第6話 家族

朝陽の差す礼拝堂。 時間の流れを感じさせる石造りの壁にリマモを模したのだろう緑が際立つステンドグラスから色とりどりの光が室内を柔らかく照らす。

年季の入った木製の長椅子が二列に並び、その先には素朴な祭壇が設けられている。

決して豪華な造りではない教会だが村の歴史とともに人々の信仰の支えとなってきたこの礼拝堂は温もりを感じられながらも厳かな空気に包まれている。

賑やかだった祭りの翌日ということもあり、参拝者の姿は見当たらない。

そんな誰もいない静まり返った礼拝堂に不似合いなガタガタという騒がしい音が時折響いてくる。

場違いな音の原因は少し離れたノエルの部屋から発せられていた。

ノエルはエレノアと別れた後で走って家に戻るなり、自室の中を物色し何かを懸命に探している。

「たしかこの辺の箱に入れてたはず・・。あった!」

棚の奥から小さな木箱を見つけた。 蓋を開けると中には綺麗な石やどんぐり等の木の実、そして銀色に輝く金属製の糸が入ってあった。

「やった、見つけた! これで作れる!」

ノエルは糸を取り出してニンマリと笑う。この糸は儀式の時に渡される首飾りの石を固定するために使われる特別なものだ。

祭りが近づくと祖父が儀式を受ける子供の人数分をあらかじめ編み上げる。その様子を見ることが幼い頃のノエルは大好きでずっとそばで見ていたのだった。

当時に自分も作ってみたいと駄々をこねて一人分を分けてもらったのだが、幼かったノエルには手の力が足りず編むことができなかった。いつしか作ることを諦めて宝物箱に仕舞いこんでいたのだった。

銀の糸を手に机へと向かう。採取用のナタや本が散乱した天板の上の物を強引に端に寄せて作業場所を確保すると数種類の工具、そしてエレノアから預かった石を並べた。

「じいちゃんが作ってる姿は何度も見てきた。手順も覚えてるから今なら作れるはず!」

明日には村を離れるエレノアのためにノエルは首飾りの制作に取り掛かった。


                *


まだ低い位置にあった太陽が既に真上に到達している。 お昼を過ぎてもノエルは部屋に籠り机に向かい続けていた。

「んー、ダメだ!うまくいかない!」

髪を掻きながら作りかけの首飾りを見つめる。

「何が違うんだろ・・。じいちゃんは簡単そうに作ってるんだけどなぁ・・。」

石をはめ込み、糸を絞りこんでいくと均一にならず歪な箇所が出てくる。それを修正するため解いては組んでを何度も繰り返すが、納得する出来栄えには至っていなかった。

「じいちゃんに聞きに行くか? でも今朝のこともあるしなぁ・・。」

少し悩んだ結果、相談に行くことを諦めて再び工具に手を伸ばした。 その際に机の端に寄せていた物にぶつかり、机の上から崩れ落ちていった。

「あ”あ”~。」

あまりの負の連鎖に悲鳴をあげる。ノエルはため息をつきながら作業を一時中断すると椅子から立って床に散乱した物を片付け始める。

本を棚に戻し、床に落ちている鞘に収まったナタを拾い上げる。

このナタは森に行く時に採取や護身のため持っていく物でベルトに固定して携帯できるようになっている。

昨晩、祖父の帰りを待つ間に旅に持っていけそうな物を選別した際に出したものだった。

その場に座り込みながらパチンと柄にかかるベルトのボタンを外す。 ナタを鞘から取り出すと金属製の刃が銀色に鈍く光る。

今、やるべきことができたとしても旅に出たいという気持ちが消えてなくなったわけではない。

だからといって一人で旅に出ることが困難であることも、先ほどのエレノアとの会話の中で痛いほど認識していたため、ノエルはやるせない気持ちを抱えていた。

そんな中、ノエルの部屋にノックの音が鳴る。

「ノエル、昼ご飯も食べないで部屋に籠って何してるの? 入るよ。」

扉の向こうから母、クレアの声が聞こえる。 扉を開けると座り込んだ状態でナタを手にしたノエルの姿があり、それを見たクレアは少し困ったような顔をうかべながら部屋の中に入ってきた。

