第2話 精霊祭

精霊際当日を迎えたウィタエの村は祭りの準備で活気づいていた昼間とは裏腹に、あたりは静寂と夕闇に包まれている。

そんな中で村中の人々が薄暗くなってきた広場へ続々と集まってきている。 

だが、広場へと集った多くの人々はにぎやかに談笑するわけでもなく、ただ静かに何かを待っている様子だ。

山の向こうに陽が沈み濃紺が広がる空に満ちた月の輝きが増してくる。 程なくして月明りに呼応するかのように闇夜に包まれていた噴水、小川など広場の至る所で淡い緑の光が輝きだす。 それは会場に配置されたリマモが水で満たされたガラスの器の中で音もなく柔らかな光を放っていた。

歓声とともに次々と緑色の光が辺りを照らし始め、広場は幻想的な光に包まれた。

会場の歓声に割り込むように弦楽器の音色が響く。 ゆったりとした神楽の演奏が始まると、その音色に合わせて噴水前に設置された舞台に補助の照明にも明かりが灯され一際会場が明るくなる。 会場全体が一気に熱を帯びる中、照らし出された舞台の中央に神官用のローブを纏ったノエルが立っている。

人々の歓声と拍手を一身に受けながらノエルは聖書に書かれている精霊にまつわる一節を祝詞として神楽に合わせて詠う。 大勢の人が見ていることに臆することなく、はっきりと大きな声で祝詞を詠う姿を見た神父で祖父でもあるジョセフは舞台の傍らでやや安心したような表情を見せた。

ノエルの額に汗がにじむ。祝詞も終盤に差し掛かり、締めの句に入ろうとした瞬間、光が失われ会場全てが闇に包まれた。

会場中に設置されていた全てのリマモが突然、何の前触れもなく一斉に光るのをやめてしまったのだ。

予期せぬ事態に動揺が走り神楽の演奏も止まる。 闇に包まれた会場は一変して静まり、どよめきが広がりだした。

唯一、補助の明かりで照らされた舞台にのみ光が灯る。 そこに立っているノエルも戸惑いを隠せず立ち竦んでいた。 

今までノエルが見てきた精霊際の中で光を失った経験など一度も無かったのだから対処などできるはずもなかった。

突然の事態にどうするべきか判らず、祖父の方に振り向く。 そこには驚いている反応が大勢の中で、一人だけ何かを悟ったように目を閉じて俯く祖父の姿があった。

ノエルが声を掛けようと手を伸ばした瞬間、リマモは再び光りを帯び始めた。

会場は何事もなかったように淡い緑色の光に包まれ、周囲から安堵の声が聞こえてくる。

たった数十秒の出来事ではあったがノエルは理解が追いつかず、呆然と立ち尽くしていた時に横から聞きなれた声が耳に入る。

「ノエル、続きを。」

傍らから見ていたジョセフが冷静に声を掛ける。 その声で我に返ったノエルは祖父の言葉に頷くと演奏者に手で合図をおくる。 

再開された弦楽器の調べはざわついていた人々を落ち着かせた。 仕切り直した演奏の中でノエルは締めの句を最後まで読み上げる。 その後は滞りなく進み、波乱に満ちた精霊際は無事に開始される運びとなった。


                  *


幕で区切られた簡易的に設置された舞台袖でノエルは満身創痍な様子で神楽用のローブを着たまま、舞台にうつ伏せで寝転がっている。

儀式を終えた広場は神楽を行っていた時の厳かな雰囲気とは打って変わって賑やかな宴会場と様変わりしていた。

陽気な音楽に笑い合う話し声、出店からお酒や食べ物の注文する声が区切られた舞台袖の中までひっきりなしに聞こえてくる。

そんな中、ノエルは一人起き上がる気力もなく床に伏していた。

「うー、疲れたぁ・・。 にしても、あいつら・・。好き勝手言っていきやがって・・。にゃろう!」

寝そべっていたノエルは一人愚痴をこぼしながらダルそうに起き上がり、ローブを脱ぐと雑に丸めて投げ捨てた。

少し時を遡るとノエルは役目を終えて舞台袖に戻るとすぐさまテオを含めた友達が大勢やって来た。 最初はそれぞれが労いの言葉をかけていたのだが、話をしてるうちに気が付けばノエルのダメ出しに変わっていった。 

