに、引き留める親がどこにいる。なあ母さん」
「あなた……。でも……」
アルの母は、何かをぐっと堪えながら寂しげな表情をし、
「ええ……、そうね。息子を応援しない親なんていないわ」
と
「それじゃあ……」
アルはホッとし、椅子にもたれかかった。
「ただし!」
アルの父がそう強く言い、また優しい口調に戻って、
「必ず元気に帰ってくるんだぞ」
と、アルの頭に手を置きながら言った。
「父さん、母さん、ありがとう!!」
一人前の息子と言われたばかりなのに、涙なんか見せられないな。
アルは感情が溢れるのを抑えながら、冒険への決意を新たにしていた。
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