「おじいさんに話は聞いてたけど、急にどうしたの? 旅に出たいなんて言い出して・・。」

母の言葉にノエルはナタを仕舞うと俯く。しばしの沈黙の後、自分の気持ちを言葉にしていく。

「最初はエレノアみたいに外の世界を見てみたかった。そうすればじいちゃんや父さんみたいに自分のギフトが見つけられるんじゃないかって思ったから・・。

でも、じいちゃんやエレノアにも相談したけど、やっぱり子供一人で旅をすることはそもそも無理だってわかった・・。エレノアみたいにギフトがないと旅をすることさえもできないんだって思った・・。」

諦めたようなノエルの発言にクレアは黙って耳を傾ける。そして、一つため息をついてノエルに語りかける。

「やっぱり離れて住んでても親子ね・・。」

「えっ、それって父さんのこと?」

ノエルが驚いたように顔を上げて母に尋ねる。クレアはノエルの顔を見ると微笑んでゆっくりと話し始めた。

「ええ、同じようなことで悩んで、旅に出たのも同じような理由。お父さんの昔の話なんてノエルにしたことないのに、血の繋がりって本当に強いものね。」

「父さんも旅に出たことあるの? 何歳くらいの時のこと?」

聞いたことが無かった父の話にノエルは前のめりで聞き返す。 

「今のノエルとたいして変わらないくらいの年だったと思う・・。 お父さんも最初からギフトを授かっていたわけじゃないのよ。 たまたま王都の方がこの村に巡礼で来られた時に偉いお医者様が付いて来ていて、その方の技術の凄さに感動したことがきっかけで無理やり弟子入りして、その一団について行っちゃったんだから。」

「ええっ!そんな方法で村を出たの? むちゃくちゃじゃん、父さん!」

「ほんとにね・・。弟子入りすることに決めたと言いだしたと思ったら急に飛び出して行っちゃって5年くらい経って村に帰ってきたの。 王都で医療技術とギフトを授かってね。」

「そうなんだ・・。父さんもそんなことあったんだ・・。ねぇ、母さんに聞きたいことがあるんだけど・・。」

「なぁに?」

「あのさ・・。父さんが出て行っちゃたけど寂しくないの? 父さんと一緒になったこと後悔とかはしてないの?」

ノエルが今まで口にしなかった言葉を聞いて母は少し寂しそうな顔を浮かべ、優しくノエルの問いに答え始める。

「もちろん会いたいし、ノエルにも寂しい思いをさせてしまってることは悲しい。 でも医者という仕事に情熱を持っている人なのは判ってるから・・。 それでも一度は私と一緒になるために教会を継ぐことも真剣に考えてくれてた。 でもやっぱりお父さんは医者でいること諦められなかったの・・。 でも後悔はないのよ。だって、こうしてノエルもいるし・・。 なにより、お医者さんで人を助けているお父さんが好きだから一緒になりたいと思ったんだから。」

「そっか・・。なんとなく、父さんの話ができなくなってたから、みんな父さんのこと嫌いになったのかなって思ってた・・。」

「そんなことないわよ。お爺さんだってああ見えてお父さんのことはちゃんと認めてるのよ。 その証拠に内緒だけどエレノアのお父さんに頼んで毎年、出来たての新酒を届けてもらってるんですから。」

「じいちゃんそんなことしてたの? 全然知らなかった。なんで話してくれないんだろ・・。」

「お父さんの話題をだすとノエルに寂しい思いをさせてしまうから話題にできなかったんだと思う。 それに、お互い頑固だし不器用だから喧嘩ばっかりしてたしね・・。でも、それは仕事に対する考え方の違いだから嫌いなわけじゃないの。 それにどんなに離れて住んでても家族なのは変わらないから・・。ノエルはお父さんのことは嫌い?」

