第14話 篝火

静かだった森の片隅に幾つもの光が集まり月明りも届かない森の一角を照らしだす。

森側にいるのはノエル、エレノアと村長に犬が一匹。 それに対して森を焼くことに賛同し、この場に訪れた村人は続々と集まり20人を超えている。 男たちの手には松明のほかに鍬や鉤など武器になりそうな得物を手にしているのも大勢いる。

「おい、見ろ! あの時の小僧がいるぞ!」

「村長も一緒だ! どうなってるんだ?」

「やっぱりあの小僧を逃がしたせいで面倒なことになったぞ! どうする?」

物々しい雰囲気の中で対峙する集団の前列から荒々しい会話が聞こえてくる。 ノエルは声のする方へ目を向けると教会で襲ってきた男たちが会話しているのが見え、険しい表情を浮かべる。

そんな中、ノエルは震える手で袖をつかむエレノアに気がつく。

「・・ノエル、怖いよ・・。」

怯える様子のエレノアの手を握ってあげるが、ノエル自身もこの状況をどうしたらいいかわからないでいた。

そんな中、一人の男がノエル達の前へ出る。 教会で神父と呼ばれた細身の男だ。

「我々は現在、この村を苦境に立たせた原因を断つためにここに集まっている。 村長やよそ者の子供に危害を加えるつもりはない。 今すぐにこの場を立ち去ってほしい。」

最後の警告と言わんばかりに神父は淡々と言葉を告げる。 その言葉に怒りを覚えたノエルが声を荒げて反論する。

「そのため人が住むこの森を焼こうってのか!」

怒りに任せて叫ぶノエルを横にいた村長が制止させ、神父と同様に前に出ると諭すようにゆっくりとした口調で語り始めた。

「ずいぶん思い切った行動にでよったな。 その口ぶりではテロワールの民が我々に何かをしたという証拠でもあるのかね?」

「それは村長も知っての通り我々や大羊に接触していたという報告はない。だが、原因が不明なことも事実だ。 夜に何者かが大羊に害をなしていないか夜通し警戒し、食べている牧草や飲み水に毒など無いかも調べた。 死んだ大羊を解剖したが獣医からは毒や病気といった死に直結するような原因はどれも見当たらない。 にもかかわらず、この半年でおよそ3分の1の数が死んだり行方をくらましたのだ。 今まで何十年も大羊と共に生きてきてこんなことは一度もなかった。 我々の理解に及ばない異常な何かが起こっているとしか思えないのだ。」

「その原因が全てテロワールにあると? 森を焼けば解決すると思うのは些か乱暴すぎるのではないだろうか?」

「彼らが何を考えているか我々にはわからない。ただ、拒絶の意思だけは伝わってくる。そしてこちらは既に他の選択肢などありはしないのだ! このまま、大羊が居なくなり村を出るか、テロワールを追い出し大羊を守る以外に何ができる!」

淡々と話していた神父の口調が熱を帯びる。 それに対し村長は感情的に話すのではなく諭すように語り続ける。先ほどまで諦めきっていた老人とは思えないほど大勢を前に怯むことなく、凛とした口調で言葉を続ける。

「ここに来たおぬし達は皆若い。 テロワールとの交流が途絶えた後に生まれたものがほとんどであろう。 知らないもの、解らないものには恐怖を覚え今のおぬし達のように未知なるものに敵意を向けることになる。 ・・だが、儂は知っておるのだよ。 心優しい彼らのことを・・。彼らは儂らの大事な物を奪うようなことは決してしない。ただ静かに暮らしていたいだけだ。」

「今更、何を言い出してるんだよ、ジジイ!」

二人のやり取りを黙って聞いていた男の一人が叫ぶように割って入る。

「うん十年も前からやり直そうとこっちはやってきたのに、それを無視し続けたのはあっちじゃねぇか! とっくに壊れちまってるんだよ! 仲良くするなんて今更無理な話なんだよ!」

「・・儂は決してそうは思わん。 今、村に一人だけだがテロワールの子が来ておる。 その子は何一つ悪いことなどせず、仕事をしながら学びに来ておる。 おぬしらと同様に向こうにも若い世代は育ち、このままではいけないという若者が増えてきておる証だろう。 だからこそ、今その芽を摘むわけにはいかんのじゃ!」

「じゃあ、俺らはどうしろっていうんだよ! このまま指くわえて見てろって言うのか! どうやってこの問題を解決するんだよ!」

その言葉に村長は目を瞑り、一呼吸して後ろにいるノエルに語り掛ける。

「ノエルよ、それにエレノアといったか。 関係のない二人を巻き込んでしまって申し訳なかったな。」

「・・村長。」

「儂はこ奴らを身をもって説得せねばいけない。 だが、儂一人では難しい。 申し訳ないが暫し付き合ってもらえないだろうか? 安全とはとても言い切れる状態じゃないがの・・。」

