第3話 ギフト
祭り会場の喧騒も届かない森の中をランプの光を頼りに歩く二人の姿がある。
広場を出たノエルは一旦家である教会に行くと儀式で使用したローブを自分の部屋に放りこんできた。
代わりに自分用のランプを手に取ると、エレノアを連れて教会の奥に広がる森の中へと入って行ったのだった。
夜の森は日中と違って小動物の姿もなく静まり返っている。
先程まで賑わっていた広場にいた所為もあるのだろう、二人の足音だけが響く森の中は余計に静寂を感じさせた。
「ノエル・・。どこに行くの?」
ランプを持つノエルの後ろをすこし不安そうにエレノアがついていく。
「ここを登ったら着くから。もう少しだよ。」
ノエル自身、慣れている森でも夜間に訪れることはほとんど無い。 エレノアに返答しながら右手に掲げるランプの灯りを頼りにあたりを注意しつつ前へと進んでいく。
丘を登りきると空を覆っていた木々がなくなり、夜空が広がる。 前には細い丸太で組まれた古びた柵がランプの灯りに照らし出された。
「着いたよ。前に崖があるから気をつけてね。」
ノエルが柵の方へ案内するとエレノアは恐る恐る近づいてきた。 隣まで来たことを確認するとノエルはランプの火を消した。
あたりは闇に包まれる。しかし、ランプが消えたことにより自然の光りがより鮮明に見えてきた。
そこには月と共に輝く満天の星空、眼下にはウィタエの夜景が広がる。 先ほどいた広場は露店の灯りが色とりどりに散りばめられ一際明るく輝いている。そしてリマモであろう緑色のほのかな光りが川や噴水を幻想的に浮かび上がらせていた。
「きれい・・。」
目の前に広がる風景に息を呑むエレノアの姿を見て満足そうにノエルは笑っていた。
「ここ、俺のお気に入りの場所なんだ。今日しか見れないこの風景を、いつかエレノアにも見せてあげたいって思ってたんだ。」
「ノエル、ありがと。すごくきれい。」
「よかった、喜んでもらえて。 なんかさ、エレノアがたまに寂しそうな顔するからさ。 ・・よかったら話してよ・・。」
ノエルの言葉にエレノアは言葉を詰まらせ、哀しさが表情に表れる。
エレノアは少し間を取って心を落ち着かせ、気丈に平静を装って自分の心の内をゆっくりと話し始めた。
「私ね、この村が好きなんだ。みんな親切で優しいし、もちろんノエルもいるし。 だから、今回お祭りに行けることになってすごい嬉しかった・・。
ほんとはね、ノエルのお仕事が終わったらすぐ会いに行こうと思ったんだよ。それで飲み物用意して行ったらノエルの周りにたくさん友達がいて、冗談とか言い合ってみんなで笑ってた・・。
今は出店で接客もできるようになって少しは人見知りも良くなったと思ってたけど、あの友達の輪の中には入ることができなかった・・。すごく自分がよそ者だって思い知らされてしまって・・。」
胸の奥に溜まっていた思いをためらいながらも少しずつ言葉にする。それをノエルは黙って聞いていた。
「ノエルは私のこと、羨ましいって言ってたけど、私もノエルのことが羨ましいの。 毎日会えて笑い合える友達とか、村への愛着とか・・。 私には手の届かないものだから・・。だめだなぁ、私・・。せっかく来ることができたお祭りを楽しみたいのに・・。こんな素敵な場所に連れてきてもらったのに一人で落ち込んでて・・。」
エレノアは柵の前にしゃがみこんで顔を伏せる。ノエルも無言のままその横で座り込んだ。
時折吹く風が月明かりに照らされた白い花をゆらす。日中は暖かかった風も夜になるとまだ肌寒い。
小さくしゃがみこんだエレノアの姿はかすかに震えているように見えた。それは寒さによるものか、それとも悲しみに涙しているかノエルにはわからなかった。
ただ、心の内を話してくれた友人に自分なりにしてあげられることはないかと思いを巡らした時に、ふと風に揺れる白い花が目に留まった。
「そっか・・。じゃあ、そろそろ行こうか。」
立ち上がってノエルがエレノアに話しかけながら近くにあった花を無造作に摘み取る。
