第11話 トレノ

「あっ、ワンちゃんいるー!」

奥からやってきた女の子はエレノアの横にいるアルフを見つけると抱えていた葉っぱを置くなり駆け寄ってきた。 座っているアルフの目の高さに合わせてしゃがむと手を伸ばし、アルフの頭をやさしく撫でている。

「えへへ、かわいー! それに大人しい!」

嬉しそうに頭を撫でる少女を医師が一喝する。

「こら、レーニエ! 患者さんの犬を勝手に触ったりするんじゃないよ! 自己紹介もしないで何やってるんだい!」

「あっ、ごめんなさい! 初めまして、私レーニエっていいます。」

女の子は立ち上がり、慌てた様子で挨拶する。 ノエル達もつられて挨拶を返したところで医師のロシュがため息交じりに指示を出す。

「レーニエ、ロキソの葉をすりつぶして外用薬の準備をしとくれ。」

「わかりましたー。」

返事を返すと少女は手を洗い、机に向かうと器具を用いて葉を細かく刻み、すり鉢ですりつぶしていく。

その様子をノエルとエレノアが見入っている。

服装は村の人と同じような襟付きのベージュ色のシャツに医療用のエプロンを身に着けているが耳の横で金色の髪を束ねている特徴的な髪飾りが昨日、森で出会った男の人を連想させる。

「この子が珍しいかい?」

ノエル達の視線に気づいていたロシュが話しかける。

「あ、いや、昨日森で助けてくれた人に似てるなと思って・・。」

「ああ、そうかい。森に迷い込んだ時にテロワールに会ったんだね。 この子もテロワールの子だよ。今はうちに住み込みで医療の勉強をしてるけどね。」

「そうなんだ、じゃあ、村にはテロワールの人が来たりするんだ。」

「いや、昔は来てたけど今はこの子だけだねぇ。 なんせ変わってるんだよ。」

「そんなことないよー。 はい、センセーできたよ。」

女の子があっけらかんと言葉を返し、緑のドロドロした液体が入ったすり鉢を手渡す。

「ありがとね。 いきなりやってきて医療を教えてと言ったと思えば、家に帰らずこんな診療所に住み込み始めた子のどこが変わってないって言うのさ。」

小言をいいながら油紙にすり鉢の中の液体を広げていく。 

「準備できたよ。 これを怪我してるところに張るから、また足を出しとくれ。」

エレノアは言われた通り足を出すと青紫に腫れた患部にペタリと貼り付ける。

「ひゃう!」

冷たさとぬるぬるした感触にエレノアが驚いた声を上げる中、ノエルは関心深そうにその様子を見ていた。 すり鉢に残った液体のにおいを嗅いでみる。

「なんかスースーするな、これ。 これどういう治療なの? 家でやってるとこ、見たことないんだけど。」

「そりゃ知らないだろうねぇ。これはもともとテロワールに伝わる治療法だからね。 ここら辺に自生してるロキソの葉には沈痛作用があるのさ。 こうしてすり潰したものを体に張っておけば痛みが和らぐんだ。 だからと言って無理したら治るもんもよくならないから2~3日はあまり歩かずに安静にしてるんだよ。」

睨むようにエレノアに念を押しながら仕上げに包帯を巻いていく。

「あはは、やっぱりだめですよね・・。はい・・。気を付けます。」

苦笑いを浮かべながら、気圧されたエレノアは素直に返事を返す。 おそらくこの後普通に働く気でいたのだろう。

「センセー怖いから逆らっちゃだめですよー。」

笑いながら女の子がエレノアに話しかける。 その様子を見ていたノエルが女の子に疑問を投げかける

「レーニエって言ったっけ。 俺はノエル、よろしくね。 やっぱり言葉は通じるんだなぁ。 なんで昨日の人は一言もしゃべってくれなかったんだろ?」

「あー、それは禁止されてるからですよー。」

「禁止? なんで?」

「理由は知らないんですけど、ずーっと前から決まってるんです。 外の人と話したり、関わること全部ダメなんです。」

「ええー、そんな決まりがあるの? テロワールって。」

「はい、そうなんです。 ちなみに森で会ったのってどんな人でした?」

「えっとねぇ・・。背が高い男の人でレーニエと同じような赤い髪飾りしてた。」

「赤・・、ならきっとフィノですね。 族長の息子さんですよ。私の三つ年上だから多分ノエルさんと年もそんなに変わらないんじゃないかな?」

「えっ、そーなの!、 そんなに近くで会った訳じゃないけど5~6才は違うと思ってた。」

ノエルが驚きの声を上げる。 目を合わせたエレノアもノエルの言葉にうなずきながら語り掛ける。

「テロワールの人って背高いんだね。でも族長の息子ってなんかノエルと境遇が似てるね。 言われてみれば貫禄というか、威厳があった気がする。」

「マジかよ。 なら、きっとあと1~2年もしたら俺もあのくらいの貫録を出せるはず!」

「あはは、ノエルがんばって。」

ノエルは森で出会ったフィノという人の行動を思い返す。 族長の息子という立場で話すことも関わることも禁止されている外部の子供が迷い込んできたら、自分ならどう対応しただろうかと思いを巡らす。