「・・嫌いじゃないけど、出て行っちゃって俺や母さんも大変だったから少しは文句を言いたい。 でも、今はギフトのこととか昔の話がしたい・・。ひさしぶりに会いたいって思う。」

ノエルの偽りのない気持ちを聞いてクレアは安心したようにいつもの笑顔に戻る。そして新たな話を切り出した。

「そう、お爺さんなんだけどノエルに話があるって言ってたの。」

「じいちゃんが?」

「ええ、なんか大事な話があるんだって・・。急いでるみたいだからお昼食前に話を聞いてきてもらえる?」

「なんだろ? わかったよ、今行ってくる。」

持っていたナタを机に戻しノエルは部屋を出た。 その後ろをついて行くクレアはどこか寂しそうな表情を浮かべていたのだった。


                *

「あれ? おじさんもいるんだ。」

祖父の部屋に入ったノエルは少し驚いた様子で声をあげる。 部屋には朝と同様に書斎の席に座っている祖父の姿があり、予想外だったのはその傍らにエレノアの父親も一緒に居た為だ。

「やあ、ノエル。すまないね食事前に、私のほうが用事があったんだ。一言お礼をいいたくてね。」

「いや、大丈夫ですけど、お礼って?」

今の状況と話が飲み込めずノエルが困惑している。 遅れて部屋に入ってきた母に話を聞こうとした時に座っている祖父が口を開いた。

「今朝、親方が来られたのは昨晩のノエルの行動に対する弁明と謝罪、そして感謝の気持ちを伝えたくてわざわざ足を運んでくださったそうじゃ。」

「そうなんだ、昨日の晩、話をエレノアに聞いてな。 村の掟を破ってまでエレノアのために色々やってくれたみたいで、あの子はノエルにすごい感謝してた! でも同時に私のせいで酷く叱られてるんじゃないかって不安そうにしてたもんだから神父様に話にきたんだ。」

「あっ!そういうこと・・。それは俺がしてあげたかったことだから別に改まって言われることじゃ・・。」

「そんなことはないぞ! 生活の殆どが旅であの子が寂しがっていたのは知っていたが、俺には何もしてやれなかった。 あの子にとって大事なものを、ノエルが汲み取って渡してくれたんだ! それがどれだけあの子にとって支えになるか。」

ノエルの元へ歩いて行き、手を握ると深々と頭を下げた。

「エレノアの友達でいてくれてありがとな、ノエル! お前の親父さんといい、大事な時にうちの娘を助けてくれるな。」

「おじさんちょっと、手ぇ痛いって!」

「おおっ、悪い!つい力入っちまって・・。」

ターナーはノエルに指摘されて慌てて手を離して少し離れる。 その様子を見ていたジョセフが一つ咳払いをしてノエルに話しかけた。

「ノエルよ。この度の行動は友人の心情に寄り添い、助けとなれた。その行いは神父にとって大事なことだ。 だが、村の規律を重んじることもまた、神父の勤めでもある。 よってノエルには事情はあれど規律を破ったことに対する罰を与えねばならん。」

ジョセフの一言に場の空気が張り詰める。 

ノエルは祖父の前に進み、真剣な眼差しで話しかける。

「規律を破ってもいいと思ってるわけじゃないけど、今回したことは後悔はしてない。 罰があることは覚悟してた。何をするの?」

ノエルの目を見てジョセフは本題を口にする。

「一つ、お使いをしてもらう。王都にいる父に届け物をしてきてほしい。そのために親方の行商で修行をしながら外の世界を学んで来い。 村には早くても半年以上は帰ってこれないことを覚悟せねば・・」