先ほどの出来事の原因はノエルのやる気がないからだとか、ローブが似合わないからだとかでまるで大喜利をするように散々いじられたことにノエルは腹を立て、冷やかしに来た友達たちを舞台袖から追っ払い今に至る。

普段着に着替え直したノエルは汗ばむ顔を布で拭くと両手を後ろに付いて座り、ようやく一息ついて安堵のため息を漏らす。

終わってみれば神楽自体は数十分の出来事だったのだが、予期しない事態に見舞われたせいか、とても長い時間だったように感じる。 今は力が抜け、ノエルはそのまま舞台に横たわる。

目の前には器に入ったリマモが光を帯びたながら水の中に浮いている。

恨めしそうに見つめて指でつつきながら、リマモ相手に愚痴をこぼす。

「なんで急に消えるんだよ。おかげで散々言われたじゃねーか。」

ノエルの問いに答える訳もなく、リマモはつつかれた分、器の中でゆらゆらと揺れながら光りを放ち続けている。

その様子を何の気なしに眺めていたノエルの傍に近づく足音がする。 小柄な人影が幕に映ると優しい声でノエルに話しかける。

「ノエル、お疲れ様。」

寝転んでいたノエルは慌て起き上がり、声の方を向くと舞台袖を覗くエレノアの姿があった。

旅用の外套は脱いでいたため、ベージュ色のベストと朱色のスカートの普段着の姿に変わっていた。 そして手には出店で買ったのだろう子供用の飲み物が二人分用意されている。

「もうお仕事終わった? 今、会いに来て大丈夫だった?」

「うん、今日はもうやることないから大丈夫。」

「よかったぁ、これノエルと一緒に飲もうと思って買ってきたんだ。」

ノエルの返答を聞いてエレノアはうれしそうに片方を手渡し、横に座った。

「ありがとう・・。 なんかカッコわるいとこ見られちゃったな。」

「そんなことないよ。堂々としてたし、ローブも似合ってたよ。」

友達に似合わないといじられた後なので妙に恥ずかしい。 ノエルは照れ隠しでリマモを突いている。 その様子を見ていたエレノアも恐る恐る光るリマモに触ってみる。

「ノエルが昔言ったとおり、お祭りの日に光るんだね。」

「あっ! 昔、話したこと覚えててくれたんだ。」

「もちろん!忘れないよ。大切な思い出だもん・・。ずっと見てみたかったんだけど予定がなかなか合わなくて。お祭りの日に来るのに5年もかかっちゃった。」

「そっかぁ・・。あれからもうそんなに経つんだ。」

嬉しそうに話すエレノアを見て、ノエルも笑う。

「でも不思議・・。どうして今日だけ光ってるの?」

「んー、種を作るために光るっていうのが有力らしいけど、詳しいことはなにも解ってないんだよね。 伝承では水の精霊様の使いで呼びかけにに答えてるって伝えられているし・・。 ただ、この不思議な植物がこの源泉付近にしかいないからウイタエは水の聖霊様が住む村と言い伝えられているみたい。」

ノエルの話を聞きながら、エレノアは真剣にリマモを見ている。その様子を見てノエルはどこか懐かしさを感じて笑い出す。

「どうしたの? ノエル、なにか変?」

「ごめん、そうじゃないんだ。久しぶりに会って、大人っぽくなっててびっくりした。 でも、出会った時みたいにリマモを見てる姿見てたら、やっぱりエレノアだなって思ってさ。そしたら、なんかおかしくなって・・。」

ノエルが謝りながら説明する。一息おいてエレノアも答えた。

「私も会ってすぐ、同じこと思ったよ。一目見て少し驚いて・・。でも次の瞬間にはアレフと遊んでて・・。あんなふうにアレフが飛びついて戯れ合うのノエルだけなんだよ・・。」

