第12話 過ち

「行商のキャラバンが市場にきてますよー。」

公園にやってきたノエルは歩いている女性に声をかけ、紙を渡そうと試みるが女性は手に取るそぶりも見せぬまま行ってしまった。 ここに来る途中、数人に話しかけたが皆同じように素っ気なく通り過ぎて行くばかりだった。

ノエルは肩を落としながら大きくため息をつく。

「親方が言ってたことと全然違うじゃん! 喜んでくれるどころか、ろくに話も聞いてもらえないぞ、この村!」

誰に聞かせるわけでもなく溜まった不満を口に出す。 空を仰ぐノエルの頭上には太陽がとっくに高く上がり切っていた。

「もう、昼は過ぎてるよなぁ。 お腹すいたなぁ・・。 でも、なんもできてないしなぁ・・。」

 そんな中、ノエルの方へ足早に歩いてくる瘦せ型の男性が見えた。 ノエルは気を取り直して話しかけようと試みる。

「行商キャラバンなんですけど・・」

「悪いなボウズ、今はよそ者に構ってる場合じゃないんだ。」

話を途中に遮られ、そのまま足早に通り過ぎて行ってしまった。

残されたノエルは茫然と立ち尽くして、ただ遠ざかっていく背中を見ていた。

「なんだよここ・・。 これならまだテロワールの人の方が親切じゃないの?」

「おや、少年・・。テロワールに会ったことがあるのかい?」

どこからともなく急に話しかけられてノエルは驚く、振り返ると公園のベンチに白髪の小柄な老爺が一人で座っていた。

「うん。 話をしたわけじゃないんだけど、森に迷い込んだ時出口まで案内してくれたんだ。」

「おお、そうか、そうか・・。」

話を聞いて皺が刻まれた老爺の表情が微笑んでいるようにノエルには見えた。 初めて話が出来そうな人と出会い、休憩がてら老爺の横に座る。

「ここに来てまともに話をしてくれたのじいちゃんが初めてだよ。 いつもこんな感じなの?」

「それはすまんのう、今は村が少し大変な時期で皆余裕がないのじゃよ。 偏に村長である儂の力不足のせいではあるんだが・・。」

「あ、村長さんなんだ。」

ノエルは少し驚きながら返答する。 確かに歳は祖父に近いと思われる。だが、横にいるこの村長には祖父のような気概はあまり感じられなかった。

「あ、そうだ!テロワールだけど診療所で会ったよ。レーニエって女の子。」

「そうさな、今この村に来ておるのはあの子ぐらいだな。 昔は交流があったんだが久しく会うことは無かったな。」

「ねぇ、レーニエが言ってたんだけどテロワールは村の人と話しちゃダメな決まりがあるんだって・・。昔、なにかあったの?」

ノエルの質問に村長は遠くを見つめる。 そして過去の出来事を紐解くようにゆっくりと語り始めた。

「テロワールとの関係が断絶されてしまったのは儂らが犯した過ちによるためなのだよ。」

「過ち?」

「そう・・。昔、この村とテロワールは良き隣人として交流も盛んにあった。 生活様式や文化は違えど、言語や精霊を祭る点など共通点もあり決して険悪なものではなかった。」

「そしたらなんでこうなっちゃったの?」

「ここら辺は土地が痩せてて作物が育ちづらく、暮らしは酪農による交易で成り立っておってな。 ただ、その交易も森と山に囲まれたこの村は交通の便が悪いため行商があまり立ち寄ることもなく、貧しい生活が強いられておった。」

ノエルは村長の言葉を静かに聞いている。 一息ついた老爺は目を閉じ、後悔を滲ませながら言葉を続ける。

「若かった儂らはなんとか生活を改善する方法を探した。その結果、出た答えが森を一部切り開き、道を作ることによって交通の便を改善する方法だった。 この方法に反対していた当時の村長の話も聞かず、森に住むテロワールに何の断りもなく木を切り、自分たちの都合のみで道を作ったのだ。」

「来るときに通ってきた森の中の道がそうなの?」

「ああ、その道は儂らが30年前に造った道だ。 その道が出来たことにより行商の往来が増え、村の生活は多少豊かになった。 だが、それと同時にテロワールとの交流は途絶えてしまった。 我々は豊かさと引き換えに良き友人の信用を失ったのだ。」

「テロワールの人たちは怒って来たりしたの?」

「いや、温厚な彼らはそれすらも無かった。 謝罪する機会すら与えられないまま断絶し今に至っているのだよ。」

「レーニエが言ってた掟が作られた理由は、その出来事が原因だったんだ。」

「道作りを率先したこともあり儂は村長になった。 だが、あの時の儂らの行動はこのような結果になるなど考えが及びもしなかった。 今でも思うのだ、あの時もっといい方法が他にあったのではないかと・・。 当初は失ったものを取り戻そうと幾度も対話を試みたが叶うこともなかった。 今起きている問題にも力になれず、無力な村長なのだよ。」

