第13話 (結局、願いを全部叶えてもらった)

 目を覚ますと、アカリは病室のベッドの上にいた。


 すでに塔で聞いていたこともあり、そのことはまったく驚きではない。

 しかし、ベッド横のパイプ椅子に両親が座っていたことには驚いた。


「おお、気がついたか」

「よかった。心配したわ」


 そして安堵の声と表情がもらえたことには、さらに驚いた。

 気絶していて、今に至るまでの経緯がわからないアカリに対し、両親は説明を始めた。


 ワゴン車の運転手が救急車を呼び、アカリがこの病院に運び込まれたこと。

 病院から家に連絡が行き、二人が駆けつけたこと。

 検査の結果、幸いにもケガなどはなかったこと。


 丁寧に話す二人の顔は、以前のものとはまったく異なっていた。二人がこれだけ心配する様子を見せるのは、過去の記憶にはなかった。

 まるで、同じ顔の別人が座っているかのようだった。


「そうだったんだ。ここまで来てくれてありがとう」


 アカリが礼を言うと、二人はどこかすまなそうな表情で、顔を見合わせた。


「アカリ。今回のことで、ちょっと私たちも反省したの」


 母親は続けた。


「結局、体って一番大事なのよね。死んじゃったら、それで終わりだから。それが今回の事故でよくわかったの。今まではあなたに無理なことを言い続けてきたけど、これからは――」

「これからは私、頑張るよ」

「えっ?」


 母親が驚く。父親も声こそあげなかったが、表情で驚いていた。


「これからは頑張る。ものすごい頑張る。頑張りまくるから。私は、大学を出させてもらって、今ちゃんとした会社に入れてる。小さいときに珠算教室に行ってたから頭の中にソロバンがあるし、数字にはたぶん強い。小さいときに本を読んでたから、嫌いではあるけど文も人並みには読める。塾に行ってたから英語も少しできる。こういうのは全部、たぶん二人のおかげ。私、頑張る」


 アカリは両親に、いや半分は自分に向けて、そう言った。

 自分は、生まれたところが不運だったわけではない。

 すぐには無理かもしれないけれども、きっとそのうちよいことはあると信じて、目の前のことをきちんと一生懸命にやって、できるだけ楽しんやれるように努力する。


 だって――。

 生まれたところが不運だった人が、あんなに一生懸命に、あんなに楽しそうにしていたから。


「そう……。あなたが、それでいいなら」


 不思議そうに父親と顔を見合わせたあとに、母親がそう言った。


「あっ、そうだ」


 何かを思い出したのか、母親はテレビが置かれている床頭台の引き出しから、白いビニール袋を取り出した。


「この本、あなたのよね?」


 目の前に差し出されたそれがくっきりと見えたのは、一瞬だけだった。


「倒れていたときに手に持っていたそうよ。なんだか、私たちの知らない外国語で書かれているようだけど……あら、アカリ、どうしたの?」


 表紙の、この色。この装飾。

 あの人が旅に持ってきた、魔本――。


「ごめん。我慢しろって言われてたけど……やっぱり無理。今だけは勘弁して」


 溢れてきた熱い雫が、白いシーツにボタボタと垂れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る