お互い照れくさくなり、グラスを口につける。その後、思い出話が話題となり、人通りの少ない舞台の傍らで二人は笑いながらしばし語り合っていた。


「そういえば、アルフは?」

「今は宿屋でお留守番。ひさしぶりにのんびりできるから、もう寝てるんじゃないかな?」

「そっか。じゃあ、そろそろ祭りを見てこようよ。」

ノエルはエレノアの用意してくれた飲み物の残りを一気に飲み干すと舞台から立ち上がって体を伸ばす。エレノアも立ち上がり、うれしそうに返事をする。 二人は並んで賑やかな広場の方へと歩き出した。


色々な出店や屋台が明かりを灯し、賑わいを見せている。簡易的に設置されたテーブル席で大人たちはお酒を飲みながら談笑し、子供たちは珍しいものが売っている出店に目を輝かせていた。

「すごいねぇ・・。 いつもは穏やかな印象だけどお祭りになるとこんなに賑やかになるんだね。」

エレノアは楽しそうに町並みを見渡しながら歩いていく。

「ほんと大人ってお酒が好きだよなぁ。 新しいお酒が解禁されるってだけでこの騒ぎようだもんな。」

「すごい人気があるんだよ、ウィタエのお酒。仕入れたらあっという間に売れちゃうんだから。」

「そうなんだ、それ聞いたらじいちゃん喜ぶな。 お酒造りにも関わってるから。」

「神父様すごいねぇ、教会のお仕事だけじゃなくお酒造りにも詳しいって。」

「まぁ、ここの水のことはじいちゃんが一番わかってるから・・。って、あそこなんだろ? すごい行列できてる。」

喋りながらノエルは先にある一際賑わっている出店を指差す。それを見たエレノアは少し不安そうな表情を浮かべた。

「大丈夫かな。」

エレノアがぼそっと口ずさむ。どうやらエレノアの家が経営している出店のようだ。

近づくと恰幅のいいエレノアのお父さんと数人が慌ただしそうにお客さんを廻している。

商品は内陸のウィタエでは珍しい海産物の干物でお酒とよく合うらしい。 評判を聞きつけた大人たちがこぞって買いに来ている様子で、出店の周りには人集ができていた。

「お父さん、大丈夫? 私もお店に入る?」

忙しそうに仕事をしている父親を見て、心配そうにエレノアが大きな声で話しかける。声が届いたのかエレノアのほうへ振り向き、一緒にいるノエルにも気がついた様子で手を振って大声で返してきた。

「おおっ!ノエル。さっきは格好良かったぞ!こっちもぎりぎり出店間に合って良かったわ、大繁盛だ!」

満面の笑みでお客さんを次々と捌いている。いまいちこちらの言葉は聞き取れてないらしく、会話がかみ合っていない。 二人は苦笑しながら前の方へ割り込んで行く。

「お父さん、お店大丈夫?私も入ろうか?」

「おお、エレノア。店は大丈夫だ、接客担当じゃないがアルドも手伝ってくれてるしな! 少々、無愛想だけどな!」

エレノアの父さんの他に男の人が2名ほど、慌ただしく商品を運んだり、接客していた。

「行ってきなさい、ずっと楽しみにしていた祭りなんだ。楽しんでおいで。ノエルもお疲れ様、さっき恰好良かったぞ! これ持ってけ!」

ノエルに向かって手にした袋を投げる。慌てて受け取り、中を見ると売り物のお菓子が入っていた。

「あっ、ありがとうございます。」

「お父さん、ありがとう。 じゃあ、行ってくるね。」

エレノアも少し心配そうに礼を言う。それを聞き取ると手を上げて仕事に戻っていった。ノエル達も邪魔にならないよう混雑した店前を離れ、話をしながら他の出店も巡りを再開した。

