第4話 恩師ブライアン

 コボルドを退治したアルとレネオは、村に戻るとすぐにブライアンへ報告しに向かった。


「先生、先生ぇ!」

 ブライアンの家の前で、アル達は大きな声を出した。

 少しするとブライアンが扉を開けて姿を現した。


「よく戻った。どうだった?」

 声や表情で結果は分かっていたが、ブライアンは二人に尋ねた。


「バッチリだぜ!」

 アルがVサインを向ける。

「少し苦戦しましたけどね」

 レネオが補足するとアルは、言わなくていいのに、と言いたげな顔をした。


 勝利することも苦戦することも、ブライアンにとっては予定通りだった。


 二人にはわざとコボルドの強さを教えなかったが、二人との実力差は大きかった。

 たぶん、もう一度戦えば簡単に退治するだろう。


 しかし初めての実戦は違うはずだ。

 どんな冒険者も、初めての戦いは委縮し、力を出せずに終わってしまう。


 最初からしっかり戦えるのは、噂に聞く『異世界人』ぐらいだろう。

 そのためアルたちが手こずるのは分かっていたことだったが、それを乗り越えて帰ってくることを期待したのだ。


「本当に倒したのか?」

「あったりまえじゃん! 消えるとこまで見たぜ。なあ、レネオ?」

「うん、二人で確認したよ!」


「先生、これで試験は合格か?」

 アルは目を輝かせながらブライアンを覗き込んだ。


 ブライアンは目をつむり大きく息を吐いた。

「合格だ」

 嬉しいような寂しいような、複雑な感情をブライアンは覚えた。


 ブライアンにとって、二人と過ごす時間は大きなものになっていた。

 五十歳で冒険者を引退したとき、妻子はなく一人で余生をどう過ごそうか迷っていた。

 若い頃にいくつか恋はしたが、最後に愛した女性は、冒険の途中で命を落とした。彼女は冒険者仲間だった。

 それ以来、誰も愛さず家庭を作ることはなかった。


 どこか一人で暮らす場所を探していたブライアンは、大工スキルが上がっていたこともあり、山の中に小屋でも建てて暮らそうかとも思った。

 騒がしい都会は元々好きではなかったのだ。


 しかし、人との繋がりのない生活も送りたくはなかった。

 家族のいない独り者でも、誰かとの繋がりは持っていたかった。


 そんな彼にとって、この村で出会ったアルとレネオは心地よかった。

 無邪気で好奇心の強い少年たちは、ブライアンに憧れ、冒険に憧れ、まっすぐに冒険者を目指した。


 活発で少し生意気なアル。

 礼儀正しく控えめなレネオ。

 二人と過ごしたザレア村の日々は、ブライアンが求めた繋がりを作っていた。


 息子がいたら、こんな気持ちになるのだろうか。

 ふと、そう思うこともあった。

 家族のような絆を感じるようになっていた。


「これでお前たちに教えることは終わりだ――」

 ブライアンは二人を順番に見て続けた。

「分かっていると思うが、本当はレベル10で旅立つのは早い。しかしその分しっかりと生き残る力を教えたつもりだ。お前たちは年齢の割に謙虚さも持っている」


 ブライアンはアルとレネオにゆっくり近づき、二人の肩に手を置いた。

「よく頑張った。俺からは卒業だ」


 二人の表情がパッと明るくなった。

 褒められたのは初めてかもしれない。

 怖くはなかったが、それなりに厳しい先生だった。

 怒られることは少なかったが、褒められた記憶もなかった。


 ブライアンは二人に、自分との訓練は終了したと両親へ報告するように言い、家へ戻っていった。


「先生、ありがとう!!」

「ブライアン先生、ありがとうございました!」


 二人がブライアンの背中に言うと、ブライアンは一瞬立ち止まるが、振り向かずに家に入っていった。


「よっしゃ、いったん家に戻ろうぜ!」

「うん!」


 扉の向こうで、アル達が駆け出す音をブライアンは聞いていた。


 冒険者を引退し、静かに余生を過ごすためにやってきた村だったが、二人のせいで慌ただしい時間を過ごしてきた。

 想像していた、自然豊かなザレア村の暮らしと、今日まで違っていた。


「これでやっと、ゆっくりできるな」

 本人は笑ったつもりでいたが、寂しげな表情で言っていた。

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