第3話 はじめての実戦

 ザレア村から西へ行く道には、ほとんど人影はない。

 南へ行く道を辿れば、1日も歩くと隣町モーブルに着くので、村の人たちはまずそちらの道を使う。

 西へ行く道を使うとしたら、ウルジル山の少し先にある湖へ向かう人たちぐらいだ。

 コボルドを目撃したという村人も、きっと湖に向かう途中や帰りだったのだろう。


 干した果物を食べながら、アル達は草原に囲まれた、あまり整備されてない道を歩いていた。


「アル、そろそろだよ」

「ああ、そうだな……」


 二人揃って緊張しているので、いつものように会話は弾まない。

 無言のまま歩いていると、アルの腰のショートソードが、ガチャガチャと静かな景色に響き渡る。


 ザレア村があるグレスリング王国は温暖で穏やかな気候だが、今日は心地よい風が吹き比較的涼しい陽気だ。

 それでもアル達はしっかり汗をかいていた。


「あっ、あの辺りかな?」

 レネオは立ち止まり指を差した。


「ああ、確かあれだ」

 アルも歩みを止め答える。


 草原の向こう側に、ウルジル山を中心とした灰色の山岳地帯が見えた。

 さらに道を真っすぐ進めば自然豊かな湖に向かえるが、ウルジル山に近づくと岩場が多くなってくる。

 一度だけ父親と来たことがあるアルは、かすかな記憶を思い出していた。


「あの大きな岩が見えるところから、見通しが悪くなるから気をつけろよ。コボルドが身を潜めてるかもしれないしな。」

 アルは再び歩き出し、

「ここからは俺が前を歩く」

 と口調を強めた。


「ありがとう、アル」

 レネオも気持ちにスイッチが入り、杖を持ち直しながらアルに続いた。


 村を出てここへ来るまで、誰とも出会うことはなかった。

 周りを見渡しても人の気配はしない。

 皆コボルドを警戒し、いつにも増して利用者が少ないのだろう。


 アル達にとって、この戦いは恩師からの卒業以外の意味も持っていた。

 どちらの両親も冒険者になることに反対はしていない。むしろ応援していると言っていい。

 しかし、それが『今』となると話は別だ。


 冒険者ギルドの登録条件は、15歳以上かつレベル10以上。

 つまり二人は条件ギリギリにあたる。

 普通はレベル10になると、冒険者学院に入学するか、冒険者パーティに見習いとして参加させてもらう。

 アルとレネオはそれを通り越して、冒険者ギルドに登録することを考えていた。


 ブライアンには冒険者パーティを紹介しようかと言われたこともあったが、

「最初から自分たちの力だけやっていきたいんだ」

 そう言ってアル達は断っていた。


 親たちからすれば、二人の決意は理解していたが、やはりまだ早いのではと感じてしまうのは自然である。

 冒険者になることは危険なことなので、それ相応の準備をしてからと思っていた。


 そんな中、村人たちを困らせているコボルドの存在は、ある意味ちょうど良かった。

 平和なザレア村の日常を壊しかねないモンスターを、アル達が取り除くことで、一人前として認めてもらえるんじゃないかと思っていた。

 自分たちの力を証明してみせたかった。


「ここからはゆっくり行くぞ」


 最初に見えた大岩を横切りながら、アルはショートソードを抜いた。

 辺りは急に岩が増え景色をさえぎっている。コボルドが近くに隠れていてもおかしくない。


 レネオも周りを警戒しながら両手で杖を構え、

「ぼ、僕らなら大丈夫。やるよ、アル」

 と上擦うわずった声を出す。


 期待、不安、恐怖、興奮……。

 今まで感じたことのない、いくつもの感情が同時に彼らの中で生まれる。


 ゆっくり、慎重に歩く。

 足音をなるべくおさえ、些細な音も拾えるよう耳をすますが、心臓の音がそれを邪魔する。

 二人の緊張は頂点に達していた。



 コボルドとの遭遇は突然だった。

 前方の岩陰から不用意に現れたそいつは、犬の頭を持ち二本足で歩いている。


「コボルドだ!」


 二人は同時に言い放ち身構えた。

 コボルドはその声でアル達に気付き、にらんでくる。

 距離にして10歩程度。


 聞いていた通り頭は犬に似ており、体毛はなく土色の肌、右手に棍棒を持ち、布のようなものをまとっているように見える。


「ウウゥゥゥゥッ……」

 そいつはいきなり敵意むき出しで威嚇いかくしてきた。

 今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。


