エピローグ

第14話 エピローグ

「西海枝アカリくん。本日付けをもって君を経理部経理課・主任に任命する。より一層職務に励み、社業に貢献されることを期待する」


 アカリは、両手で辞令を受け取った。

 辞令式は朝礼の中でおこなわれている。広い部屋に集まっていた社員たちから、拍手が起こった。


 入社より四年――。

 本日、四月一日付けで、アカリは主任に昇進。

 そして、かねてより所属したいと考えていた経理課へ移ることになった。


「総務課での勤務が良好であるため、昇進させたうえで別の部署でも経験を積ませたい」

「入社当初の君を見た限りでは、この先どうなるのかと不安だったが……。今は順調に成長していると思う」


 前年度の人事検討会議後、管理部の担当役員よりそのようなことを言われていた。

 総務部の課長や部長は、その調子で最年少女性管理職も目指せよと、笑いながら送り出してくれた。


 入社一年目の夏以降、急に調子が良さそうになったのはなぜか? と、その秘訣を聞かれることもあったが、

「励まされてやる気が出たから」

「アイマスクを使い出して、夜にきちんと眠れるようになったから」

「本を読むようになったから」

 と答えていた。


 もちろんそれは嘘ではない。




 * * *




 経理課主任として最初の日の業務を終えると、家に帰ったアカリは、両親に正式な辞令がおりたことを報告した。

 そして向かう先は、自室ではなく、仏壇のある和室。


 仏壇の前で正座し、手を合わせ、祖父たちに報告を済ませる。

 その次に手を合わせるのはもちろん――。

 仏壇の隣の小さな台に置かれている、焦げ茶色の分厚い本だ。


 以前、仏壇のある部屋に置きたいと相談したら、両親は快諾していた。

 事故に遭っても無傷だったときに握っていた物ということで、心象がよかったようだ。


「この本、結局なんの言葉で書かれているのかわからないのよね」


 本への報告が終わると、仏壇までついてきた母親に、笑顔で突っ込まれた。


「そうだよ。全然わからない」


 アカリも笑って答える。

 この先も、書かれている文字が理解できることはないだろう。


「でも、お前にとってはお守りなんだよな?」


 いつのまにか後ろに座っていた父親がそう言って、やはり笑った。


「うん。この本はお守りだよ。最高のお守り」



 ――本当に、そう思う。


 あの人が見守ってくれているような、そんな気がするから。







―――――――――――――――


『黄泉ブックタワー』 -完-

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