村長の問いに二人は目を合わせると、エレノアはノエルの手を握ったままこくりと頷く。 エレノアの意思を確認したノエルは村長へと返答する。

「村長は立派な人だ。 間違ったことは言ってないよ。 ここまで来たなら最後まで手伝うよ。」

「・・ありがとう。ノエルよ、恩に着る。」

ノエルの言葉に村長は微笑んで礼を言うと前を向く。

「儂は問題を解決させるためにこれから森に入り、テロワールに解決の糸口を聞いてくる! 彼らなら大羊の暴走に何かしら対処法を持ち合わせてるかもしれん。 彼らに助けを求めてみることにした。 もし、それでもテロワールを疑うなら儂が行ってる間に森に火をくべるがいい。 おぬしらにとっては邪魔者も消えて一石二鳥じゃろう。」

村長の言葉に集まった村人からざわめきが起こる。

「その年で森に入るなんて自殺行為だ! 村長、死ぬ気か?」

相対していた村人からも村長を危惧する声が聞こえる。 強硬派のなかでも村長の話を聞いて意見が割れているようだ。 その声を聴いて村長が自嘲気味に笑う。

「ほほ、そうさな・・。こうなる前にもっと死ぬ気でやるべきじゃったな。 ノエルに喝を入れられるまで何時の頃からか諦めとったからのう・・。」

「死ぬ気でとは言ったけど、ほんとに死んじゃだめだからね! それにまだ間に合うよ、きっと・・。諦めなければね!」

「ああ、間に合わせねばならん。 すまんが夜の散歩に暫し付き合ってもらうことになりそうじゃ・・。」

村長が村人に背を向け森へと歩みを進めていた時、背後から呼び止める声が聞こえる。 神父が村長を引き留める。

「待ってくれ、村長! まだ話がある! もし村長の話が正しく、テロワールに助力を願うなら交渉役として村長の存在は不可欠だ。 だが、この時間からの森に入ることは村長の命の危険が伴う。 なので、我々はひとまずこの場は戻ることにする。 数日は村長に交渉をお願いしたい。 それでも解決の糸口がない場合、我々は強硬的な行動も辞さない考えだ。」

村長が歩むのを止め、驚いた表情で振り返る。 ノエルとエレノアも目を合わせて言葉の意味を確認する。

「今の話は・・。つまり、今日は何もしないで帰るってこと?」

「うん! 村長がテロワールとお話しする時間をくれるって! 良かったぁ!」

「ひとまずの危機は回避できただけじゃ、大変なのはこれからじゃよ・・。」

「それでもすごいよ。武器を持ってるあの人数を納得させたんだから・・。でも一日すごく長かったなぁ・・。なんか凄く疲れたぁ。」

ノエルの気の抜けた言葉に安堵の空気が流れ、二人とも笑っている。 ようやく終わりが見えたと思った矢先に悲鳴が聞こえてきた。

声のする方に目を向けるとある一点の見つめ固まっている男たちが居た。

「テロワールだ! 大勢来ている!」

叫びを聞いて森に目を向ける。 そこには手に武器を持ったテロワールの男たちが森の中からこちらを見ていた。 しかもその人数が一人二人の数ではない。 見渡すと村人を含めたこちらの倍近くの人数のテロワールの男たちが集まっていることに今更ながらに気が付いた。

村長が慌ててテロワールに弁解を試みる。

「私たちに敵意はない! ただ、村で起こってる問題に助力を願いたく長に話を・・。」

村長が両手を広げ、必至に話しかけてる横を何かが横切る。 それは火の付いた松明で木の下に落ちたそれは枯葉に燃え移りパチパチと火が上がり始めていた。

愕然とした様子で村長が振り返る。 そこには恐怖で狼狽し、松明を投げ入れた一人の村人の姿があった。

その行動を見たテロワールが怒りに任せて村人に襲い掛かる。

「うわあああ!」

「火が!? 燃え広がってる!消さなきゃ!」

「でも水なんてどこにも・・。」

「くそ! こうなったらやるしかねぇ!」

突然の出来事に辺りは混乱していた。 悲鳴を上げ逃げ惑う者、鍬を手にテロワールと応戦する者、火を消そうと必死になる者。 村人もテロワールにも統率はなく無情にも火の勢いは増していく。 その様子をノエル達は茫然としながらただ眺めていた。

「・・なんだよこれ・・。どうしてこんなことになるんだよ・・。」

ノエルが前に広がる惨状を見ながら呟く。 横にいる村長も目を見開き、言葉にすることもできず立ち竦んでいる。

「・・ごめんなさい。」

ふいにノエルの後ろから女の子の声が聞える。 振り向くとそこにはいつの間にかレーニエが傍にいた。

「・・ごめんなさい、私が森に知らせたからこんなことになっちゃった・・。みんな森を守るって怒り出しちゃって飛び出して行っちゃった。 追いついたら森に火がついててみんなで喧嘩してる。 ごめんなさい・・。」

