第3話 冗談
リクト達が訪れた教会の様な場所は、遠い昔に教徒達の修行施設として使われていた場所で、現在は神父であるクロウが身寄りのない人々を集め、力を合わせて居住施設として改装したのだった。
そして、この場所はクロウによって「聖幸楽園」と名付けられており、争いや略奪によって身寄りを無くした人々が、身を寄せ合って暮らす安住の場所となっている。
しかし、この「聖幸楽園」で暮らす住人たちは、今やその殆どが老人だ。
その理由は、この退廃した秩序のない時代に、若者や子供を拉致して奴隷や食料として扱う恐ろしい人間がいるからだ。
過去には、この「聖幸楽園」にも何人かの若者や子供がいたが、殆どがどこかへ連れ去られてしまった。
今や「聖幸楽園」で暮らす若者といえば、コウタという青年と、リクト達が出会ったユキナという少女のみである。
————————
「気になるのか? 夕方近くに訪れた、あの少年のこと。」
コウタは、2階の窓から鉄柵の向こうを眺めるユキナに語り掛けた。
「……うん。少しだけ。 ……私と同じくらいの年の男の子だったから。 あのまま立ち去って、大丈夫かな?って。」
ユキナは、どうやらまだ少年であるリクトの身を心配しているらしい。
この時代では、ただ歩いているだけで殺害され、食料や金品を奪われることが日常茶飯事だからだ。
ましてや、少年少女であれば、例え食料や金品を持っていなくとも、拉致されたり殺されたりする可能性が極めて高い。
「……たぶん、あの少年は大丈夫だろう。……ユキナは気付かなかったかい? 少年の背後にあった木の陰に、大柄の男が隠れていたこと。」
「……え? そうなの?」
「ああ。 オレはずっとアイツらをボウガンで狙っていたけど、立ち去る時は2人で一緒に歩いて行ったよ。……かなりの大男だったし、身を護る術くらいはあるんじゃないのか?」
「……そっか。 それなら良かった。」
この「聖幸楽園」は過去、何人もの若者や子供が拉致されたり、殺害されたりといった惨劇にあっている。
だからこそ、その様な惨劇を二度と起こさないために、外部から来る人間を絶対的に拒絶しているのだった。
しかし、外部から来た人間がまだ少年であったことは初めての事だ。
そのため、普段であれば外部から訪れる人間を容赦なく射抜いているものを、コウタは威嚇して立ち去らせるに留めたのだった。
「ユキナは優しいから、本当はあの少年を招き入れてやりたかったんじゃないか?」
「……そうかもしれない。 でも、それはとても恐ろしい事になるかもしれないとわかってる。 だからいいの。 彼らが無事に町へ辿り着いて、今夜の宿にありつけていることを願っておく。」
「そっか。」
「……でもありがとう。コウタ」
「? 何が?」
「あの男の子を殺さないでくれて。」
「いや、まだアイツは子供だったからさ。それに少し驚いて、射抜くかどうかを迷ってしまっただけだよ。・・もし、あれ以上しつこく立ち去らなかったら、オレは容赦なくあの少年を射抜いていたよ。」
「……うん。そうだよね。」
2人は少しばかりそんな会話をすると、2階の窓からリクト達が立っていた辺りをボーっと眺めた。
そこには深い闇が広がっているだけで何も見えない。
月明かりで微かに、風に揺られる木々の影が見えるだけである。
「おーい、コウタ! 見張りを交代するぞ!」
ボーっと外を眺める2人の元へ、キャップをかぶった小柄の老人が、ボウガンを持ってやって来た。
彼の名はロクロウと言い、この「聖幸楽園」の住人である。
そしてこの「聖幸楽園」では、コウタとロクロウを含めた数人の男性が、交代制で1日中、辺りを見張っているのだ。
「ロクさん、お疲れ様! オレはまだ眠くないんで、もう少し見張っててもいいですよ? ご年配はゆっくり休んでてくださいよ。」
「なぁにを! お前さんみたいに、見張り中にコッソリ居眠りする様な奴には任せちゃおれんわ!」
「あらら。言われちゃいましたか。それじゃぁ、朝の交代時間まで、しっかりお願いしますよ!」
「おう!任せとけ!」
