第4話 夜更けの来訪者

「ユウジとヨシトは、まだ戻ってこないのか?」


 見張りの交代に来たロクロウは、昼頃からずっとボウガンを構えていたコウタに問いかけた。


 その隣では、ユキナも心配そうに鉄柵の門の方を見ている。


 それというのも、今朝方に町へ勤めに行ったユウジとヨシトの2人が、そろそろ夜中になるこの時間帯にも、まだ帰ってこないのだ。



「はい……。ずっと集中して見張っていますが、今日は誰一人として門の前に来ていません。」


「何があったんだ……? もう夜中になろうってのに。」



 いつもは、誰が町に勤めに行ったとしても、日が暮れるころには戻ってくる。


 たとえ、勤めが長引いたとしても、帰りが夜中になることは今までになかった。


 これは、帰りの道中で何かあったとしか思えない。



「考えたくはないですが、道中で事故にあったか、獣や盗賊に襲われた可能性も……」


「仕方ねぇ。夜が明けたら、何人かで捜索に行くとしよう。」


「お願い! 無事でいて……!」



 いつもよりも張り詰める空気……


 ユキナは必死に2人の無事を祈った。



 その時、心配そうに窓の外を見ている3人に、老婆が声をかけてきた。


「嫌な予感がするよ……。 悪いけど今夜は、アタシらババアどもは1階の食堂で眠らせてもらうよ。」



 その老婆は”シゲ”と言い、この聖幸楽園で最年長の老婆だ。


 そしてシゲは、ユキナの事を実の孫の様に大切にしており、ユキナもシゲの事を実の祖母の様に慕っている。



「……おばあちゃん!」


 ユキナはシゲの胸元に顔を埋める。



「おお……ユキナ。 ババは恐ろしいよ。 さぁ、お前もババ達と一緒に、今夜は食堂に布団を敷いて寝よう。」


「……うん。 ……でも」


 ユキナは、やはりユウジとヨシトの安否が気になり、一緒に見張りに立ちたいといった様子だ。



「ユキナちゃんや……。ここはワシら男勢に任せておきな! 今夜はもう、婆さんたちと一緒に寝んさいな。」


 ロクロウは優しい声でそう言った。



「うん。 ありがとう、ロクさん」


 そう言ってユキナとシゲは、1階の食堂へと降りて行った。



「コウタよ……。お前は正直に言ってどう思う? ユウジとヨシトは……」


「正直に、ですか。……言いたくはない、考えたくはないです。 しかし、恐らく無事では無いのではないかと……。」


「やっぱりお前もそう思うか。……くそったれめ!」



 しかし、2人が心配で居たたまれなくなっているその時、コウタの耳に車が走る音が微かに聞こえ始めた。



「……!? ロクさん! 車が走る音が聞こえる!」


「なんだと!?」


 ロクは耳を澄ませながら、鉄柵の門の向こう側へと目を凝らした。



「……!! ヘッドライトの明かりだ! 近づいてきてるぞ!」


「本当だ! ユウジさん達が乗っていった軽トラックだ!」


 暗くてかなり見づらいが、確かに軽トラックが鉄柵の門に向かって走ってきている。



「しかしロクさん。こんな夜中になるまで戻ってこなかったのは不自然だ。……警戒した方が良いと思います。」


「そうだな……。考えたくはないが、盗賊やら暴徒の類が車を奪ってやって来たのかもしれん。」



2人がそうこう話していると、軽トラックは鉄柵の門のやや手前で停止した。



「……? 止まったな。 開門を待ってるのか?」


「わからない……。とりあえず、開門する前に確認しましょう。」


「よし! 下に行くぞ!」


 そう言ってコウタとロクの2人は、ランタンを手に取って、鉄柵の門へと向かって宿舎の階段を降りて行く。



 ところが、2人が急いで表に出たタイミングで、突如として軽トラックは前進し、鉄柵の門をブチ破って場内に入ってきた。


 ガシャァアア!と、凄まじい音がこだまする。



「!? なんだ!? 門をブチ破りやがったぞ……!」


 そして軽トラックは、門から数メートル進んだところで、急ブレーキをかけて停止した。



「おい! 何をやっているんだ!? 車から降りろ!」


 コウタは、ランタンとボウガンを前に構えながら、軽トラックに向かって声を張り上げる。


 そして、軽トラックの運転手を確認するため、少しずつ軽トラックに近づいた。



 すると……、


「……!? だ、誰だ!? お前は!?」


軽トラックの運転席には、見知らぬ男が一人座っていた。



「両手を上げて降りろ!」


 コウタが男に向かって声を張り上げると、運転席の男は両手を上げて、ひどく怯えた様子で車から降りた。



「ま、待ってくれ!殺さないでくれ!頼む!……オレは、脅されてここまで来たんだ!許してくれ!」


 その男は車から降りると、両手を上げたままその場で膝をつき、ひどく怯えた様子でコウタに命乞いをする。



「誰だ?お前は……!? 脅されただと? 誰にだ……!?」


「怪しげな大男と、金髪のガキの2人組だ! ……オレは、この付近で暮らすただの農夫だよ! 本当だ!」



——怪しげな大男と金髪のガキ!? まさか……、昨日の?