「あっ、ごめんね、こんな話して。 そろそろ帰ろっか。」
目元を拭い慌てて立ち上がるエレノアにノエルは摘み取った花を見せて笑いかける。
「ねえ、エレノア‥。少し、寄り道して行こうよ。」
*
二人は再び森の中を歩いていくが、先ほどとは違う方向へ進んでいく。
「ノエル・・。寄り道ってどこに向かってるの? なんか来た時の方向と違う気がするんだけど・・。」
「うん、知ってる。 ちょっとね、せっかく精霊際の日なんだからエレノアも精霊様のところに挨拶しに連れて行こうと思ってね。」
岩の上に登りながらノエルはエレノアに行先きを説明する。 それを聞いたエレノアは足を止めてノエルに問いかける。
「ノエル、もしかして儀式の祠に向かってるの? 私、よそ者だけど大丈夫なの? 怒られちゃうよ。」
「もう儀式も終わってるはずだし。これでも教会の見習いだから大丈夫だよ。」
心配そうなエレノアを安心させるようにノエルが答える。だが、実際はノエルも祠に行ったのは儀式の時のみで、普段は近づくことさえも許されてはいなかった。
暗闇の深い森の中を幼い頃に歩いた記憶と土地勘だけを頼りに進んでいく。
「そろそろ小川があってもいい頃・・。 うわっ!」
前を気にしていたノエルが斜面で足を踏み外し、坂の下へと転がり落ちると下の草原にうつ伏せに倒れこむ。
「痛ってえ、カッコわる・・。」
「ノエル!大丈夫!」
エレノアが木に捕まりながら慎重に斜面を降りてノエルの元へやって来た。倒れていたノエルも体を起こし、立ち上がる。
体を確認してみるが特に目立った痛みはなく、幸い怪我はしていないようだ。
「ごめん、大丈夫だよ。小川を探してて踏み外しちゃった。」
ノエルは地面に落ちているランタンを拾い上げて壊れていないか確かめる。
ガラスで作られているホヤの部分にも損傷はなく、灯りは消えることなく辺りを照らし続けている。 灯りを失うことにならなかったことに安堵はしたものの、向かうべき方向に不安を感じたノエルはあたりを見回し少し悩んでいた。
その様子を見ていたエレノアがノエルに近づいて話しかける。
「小川って言ってたけど、川がある方向が判ればいいの?」
「えっ、うん。川沿いに祠に向かう道があるんだけど」
「もしかしたらわかるかもしれない。ちょっと待ってて。」
そう言うとエレノアは太い幹の木におもむろに近づく。右手で髪をかきあげ、その手をまま木に当てると目を閉じた。
ノエルはエレノアの木に語りかけるような仕草を静かに見ていた。やがてエレノアが木にお礼の言葉を呟くとノエルの方へ向きなおした。
「こっちの方に川があるみたい。そんなに遠くないって。」
エレノアはにっこり笑って指をさす。自信の満ちた言葉にノエルは少し驚きながらもエレノアの示した方向へと歩み始めた。
「エレノア、さっきは何をしてたの?」
「えっとねぇ、木に川のある場所を聞いてみたの。」
「木に?木と話が出来るのがエレノアのギフトなの?。」
「うん。きっとそうなんだと思う。」
エレノアの返答にノエルが感心しながら声をあげる。 ギフトとは精霊より与えられた個々の才能や感覚とされている。自覚の差はあれど万人に与えられる精霊からの祝福として信仰の中にもその考えは根付いている。
「うらやましーなぁ、俺まだその感覚がわからないんだよな。いつからギフトだって思ったの?」
「んー、その感覚はわりと幼い頃からあったんだけど。ほかの人にはないんだって気づいたのはここ数年かな。私、人と話すのが苦手だったから・・。きっと聖霊様が心配して話し相手ができるギフトを授けてくれたんじゃないかな。」
「そうなんだ、でも木と会話できるなんて、うちのじいちゃんみたいだな。」
「司祭様はここの神聖な水の教えを請うことができるって話でしょ。それは畏れ多いよ。私は今みたいに水源の位置とか方角とかを教えてもらえるくらい。そんな大層なものじゃないよ。」
あせって否定するエレノアと笑い合いながら、ノエルは祖父のことも思い起こす。