「旅に出ていいの!?じいちゃん!」

机に飛び乗りそうな勢いでノエルは話を聞きなおす。その顔には驚きと笑顔がこぼれている。

「こらっ!最後まで話を聞きなさい! 罰を与える話をしておるのに喜ぶ奴がいるか!」

興奮するノエルの肩に手が置かれる。振り向くと親方が笑顔で立っていた。

「まあ、そういうことだ。出発は明日の昼過ぎ、急な話だが準備は整えておいてくれ。じゃぁ、これからよろしくな。」

「あっ、はい、大丈夫です! よろしくお願いします!」

ターナーはノエルの元気がいい返事に笑いながら握手を交わす。そしてジョセフと向き合い頭を下げる。

「すみません。じゃぁ、準備があるんで今日は失礼します。明日からよろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

ジョセフもまた深々と頭を下げて礼を返す。ターナーが退室するとノエルがジョセフに話しかける。

「じいちゃん、俺の願いを聞き入れてくれてありがとう。 そして、もう一つお願いがあるんだ。 今日中にやらなきゃいけないことがあるから教えて欲しいんだ。」

嬉しさのあまりノエルは興奮しながら矢継ぎ早に話しかける。 そんなノエルを落ち着かせるような口調でクレアが話に割って入る。

「ノエル、いきなりのことで焦るのはわかるけど先に食事にしてきなさい。いつまでたっても片付けられないでしょ。」

「あ、忘れてた。じゃあ、じいちゃん!お昼食べ終わったら手伝って欲しいことがあるんだ。」

ノエルは母の言葉を聞いて祖父に一言告げると慌ただしく食堂へと駆けていった。

その様子を見送った二人は言葉を交わすわけでもなく静かになった部屋に佇んでいた

複雑な表情を浮かべるクレアが大きくため息をもらす。 その様子を見てジョセフが話しかけた。

「ノエルは喜んでいたようだが、お前はこれで良かったのか?」

「もちろんまだ子供だし不安はあるわよ・・。でも、あの人との子供だし、いつかこんな日が来るんじゃないかとは思ってた・・。 今日のあの子の様子なら一人で旅に出てもおかしくなかったから、それならまだターナーさん達と一緒なら安心できるし・・。」

クレア自身も自分に言い聞かせるように言葉にしていく。その様子をジョセフは静かに聞いていた。

「・・でもお父さんがノエルを旅に出すことに賛成するとは思ってなかったら驚いた。 何か理由でもあったの?」

「・・・あの子もこれからのことを考えたら外の世界を見ておいたほうがいいと思ったまでだ。 父親が村に帰ってくることもしばらくないだろうから・・。 それに・・。」

「・・それに?」

何かを言いかけて言葉を濁したジョセフにクレアが問いかける。

「・・それに?」

「いや・・、何でもない。 それより急な話だがノエルの準備を手伝ってやってほしい。」

「・・ええ、それは大丈夫。 ・・お父さんもあまり無理しないでね。お祭りも忙しかったし年も年なんだから。」

「ああ、心配ない・・。」

歯切れの悪い会話であったが、言いかけた言葉の先を問いかけても話をしてくれないことをクレアは察した。 そんな中、けたたましい足音が部屋に近づいてきた。

「じいちゃん、食べてきたからこれの編み方を教えて欲しいんだけど!」

ノエルが口を拭いながら部屋に戻ってきた。手には作りかけの首飾りと工具が握られている。

「随分早かったわねぇ・・。ちゃんと食べた?」

「うん。ちゃんと残さず流し込んできたよ。」

返答を聞いたクレアとジョセフは目を合わせて苦笑し、ノエルに話しかける。

「もう今日は怒る気力も時間もないわい。 どれ、まずそれを見せてみなさい。」

「やった!ありがとう、じいちゃん! ここがうまくできないんだよね・・。」

明日の旅立ちを嬉しそうに準備をする息子の姿を見て、クレアはどこか諦めたように吹っ切れた笑顔を浮かべ部屋を後にするのだった。









   



















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