そう言うと、ロクロウはボウガンを構えて見張りの体制をとった。
「……おう、そういえばコウタよ。」
「……なんです?」
「明日の“お勤め”に行くのは誰だったかいの?」
「明日はたしか、ユウジさんとヨシトさんだったかと思います。」
この聖幸楽園では、住人たちの生計を立てるため、毎日2人ずつ町への勤めに出ている。
町での勤めは、商店の店番であったり、畑仕事であったり、害獣や盗賊の討伐であったりと、軽い労働から重労働まで様々だ。
しかし、若者がいなくなってしまった昨今では、勤めに出られる人間が老人ばかりであり、あまり利益が出る重労働はできなくなってきている。
「……そうか。 なんというかまぁ、年寄の2人組だな。 ……このままじゃぁ、ウチからの働き手は、“いらねぇ”と言われそうだ。」
「そうかもしれないですね……。 やっぱり、僕が行くべきなのかも。」
「いや。そうなると、日中の見張りで何かあった場合、戦力が大幅に下がるからな。・・今日も誰か来たんだろ? 外部の人間が。」
「ええ。まだ少年でしたけど。 確かに、此処には盗賊や暴徒が頻繁に来ますから、日夜問わず油断ができませんね……」
「全くだ。 誰か、若い住人が新しく来てくれるといいのだが……。とはいえ、やっぱり外部の人間は信用できんからな。」
「本当に、困った問題ですね……。」
こんな時代だからだろう。
この聖幸楽園には、頻繁に盗賊や暴徒の類がやってくる。
時には、助けを求めるフリをして入り込もうとする輩もいる。
以前は、助けを求める者をある程度は受け入れていたが、結果的にそれが惨劇を招くことになり、今では外部の人間となれば問答無用で攻撃をしている。
そして、外部の人間との戦闘になった際には、まだ青年であるコウタが主戦力となっているのだった。
そのため、必然的に町へ勤めに出るのは、聖幸楽園の住人である老人ばかりだった。
「まぁ、コウタとユキナちゃんが結婚して、子供でもできりゃぁいいのかもな!」
「な……!? ちょっと……!」
コウタとユキナの2人は、赤面して気まずい雰囲気になる。
「ははは!冗談だよ! ……ん? 冗談じゃないか?」
「ちょっと!いい加減にしてくださいよ!」
「はっはっは! すまんすまん! ……ほら、2人とも早く寝んされ!」
「……全く。 ……おやすみなさい。ロクさん」
コウタとユキナの2人は、何やらムズかゆいような気持になって、それぞれの寝室で眠りにつくのだった。
———翌朝
ユウジとヨシトという老人2人は、早朝から町へ勤めに出るため、その準備をしていた。
町へ向かうときは、1台だけ保有している古びた軽トラックを使っている。
勤めの報酬は金銭だけでなく、食料や水、車の燃料の場合もあり、それらを荷台に乗せられるからだ。
しかし、この軽トラックは相当な昔の物であり、まだ動かせる事自体が、奇跡と言うに近い。
そのため、エンジンをかける時には、毎回ひと苦労を強いられる。
幸い、この朝はエンジンの調子が良く、すんなりとエンジンをスタートすることができた。
そして、聖幸楽園の大きな鉄柵の門から、ユウジとヨシトが乗った軽トラックは出発する。
その姿を、コウタは2階の窓からボウガンを構えて見送っている。
その横では、ユキナも軽トラックの出発を見守っていた。
「……おい、ユキナ。」
「なに?」
「あのさ……、ロクさんは冗談で茶化してくるけどさ……」
「……え? あ、う・・うん。」
ユキナは、昨晩にロクが言っていた冗談を思い出し、赤面してシドロモドロな相槌を打つ。
「オレは、オレにとってはその……、全部が冗談ってわけじゃない……つーか。」
「え……えっと」
何と返して良いのか分からないユキナ。
「守る! ……うん! ユキナの事は、オレがずっと守る・・!」
コウタは、鼻息を荒げながら、ユキナの方を向かずにそう言った。
「……うん。 よろしくね。 ……絶対だよ……?」
そう言うとユキナは、小走りで庭にある花畑へと向かうのだった。
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