たしかに祖父は水害を察知したり、雨を予期したりと感と経験ということでは片付けられない予測を行い、町の人に信頼されているのを幼い頃から何度も見てきた。
それがこの町での司祭である資質なのだろうとノエルは理解していた。ただ、今のノエルには祖父のように水の声が聞こえる訳ではなく、自分のギフトがなんであるのかもまだわからないでいた。
そのことが心のどこかにひっかかり、モヤモヤした不安な感情が胸の奥にあった。
「それでもすごいよ・・。いいなぁ、俺は何ができるんだろ? 空が飛べたり、手から火がでたり、なにか派手なことができないかなぁ。」
ため息混じりに冗談を言うノエルにエレノアが笑いながら言葉を返す。
「それはすごいね、物語の中みたい。・・心配しなくてもノエルにもきっと見つかるよ。」
「・・うん、ありがと・・。」
心の内を見透かすようなエレノアの言葉にノエルは返答を詰まらす。そのとき、静かだった森の中にかすかに水の流れる音が聞こえてきた。
進むにつれ、その音は徐々に大きくなる。明かりの灯す先にはリマモで仄かに光る渓流が現れ、その傍らには川に沿って延びる小道も見えた。
「本当に川に着いた。エレノア、すげぇ!」
言った通りに川にたどり着きノエルは驚きの声を上げる。その横で誇らしげにエレノアは笑っていた。
「ね、ちゃんと着いたしょ。」
「うん、ここまで来れば大丈夫。あとはこの小道を少し登れば祠があるんだ。もう少しだから。」
二人は先ほど儀式で子供たちが通った道を進んで行く。道は渓流に合わせて坂道になっており、狭い場所もあれば階段になっている所もある。儀式中は安全のため子供に見えないように大人が隠れて見守っているのだが、儀式が終わってから大分経ったのだろう、祠までの道筋で人の気配は感じることがなかった。
階段を登りきると大きな建物が姿を現した。 暗がりで全貌ははっきりと見えないがレンガ造りの壁に大きな煙突が付いている。
「こんな山奥に大きい建物・・。」
エレノアが圧倒されるように見上げている姿を見て、ノエルは誇らしげに説明を始める。
「この建物はお酒の工場なんだ。とは言っても子供は中には入れないから内側は俺も見たことないんだけどね。」
建物に人の気配はなくあたりは静まり返っている。
「儀式の祠はここより奥、工場の横の洞窟の中にあるんだ。」
ノエルがランタンで照らした先に道と小川が続いている。二人はゆっくりと洞窟の方へ歩みを進めていく。
たどり着いた洞窟の入口には木で造られた門のような社が設けられている。
先程まで儀式に使用されていたためか、柱の両側に設置されている松明には火が灯されており、強固な造りの大きな扉が解放されている。
洞窟の中を覗き込んでもただ暗闇が広がっており中を確認することができない。ノエルはあたりを見渡したが人がいる気配が感じられなかった。
「じいちゃん、居ないの? ちょっとお願いしたいことがあるんだけど・・。 おーい・・。」
ノエルが洞窟の中に呼びかける。 だがその声に反応するものは誰も居なく暗闇の中に消えて行った。
少しその場に留まったが人の現れる気配は無く、ノエルは意を決してエレノアに話しかける。
「じいちゃんはいないか・・。ここはお酒の貯蔵庫に使われてる場所なんだけど、この中に聖霊様の祠があるんだ・・。ほんとはじいちゃんに付き添ってもらいたかったんだけど、いないなら仕方ない。 二人で行こう。」
洞窟から立ち込める重々しい空気、雰囲気にエレノアは怯えた表情を浮かべ、足が止まる。
「俺も一緒に行くから怖がらなくても大丈夫だよ。」
ノエルは安心させるように笑いながら摘んでいた花をエレノアに手渡した。
受け取ったエレノアは神妙な面持ちで洞窟を見つめ、覚悟を決めてこくりと頷く。
二人は社の前で一礼すると精霊が住むと伝えられている洞窟の中へと足を踏み入れた。
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