最初は武器を見せつけて脅かし、追い返すことを考えるだろう。 だが今回は一人が足に怪我を負っていてまともに歩けない。 

となればどうすればいいだろう? 放置するわけもいかず、関わりあうこともできない。 悩んだ末の行動が会話をすることなく森の出口まで案内することだったのではと思いに至る。

 きっとあの左手の仕草が村の掟を破らないぎりぎりの妥協点だったんだとしたら、あの訝し気な表情も理解ができる気がした。

「ほら、もう処置は終わったんだ。子供のたまり場じゃないんだからそろそろいくぞ。」

治療費の支払いを済ませた親方がノエル達に声をかける。 親方に返事を返し入口に向かう途中でノエルは立ち止まり、レーニエに目を止める

「あ、ごめんなさい。行く前に一つレーニエに聞きたいんだ。」

「なんです?」

「外に関わっちゃいけないレーニエがどうしてここで勉強してるの?」

「私、小さいころによくわからない病気に罹って危いことがあったんです。 その時、たまたま通りかかった外のお医者さんに診てもらって元気になったんですよ。」

「そうだったんだ。」

「はい、あとその時もらった飴玉がすごくおいしかったんです。だからその時から外出てみようって。」

「あはは、すごい正直だな。村の掟破っても大丈夫なの?」

「すごい怒られましたよ。 でも、せっかくしゃべれるのにしゃべっちゃダメって変じゃないですか。」

あまりにも真っすぐな瞳で話すレーニエの笑顔が眩しく見える。

「ほんとだね。話ありがとう、じゃあね。」

自分の思いに真っ直ぐ行動しているレーニエに少し羨ましさ感じつつ、ノエルはレーニエに手を振って別れを告げ、診療所を後にするのだった。


診療所を出て3人と1匹は歩いて市場へと向かう。杖を突きながら歩くエレノアの足を気遣いながら親方が嬉しそうに大声で二人に話しかける。

「いやぁ、エレノアの怪我が大事に至らなくて良かった!安心したぞ! 後は市場に行ってアルド達を助けてやらんとな。」

「そんなにお客さん来るの?」

「そりゃぁ、来るさ!みんないつも楽しみにしてるんだから。 ウイタエだってそうだろ?」

「ああ、たしかに。」

「馬車を市場に入れた途端大勢に囲まれて、今頃てんてこ舞いしてるんだろうから急いで行ってやろう。着いたらエレノアは座って帳簿だけ見てくれ、力仕事はノエルがいるから大丈夫だ。」

言葉とは裏腹にターナーはゆっくりと歩く。 逸る気持ちを抑えて歩く父の優しさに少し引け目を感じているエレノアは横を歩いているノエルに申し訳なさそうに話しかける。

「ノエル・・。私、怪我であまり歩けないから手伝ってもらってもいい?」

「?言われなくてもそのつもりだよ。だって診療所でも2~3日は歩くなっていわれてたじゃん。」

「そうだね・・。ありがと、ノエルがんばってね。」

エレノアに頼られノエルは気合を入れて返事を返す。

「力仕事なら任せて!がんばるわ!」

今まで人に頼ることのできなかった娘が友達に助けを求める姿を見てターナーは一人笑みを浮かべる。 しかし、その笑顔はトレノの市場へ着いた先でその表情は驚きへと変わった。

開いている市場の中に賑わいはなく、屋内は静まり返っていた。 広い屋内に居たのは先に来ていたニコラスとアルドの二人だけで荷物整理を終えて手持無沙汰に馬車の傍で立っているだけだった。