「村長・・。」

力なく話す村長にノエルはかける言葉が見つからない。

「おっと、すまなかったね。 久しぶりにテロワールのことを話したかっただけなのに愚痴を聞いてもらってしまったね。」

「いいですよ別に、この村のことを知れたから・・。 それに俺、今は行商の手伝いしてるけど家は教会なんです。 こういうことも修行なんで。」

「ほほ、そうか・・。ありがとう、話を聞いてくれて心が楽になったよ。 最近は教会にも足を運ぶ機会が減ってしまったのでな。 お礼に持ってきてたパンはいるかい?」

「いいの? ありがとう、おなか減ってたんだ。」

村長は籠からパンを取り出すとノエルに差し出す。 受け取ったパンはまだ少し温かい、口に入れるとパリパリという心地よい食感と共に小麦のこうばしい香りが広がる。 

「美味しい!このパン。 それに中にクルミが入ってる。」

「それは家の傍にあるパン屋で売ってるんだが儂もこのクルミパンが気に入っておってな。 それを公園で食べるのが好きなのだよ。」

「じゃあ、一緒に食べようよ。ちょっと待って・・。」

ノエルはそう言うとのパンを手で半分にちぎり、口をつけてない方を村長に渡した。

「楽しみを全部もらっちゃ悪いよ。 でも美味しいから半分だけちょうだい。」

「ほほほ、ありがとう。ではお言葉に甘えよう。」

ベンチに並んで座る二人は美味しさを共有しながら笑いあう。 食事を終えた村長はノエルに優しく語り掛ける。

「君は素直でいい子だ。 きっと立派な神父になれるだろうね。」

「・・うん、ありがと! そうなれるようにがんばってるんだ! 俺、まだ仕事あるから行くね。 ご馳走様でした!」

食べ終わったノエルは立ち上がり、村長に一礼して歩き出す。 その表情は自分の心境の変化に驚きを感じていた。

少し前まで村長に言われた言葉が嫌いだった。 いつからかその言葉を掛けられる度に祖父に近づけない劣等感や周りからの期待がぐちゃぐちゃに混ざり合い、それが鉛のような重さで胸の奥に沈み込むような感覚に苦しんでいた。

だが、今は同じ言葉のはずなのに素直に喜べている自分がいる事に気づく。 

この心境の変化は旅に出たことで少しずつでも前に進めているのかなと自身に思いを馳せる。 チラシの束が落ちないよう抱えながら歩き出す。

「・・もう少しがんばるかな。 これも修行だし・・。」

市場には戻らずノエルは人を探しながら村の奥へと歩みを進めていった。


公園を抜け、住宅街を程なく歩いて行くと草原の広がる丘が見えてきた。

道の両横には木でできた柵が設けられており、それが丘の向こうまで続いている。

柵の内側には横に長い建物が一棟あるだけで、後は延々と草原が広がっている。

「広いなーここ、これが酪農の場所なのかな?」

ノエルは胸元ぐらいの高さの柵に手をかけ、あたりを見回す。 丘の上の方に黒い塊がぽつらぽつらとあるのが見える。 それがゆっくりと移動している。

「あれが大羊? 昨日襲ってきた奴じゃね? 怖いな、また突っ込んでこないかな? こんな柵で大丈夫なのかよ。」

警戒しながら丘の方を見ていると、近くの建物の方からゆっくりとノエルより大きな生き物歩いてきた。

「うお! でけぇ!」

ふいに現れた巨体にノエルは驚きの声をあげる。 近くで見た大羊は全身が黒っぽいふわふわした毛でおおわれており、丸っこい体から出てる小さな頭部には短い角と人懐っこそうなくりっとした目をしていた。 

ノエルの叫び声に大羊は驚いた様子で、歩く方向を変え丘の上へとゆっくり向かっていく。 

「びっくりしたぁ・・。 でも、エレノアが言ってた通り大人しいんだな。 なんで昨日会ったのはあんなに暴れてたんだろ? そもそも、なんであんなとこにいたんだ? 迷子かな?」

色々と疑問は浮かんでくるが、初めて来たノエルには何一つ答えを持ち合わせていなかったため深く考えるのをやめた。 そして、なりよりノエルはそれよりも深刻な問題に直面していた。

「どうしよ・・。 ここまで来たのに全然人が居ないんだけど・・。」

見渡す限りの草原に大羊がいるだけで人の気配はない。 前に続く道は小高い丘の上まで伸びている。 諦めて戻ろうとした時にふと道の先に建物があることに気が付いた。 

ノエルはその建物に向かって歩みを進める。 その建物はどこか懐かしさを感じる特徴的な形をしており、近づくとより鮮明に細部が見えてくる。 石造りの建物にはステンドグラスがあしらわれた窓、そして正面の大きな扉が現れる。

「やっぱり・・。教会だ、ここ。 どこの村でも高いところにあるんだな。」

振り返るとトレノの村が一望できる高さまで登っていた。 上から見下ろすトレノの村はウィタエとさほど変わらない大きさに思える。違うことは麦畑の変わりに丘の向こうまで続く広大な牧草畑と奥に深い森が延々と広がっている。