コウタの脳裏に、つい昨日にここへやって来た、リクトとタイガの姿が思い浮かぶ。



「そのガキと大男は今どこにいる!?」


 コウタは、ボウガンを構えたまま一歩前へと踏み出し、話しながら泣き出すその男に、声を張り上げて問いただす。


 しかし、男はひどく取り乱しており、コウタの質問を聞き取る余裕がない様子だ。



「うう……。 畑から帰ると、オレの家族はみんな……、みんな殺されてた。無残に、引きちぎられたみてぇな、酷い殺され方だった。オレは……、オレは恐ろしくて……うう……ううう。」


「……」



 その様子を見て、どう言葉を発したものか分からないコウタに、ロクは小声で話しかける。


「この男は嘘を言っていないだろう。 ……しかし、この様子では話もできん。ワシが軽トラックの助手席と荷台を確認する。……お前はボウガンで狙っていてくれ。」


「……わかりました。」



 コウタは、泣き崩れるその男から少しだけ目を放し、助手席に近づくロクを援護するためにボウガンを構える。


 そして、ロクは恐る恐る助手席のドアへと近づき、一気にドアを開けて助手席を確認する。



「……? 誰もいねぇな。 次は荷台の方だな……。」


 そう言うと、ロクは軽トラックと距離を取りながら、荷台の方へと少しずつ移動する。



「ロクさん! 気を付けて!」


 しかし、ロクが荷台の方へと移動する事で、コウタのいる角度からボウガンで狙い辛くなる。


 そのため、コウタはボウガンを構えながら、移動するロクに合わせてゆっくりと移動した。


 そしてその際、コウタは一瞬だけ農夫の男の方に目を向ける。



 すると……


「な……!?」


 なんと、ほんの一瞬だけ目を放したその間に、農夫の上半身がどこかへ吹き飛んでおり、下半身だけが膝をついたまま、ヘッドライトの明かりに照らされていたのだった。



「な……、何だ!? これは……!? ロクさん……! ヤバい! 何かいるぞ!」


 すぐにロクの方へと目線を戻すコウタ。


 しかし、その目線の先にあったものは、ロクの頭を片手で握りつぶす大男の姿だった。



 ……そう。


 昨日、ここへ少年と共にやって来た大男、タイガの姿だった。



「……!!!!!!!!!!!??????????」


 あまりに急激な出来事に、コウタは思わず言葉を失う。



 そしてタイガは、コウタを血走った目で睨みつけると、唸り声とも咆哮ともとれぬ、不気味な大声を張り上げた。


「うごるぁあああああああああ!」



 そしてタイガは、左手に持っていたロクの死体を軽々と放り投げ、コウタに向かって猛スピードで突進する。


「う……、うわぁあああ!」


 コウタは驚きと恐怖で腰が抜けそうになるが、ボウガンを構えた姿勢は崩さず、とっさに軽トラックの影へと移動する。



そして間一髪……!


 タイガの大きな腕が、コウタが身を交わしたその場の地面を深々と抉り取る。


 ズガァア!



——な、なんて力だ……!? コイツ……、ゾンビだったのか!


 コウタは、その抉れた地面を目にすると、全身から血の気が引いていくのを感じた。



 しかしタイガは、軽トラの陰に隠れたコウタを見失ったのか、少しだけ辺りをキョロキョロとする。


 そして、ワンテンポ遅れてコウタの位置を確認し、コウタの方へと再び腕を振り下ろす。



「うごるぁあああああ!」


 ズガァ!


 しかし、コウタは再び身をかわし、タイガの剛腕はその場の地面を抉りとる。


 どうやら、タイガは身を隠すコウタを一瞬見失うため、その隙に十分に身を躱すことができる様だ。



——攻撃は早くて強力だが、次の攻撃に転じるまでの間が隙だらけだ!



 タイガの攻撃を躱すと同時に、軽トラの影へと身を潜める。


 これを繰り返していけば、コウタにも十分に攻撃するタイミングが生まれるだろう。



——これしかねぇ!軽トラを中心に身を躱しつつ、隙を狙って攻撃してやるぜ。



 コウタは、手に持ったボウガンを握りしめ、その手の震えをこらえるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る