木でできた彫刻や髪飾り、露店をひとしきり見終わると二人は舞台袖に戻り、同じ場所に座って渡されたお菓子を食べていた。

「あいかわらず豪快だなぁ、エレノアの父さん。商品、すごい人気あったね。」

「間に合わないかもしれなかったし、うまくいって嬉しいんだよ、きっと。」

笑いながらエレノアが答える。

「前来た時に、神父様にお土産に持っていった干物がすごい喜んでもらえたみたいで、これは売れる!ってたくさん仕入れてたみたいだし・・。」

「ええっ!!あれ、うちが情報源なの?責任重大じゃん!」

「あはは、そうだね。たくさん余ったらノエルの家に買ってもらおうかな? あの様子なら心配いらないと思うけど・・。」

「でも、エレノア達はいいよなぁ・・。 いろんなところ旅して。 俺、この村から出たことないから羨ましいな。」

羨望の眼差しを向けるノエルを見て、エレノアはもの哀しげに口を開く。

「・・ノエルが思ってるほど楽しいことばかりじゃないよ・・。私は・・」

エレノアが続きを言いかけたところで広場の方から歓声があがってきた。

「なにか催しやってるみたい、行ってみようよ。」

ノエルの誘いにエレノアは言いかけた言葉を飲み込んで付いていった。


ノエル達が着いた時には、広場は暖かい歓声と拍手に包まれていた。

その中心には泣いている幼い女の子が母親に抱きしめられていた。その子の手には青みがかった透明な石のついた首飾りがしっかりと握られていた。

容受ようじゅの義から帰ってきたんだ。」

ノエルがその様子を見て拍手を送る、その様子を見てエレノアも周りに合わせて拍手をしている。

「ノエル、これはどういう意味合いがあるの?」

「えっとねぇ、この村では10才になると聖霊様にこの村の住人として認めてもらう儀式をするんだ。それが容受の義。」

「そうなんだ。あの子は無事、聖霊様に認めてもらえたんだ。」

周りの様子に納得したのだろう、エレノアは最初よりうれしそうに拍手を送る。

「お供えを持って、あの子一人で川の上流にある祠に行ってくるんだ。そして聖霊様に認めてもらうと、証の首飾りを授かって帰ってくるんだ。」

ノエルは話しながら服の内側でかけていた首飾りを取り出してエレノアに見せてあげる。

「きれいな石。 ノエルは儀式ちゃんとできた?泣かなかった?」

「えっ、まぁ・・。」

「その言い方、本当に?」

目をそらして答えるノエルを見てエレノアはいたずらっぽく問いただす。

「儀式では泣かなかったよ。 ただ、帰り道に嬉しくなって首飾りを振り回してたらどっか飛んでちゃって・・。なかなか見つからないもんだから村のみんな総出で探してさ・・。あんときのじいちゃん、ほんと怖かったなぁ・・。 それに普段お酒飲まない父さんも珍しくお酒飲んでひどく酔ってたもんだから何言ってるかわからないし、いろいろ大変だったよ・・。」

遠い目をしながら語るノエルを見てエレノアは申し訳ない気持ちになった。

そんな中、盛大に拍手が起こる。儀式は次の子の順番が来たらしく、花を握り締めた男の子が両親から離れ、応援を受けながら元気よく走っていった。

「住人の証かぁ、うらやましいな・・。」

エレノアはかけていった男の子の背中を目で追いながら、無意識につぶやいていた。

「えっ、今何か言った?」

「ううん、何でもないよ。」

拍手の音でかき消されノエルはエレノアの呟いた言葉を聞くことができなかった。 聞き直したが笑顔ではぐらかされてしまう。ただ、どこか寂しげな表情を見せるエレノアの様子に、うまく言葉をかけられないでいた。

「そうだ、エレノアに見て欲しい場所があったんだ。 ちょっと遠いんだけど、これから一緒に行ける?」

「えっ、うん。大丈夫。」

少し戸惑うエレノアの返答を聞き、ノエルは歩き出す。

「よし! ならランプとか色々とってきた方がいいな・・。 楽しみにしてて、きっとびっくりするから!」

自信満々に笑うノエルはエレノアを連れて賑わう広場を後にするのだった。













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