「親方~、誰も買いに来やせんぜ~。」

ノエルたちに気づいたアルドがやる気なくターナーに声をかける。

馬車の傍に慌てて走ってきたターナーはニコラスに詰め寄る。

「これはどういうことだ? まさか、アルドが暴れてみんな逃げたとか?」

「そんなことはしてませんよ。 そもそも誰も来ていないんです。」

ニコラスが弁解する中、ノエル達も馬車の傍へとやってきた。

「どうしたの?親方、聞いてた話と違うけど全然お客さんいないよ?」

「お父さん、何があったの?」

「話を聞いたがよくわからん。誰も買いに来てないらしいんだ。 昨日、村に入ったのが夜遅くなったから、もしかしたら村の人が気づいてないのかもしれん。」

「そうなのかも・・。じゃあ、村の人に来たこと広めないといけないね。 どうしよう・・。」

「みんなで大声で村の中で来た事伝えるとか?」

「うーん、荷下ろししてる馬車から離れるわけにいかないし、大声出すと村の人の迷惑になるかも。」

「そっかー、たしかに。」

ノエルとエレノアが話をしている時にターナーはなにやら馬車の中で探し物をしている。

「おっ!あった!こういう時のために用意していた物があるんだ!見てくれ!」

取り出したものは油紙に包まれた箱を抱えてきた。それをテーブルの上で開くと中から紙の束が出てきた。 ノエルも興味心身に中身を手に取る。

「同じことが描かれてる紙? 衣類から食品、お酒やお菓子までなんでも取り扱いございます。 ルートシルト行商キャラバンにお立ち寄りください。って、これなに?」

「ふっふっふ、今王都ではなぁ、これみたいに何枚も同じ紙を作る機械が発明されたんだわ。ちいーと値段は高かったが作ってもらっといて良かったわ!」

自慢するかのように高らかに笑う父親に対して子供たちの反応は微妙。

「お父さん、また変なとこで無駄使いして・・。」

「へー、今時こんなものも作れるんだ・・。」

「ちょっと!またって何? 無駄使いじゃないから、コレ! ノエルも反応薄くない? もうちょっと感動してよ!きっとすごい発明なんだよ! 伸びるからこの発明!」

なぜか自分が発明したように力説する父親を宥めつつエレノアは話を本題に戻す。

「じゃあ、これを村の人に配って行商が来てることを知ってもらうってことね。でも誰が配りに行くの?」

「ほんとはエレノアに行ってもらいたかったんだけどその足の怪我じゃあなぁ・・。だからノエル!よろしく!」

「えっ! 俺っ? しかも一人で?」

思わぬ抜擢にノエルは驚きながら尋ね返す。

「だってエレノアは歩けないし、俺とニコは国への報告書類とか色々やることあるから動けん。 アルドは一緒に行ってもかまわないが、不愛想な髭面でこんなガタイの奴が行ったところで客が逃げ出すか喧嘩になる2択しか想像できんわ。」

「ヒデー言われっすね。まあ、否定もしませんけど。」

あっけらかんと答えるアルドに対してノエルは動揺している。 初めて来た村で知らない人に話しかけてビラを配る。 自分がそんな仕事をすることなる想像さえしていなかった。

「さっき力仕事って言ってたからてっきり荷物運びだと思ってたんだけど・・。」

「あー、そうね、来る途中言ってたけど、今お客さん来てないしね。 うん、それにほら、力仕事もビラ配りもきっとそんなに変わらないから。 まぁ、頑張ってやってきて!」

全然違うよ!っと心の中で叫ぶノエルだが、さすがに仕事の文句は言えない。

「大丈夫だって、きっと村の人も教えてくれてありがとうって喜んでくれるから! あとあれだ、神父様も色々な人と話すこういう修行をさせたかったんだよ、きっと!」

「ほんとに?」

「ああ、間違いない!だから安心して行っておいで、ノエルがたくさんお客さん呼んできてくれるから、準備して待ってるから!」

教会の修行と言われると尚更断るわけにもいかない。観念したようにノエルが顔を上げる。

「う~、わかったよ、じゃあ行ってくるよ! たくさん人連れてくるから待ってて!」

「ああ、頼んだ!」

ビラを抱えて走っていくノエルをターナーとエレノアが手を振りながら見送る。その背中を見ながらターナーは遠い目で呟く。

「ノエルってほんとにまっすぐでいい子だなぁ・・。」

「教会の息子をテキトーなこと言ってこき使ってたら、お父さんきっと罰が当たるよ。」

「人聞きの悪い、それにもしノエルが客を連れてこれなくても責める気もないしな。だが何もしないでこのまま待つわけにもいかんだろう。」

「それはそうなんだけどさ・・。」

「ノエルにはああ言ったが、どうもそれだけじゃない気がするんだ。 こちらでも色々調べてみないとな。」

「・・うん。」

「ほら、ノエルと別行動だからってしょげてないで仕事するぞ。」

「な!? そんなんじゃないから! お父さん、変なこと言わないで!」

「おっと、失礼。 ふははっ。」

ニヤニヤしながら離れていく父親に顔を赤くしながらエレノアは反論する。

がらんとした市場の中で一角だけにぎやかな話し声が響いていた。




























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