「こんなに坂がキツいんじゃ村長さんの年ならなかなか来られないよなぁ・・。 それにしても広い森だなぁ。 あそこにテロワールが住んでるんだ。」

息を整えながらしばし風景を眺める。 

「よし、そろそろ行こう。」

休憩を終えたノエルは建物の正面に立ち両手で重い扉をゆっくりと開ける。 中を覗くと傾きだした日が差す礼拝堂は薄暗く、ひっそりと静まり返っていた。 礼拝に来ている人の姿は無く、正面にある聖母の像が空席のベンチを静かに見下ろしている。

「・・誰もいない? 司祭は留守かな?」

ノエルは恐る恐る無人の礼拝堂の中を進む、ずいぶん年季の入った建物だが掃除は行き届いているのがわかる。 また、献花台にまだ瑞々しい花が飾られていることから誰かが管理していることが見て取れた。 

「ここも誰もいないか・・。 お祈りしてそろそろ戻ろうかな。」

聖母の像の前まできたノエルは手を合わせようとした時に奥の扉から話し声が聞こえた。

「****は反対するだろうから俺たちだけでやろう! 森を燃やせば元に戻るはずだ!」

断片的にしか聞こえなかったが、荒い口調で危険なことを話していることは察しがついた。 ノエルは声のする方へ目を向けたと同時に扉が開き、数人の男が話しながら出てきた。

「今日決行だ!わかったな!人を集めてくれ! お前、誰だ!?」

大声で指示を出していた男がノエルの存在に気が付き声を荒げる。 その声にノエルは驚き後ずさる。

「見たことない奴だな・・。 なんでここにいる!」

大柄な男が詰め寄る。 ノエルが答える前に大柄な男の後ろにいた細見の男が口をはさんだ。

「このボウズは昨日、村に来た行商の一人だ。 昼頃に紙を配って宣伝して歩いてたから大方、村の奥の教会まで迷い込んだんだろう・・。」

「神父、こいつに会ったんですか?」

「ああ、公園のあたりで声をかけられたからな。」

この神父と呼ばれた人はノエルにも見覚えがあった。素っ気なく行ってしまった痩せ型の人に間違いなかった。 大柄な男の前に出て神父と呼ばれた男はノエルに話しかける。

「今は大事な話をしていた所なので、今日はお帰りいただこう。 そして帰ったらそこの長に伝えてほしい。 この村はいま危機に直面しているため商売にならない、すぐ村を発つべきだとな。」

冷ややかな言い方でノエルを遠ざける。 向かい合った神父の目には明らかに拒絶の意思が感じられたがノエルは俯きその場を動かない。 

「・・どうした? 出口は向こうだ。」

「・・さっき、森を焼くって聞こえた。 それはテロワールが住んでる森のこと? なんで? あそこには人が住んでるんだよ!」

顔を上げてノエルが声を上げて訴える。 それを聞いた大柄な男が怒りを露にし神父を押しのけて前へ出る。

「そいつらが俺らの生活をめちゃくちゃにしてるから、こっちもやりかえすんだよ!何も知らないよそ者が何言ってやがる!」

「!?なにが起こってるの? ここで?」

大声に驚きながらも話を続けようとするノエルを見て神父が一つため息をつき、荒れ始めた場を抑えながら語り始めた。

「ここは大羊を飼育することで生計を立ててきた村だが、この半年ほど前から異変が起き始めた。 大羊が狂ったように暴れまわり、脱走するものや死んでしまう大羊が出てきたのだ。 最初は伝染病を疑ったが獣医の見解では病の可能性は低いらしい。  だが、その数は増え続け今では大羊の数が3分の2にまで減ってしまった。 これ以上減ってしまうと我々の生活は成り立たなくなってしまうんだ。 早急に対策する必要があるんだ。」

「それでなんでテロワールの人が住んでる森を焼く必要があるの? その人たちが大羊に悪さをしてるのは間違いないの?」

「証拠はない。 そもそも我々には未だに何が原因で大羊に異常をきたしているかさえわからないのだから・・。 だが、一切の交流を拒絶する彼らはこの村の人間を憎んでいる。 過去に彼らは自分たちの大事な物を傷つけられたのだ。 今度はこちらの大事な物を傷つけたいと考えても不思議ではないだろう。」

「だからって! 村長も言ってた、彼らは温厚な人達だって! 道を作る時にも怒りで手を上げる人はいなかったって言ってたよ!」

ノエルの言葉にざわつきが起こる。囲んでいた男たちの態度が変わり相談を始める。

「こいつ、村長とも繋がりがあるぞ! 俺らのこと村長に話をされると面倒なことになるんじゃねえか?」

「計画が漏れれば厄介なことになる!事が済むまでここに監禁しといたほうがいいんじゃないか? なぁ、神父。」

周りにいる男たちの視線を受け、神父は決断を下す。

「・・外部の人間を巻き込みたくなかったが仕方あるまい。とりあえず納屋に連れて行こう。」

そう言葉を聞いた男たちは頷き、ノエルを囲むようゆっくりと動き始めた。


















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