 初めて自分たちに向けてくる殺意。

 アルとレネオは血走ったその眼に気圧けおされていた。

 村の裏山にいる動物たちとは違う、異様な空気を持っている。


 ジリジリと距離を詰めてくるコボルドに、アルは思わず飛び出していった。


「あああああぁぁぁぁっ!!」


 渾身の力で振りかざしたショートソードは、コボルドには届かず岩の地面に当たった。

 避けられたのではない。アルはまったくの手前を攻撃してしまったのだ。


 足がすくんで、まったく踏み込めずにいた自分を、アルは一瞬受け入れられなかった。


「アルッ!!」


 レネオが叫ぶと、アルは我に帰り、コボルドが襲い掛かってくるのが目に入った。


 コボルドの棍棒を慌てて盾で防ぐ。

 木と木がぶつかる鈍い音が鳴り、盾を持つ左手に強い衝撃が伝わる。


 アルがバランスを崩し一歩下がると、コボルドは間髪入れず棍棒を振り下ろす。


「ぐぁっ!」

 アルは痛みに思わず声を上げた。

 今度は盾が間に合わず肩に喰らった。


「避けてアルっ!」

 数歩下がった位置から、レネオがフレイムアローを唱えると、杖の先から矢の形をした炎が発射された。


 コボルド程度の低級なモンスターは、魔法抵抗力も素早さも大したことはない。

 基礎的な攻撃魔法で十分倒せる。

 しかし、炎は反応できなかったコボルドを焼くことはなく、その横を通り過ぎていった。


「そっ……そんな……」

 レネオは狙ったところと違う方向に飛んでいった、自分の魔法を見ながら声を漏らした。


 アルとレネオは、こんなにも自分の思ったように身体が動かないことに戸惑った。

 訓練でもここまで大きく的を外したことはない。

 このままじゃ負けるかもしれない。二人ともそう思った。


 コボルドはそんな気持ちを無視するようにうなり声を上げながら、今度はレネオに向かっていった。

 魔法を見せることによって、敵意の優先順位が変わったのだ。


「レネオ! 危ないっ!!」


 ショートソードで斬り付ける自信がないアルは、幼馴染に向かって走り出したコボルド目掛け、盾ごと飛び掛かるように体当たりをした。

 コボルドは勢いよく転がり、レネオを大きく通り過ぎて行った。


「アルッ! 大丈夫!?」

 レネオは転んだアルに駆け寄った。


「ああ……、大丈夫だ。――けどっ!」

 ぶつかったコボルドは軽かった。よく見ればアル達より一回り小さい。最初の攻撃もブライアンの一撃より遥かに弱い

 コボルドは棍棒をつかんで立ち上がろうとしているところだった。

 この少しの間が、アルに冷静さを取り戻させていた。


 アルはショートソードと盾を再度構え、

「すまん、ちょっとビビった。仕切り直すぜ!」

 と強く言いながらレネオの目を見た。


 一瞬ハッとした表情をレネオは見せたが、少し笑って、

「ごめんアル。魔法使いは冷静じゃないといけないのにね。うん、仕切り直そう!」

 と返答した。


 コボルドは再び二人に向かってきたが、ほぼ同時にアルもコボルドへ向かっていった。

 そして、興奮したコボルドの攻撃を、しっかりと盾の中心で受け止めた。


「そこだっ!!」

 今度は下がらずショートソードを脚に突き付けると、コボルドは痛みに声を出す。


 アルはすぐに下がり、コボルドとの間合いを図った。

 コボルドは再度距離を詰め力任せに攻撃してくるが、アルは盾で上手く弾き、胸に向かって突いた。

 コボルドは何とか身体を逸らしたが、アルのショートソードは肩に刺さり、棍棒を落とした。


「レネオッ!!」

 アルは合図をしながらコボルドから離れる。


「任せて!!」

 タイミングを待っていたレネオは、アルの声にすぐ反応し、火属性の攻撃魔法、フレイムアローを唱えた。

 炎の矢はコボルドへまっすぐに飛んで行った。



 炎に包まれたコボルドは、少しの間もがき回っていたが、すぐに倒れ動かなくなった。

 アルは武器を構えたまま動かないコボルドを警戒していると、その死体はみるみる消えていった。


「燃え尽きた?」

 不思議そうにレネオに視線を送る。


「違うよ、消滅したんだよ」

 レネオは更につづけた。

「モンスターは死ぬと、死体は残らず消滅するって言われてるんだよね」


「そうなんだ! じゃあ……」

 アルはグッと溜めて、

「俺たちの勝ちだぁっ!!」

 ショートソートを天に掲げ叫んだ。

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