震えながら泣いているレーニエをエレノアが抱きしめる。

「レーニエのせいじゃないよ。 がんばったもんね・・。 せっかくがんばったのにね・・。」

抱きしめるエレノアも涙を流しながらレーニエに寄り添う。レーニエは涙が溢れだしエレノアにしがみついて声をあげて泣き出してしまった。

 喧騒と悲鳴が響く中、ノエルはその様子を見ながら手を強く握る。 そして目の前であざ笑うかのように燃え盛る炎を睨みつけ力いっぱいに叫ぶ。

「なんでだよ! おかしいだろ! 誰もこんなこと望んでない!」

その瞬間、ノエルから青い光が迸る。 厳密にはノエルの普段持っている肩掛け鞄の中から光が溢れだしていた。

「!? な?」

ノエルも訳が分からず鞄を見る。すると青い光に包まれた小さな瓶が宙に浮き、光を発しながらゆっくりと上がっていく。

頭上より高く上がったところで瓶が割れ、中から青い光を放つ半透明な何かが靡くように揺れながら浮いている。 不思議なそれは尾びれのような光の軌跡を残しながらあたかも水の中を泳ぐように空を舞う。

「光でできた魚? これが精霊?」

この不思議な光景にエレノアは無意識に呟く。 気が付けばその場にいた全ての者がこの異変に気付き、見入るように動きを止めて宙を泳ぐ光を追っていた。

周囲を漂っていた光の魚はやがてするすると天へ上がっていく。 そして夜空と混ざり合うように消えていった。

今の光がなんだったのかわからないまま、ノエルは光が消えた空を見上げていると額に冷たい感触が当たった。 それは次第に勢いを増し、辺り一面に降り注ぐ。

「雨? 馬鹿な・・。日中、あれだけ晴れていたのに何の前触れもなく急に降り出すなんて・・。」

「見ろ! 火が消えていく・・。あの精霊様が森を守るために雨を降らせたのか?」

「あれは何だったんだ? 本当に精霊様だったのか? 一体どこから出てきたんだ?」

テロワールも含め、ここにいる全員が現実の出来事なのか夢なのか分からないといった表情で雨に打たれている。

ノエルの傍にいた人達だけが光の出所を目撃していたのだが、当のノエルを含め誰も理解が追いつかず、言葉にすることもできないでいた。 

誰もが立ち竦む中、森から一人の老人が歩いてきた。 それまで固まったように動かなかった村長が急に声を上げて反応し、ずぶ濡れなった体も構うことなく老人の元へ急ぐ。

「!? 村長? 急にどうしたの?」

我に返ったノエルが村長を追いかける。 人をかき分けて着いた先にはテロワールの老人の前で膝をつき謝罪する村長の姿があった。

「本当に申し訳ない、長老よ。 我々は同じ過ちを繰り返した。なんとお詫びしたらよいのか・・。 本当に申し訳ない!」

雨に打たれながら地面に手をついて嗚咽交じりに謝罪の言葉を叫ぶ。 その様子を見ていた長老と呼ばれた老人が村長に向けゆっくりと口を開く。

「確かに30年も前、我々は祖先の森を断りもなく切り開かれ、道を作るために傷つけられた。 それから我々は外との関係を断つための掟を作った。 それが森のため、そして森に住む我らがためだと・・。」

村長は顔を上げることもできずその話を聞いている。 ノエルも一切口出しができる状況ではなく、ただ二人のやり取りを聞いていた。

「・・だが、そちらは知らぬだろうが5年ほど前に我々は危機的な状況に陥った。 病が村に蔓延し死者も出た。 村に伝わる治療法では良くならず、村の半数以上が感染する事態に陥ってしまった。 このまま滅んでいくのかと悟った時に一人の子供が掟を破って森の外へ出た。 そして外の医師を村に連れてきたのだ。 聞けばその医師は森の道を抜けて別なところへ向かっている最中だったそうな。 たまたま森で出くわした子供の言葉を信じて森の奥まで入ってきたらしい。 もちろん我らは掟があり、外の者を村に招き入れ、治療をしてもらうなどもっての外だったため追い返そうとしたら一喝されてな・・。」

村長が顔を上げる、長老の顔は穏やかな表情ををしていた。

「村の掟と人の命どちらが重いと思っているんだ、比べるまでまないだろ!っとな・・。頑なな医師は冷遇されようとも居座り、材料を集め黙々と薬を調合するとそれを皆に飲ませた。 すると信じられん程に皆が順調に回復していった。 滑稽なものだ。我々はあの憎んでいた道より来た医師によって救われたのだよ。」

「長老・・。」

「掟が必ずしも村を守るわけではないとその時に気が付いたにもかかわらず、我々は臆病だ。 ・・そちらが困難に陥っていることを知りながら、我々は変わることが出来なかった結果が今日の出来事へと至ったのだ。 だが、精霊様が和解する機会をくださった。我々はその意志に従おう。」

「長老! ありがとう・・。ありがとう!」

村長は泣きながら長老の手を握り、何度もお礼の言葉を口にした。

土砂降りだった雨は既に収まりつつある。 森に移った火は完全に消え滴る水で水蒸気が立ち昇っている。 威圧的に見えた松明の篝火もすべて雨で消え、辺りはノエルが持つランタンの柔らかな灯りが穏やかに辺りを包み込んでいた。


















 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る