第2話 同居人

「わあ、大きいですね!」

「……」


 あの後、アイカを連れて私の家にやってきた。その手にはトランクが引かれていた。なんでこんなことになっているのか、それもこれも……


「もう! なんなのよ!」

「あっ、す、すいません……」

「あんたに言ってないわよ!」


 確かに私の家は支給されたものだ。私の機嫌を取るため、私が他の所へ所属しないために。


「ここがリビングで、あそこが私の部屋。好きなところ使って」

「えっと、他の方は……?」

「私だけよ」

「こんなに広いのにですか!?」

「私が頼んだわけじゃないし」


 何部屋も……あ。


「あそこも使わないで」

「え、どうしてですか?」

「倉庫なのよ」

「あっ、なるほど」

「……どうしてもそこがいいならどかしてもいいけど」

「いえいえ、大丈夫です。だからこんなに物がなかったんですね」


 リビングはテレビにテーブルなど設置された時のまま構っていない。


「いや、あそこにあるのは魔石とか、宝石とか」

「はい?」

「仕方ないわね。来て」


 中を見せる。


「はい!?」

「うるさいわね。何よ」

「な、こんな、なにしてるんですか!?」

「何って、倉庫って言ったじゃない」


 部屋にはお金が積まれている。魔石や誰かからもらったアクセサリーなど金に換えられるものも一緒に。


「ドラゴンじゃないんですから……」

「似たようなものでしょ」


 私に勝てる相手なんていないんだから。


「でも、こんな不用心に……銀行とかありますよね?」

「銀行にもあるに決まってるじゃない」

「ここにあるのも預ければいいじゃないですか……」

「よくわからないけど、一か所に預けると危ないんでしょう? いくつかの場所に分けておいた方がいいっていうから分けてるのよ」

「いや、あの……ええ……」

「言っておくけど、盗んでいいってわけじゃないから」

「わかってますけど……特A級になるとこんな風になるんですね」

「ん、私が特A級のこと話したかしら?」

「……知らない人の方が少ないと思いますけど。この国の英雄なんですから」

「英雄って、馬鹿らしいわね。あ、さっき盗むなとは言ったけど、えっと……そこら辺のネックレス?とかは返してくれるなら使っていいわよ」

「い、いいんですか? ここにあるのって本当に貴重な……」


 唾をのんでいた。そんなに価値のあるものなのね。ちょくちょく渡されるから知らなかったわ。


「アイカ?」

「え、あ、えへへ。なんですか、蓮華?」

「何笑ってるのよ、気持ち悪いわね」

「だって、いきなり名前で呼ばれたので……」

「そんなこと。えっと、苗字なんだったかしら?」

「いえ、愛花で。名前のままでお願いします」

「わ、わかったわ。それで、学生なんでしょう?」

「は、はい」

「学生って、そういう、ファッション?に命を懸けてるんでしょう? どうせ私は使わないし、売るまでは使っていいわ」

「う、売っちゃうんですね」

「買う?」

「いえいえいえ、私じゃ手が届きません」

「ふーん、そうなの?」


 前に売った分だと大した金額じゃなかったけど、今回のは価値があるらしい。私にそういう、審美眼?はないからわからないけど。


「じゃあ、はい」

「? 何ですか?」

「ここのカギ」

「な、なんで私に?」

「だって、使うんでしょう? 私はたまにしか空けないし。業者もここには入れてないから、アイカが一番出入りするでしょう」

「いや、あの、予備の鍵は……?」

「さあ? どこかにあるだろうけど、わからないわ」

「これが英雄の本当の姿ですか……?」

「なによ」

「……何でもありません」

「そ。で、決まったの? えっと、じゃあ、反対側、蓮華の隣でお願いします」

「まあ、妥当ね。そこが一番安全だろうし」

「あ、安全?」

「まあ、ないだろうけど、この家にアイカを狙った侵入者が入ってきても、隣の部屋なら私が気づくでしょう」

「な、なんで私を……?」

「そりゃあ、E級のアイカが私のバディに収まったからとか」


 アイカの顔が青くなった。顔色がころころ変わるわね。


「そんなところね」

「わかりました。私はいったん家に戻って片づけだったりをしてきます」

「そ、じゃあね」


 アイカが出て行った。結構騒がしくなるわね。




***************




 朝、匂いにつられて目を覚ます。何かを焼いている音がして、部屋を出れば、アイカがキッチンに立っていた。


「あっ、おはようございます」

「……おはよう」

「あっ、もう少し待っててくださいね。朝ごはんできるので」

「私の?」

「はい。もしかして、ご迷惑でしたか?」

「私のなら、そこにあるじゃない」

「え?」


 私の指の先、いくつも積まれた段ボールがある。


「中に何があるのか見ていないんですけど、何があるんですか?」

「……なんていうのかしら、それ? えっと……栄養食?でいいのかしら?」

「見てもいいですか?」

「いいわよ」


 アイカが段ボールの中を見る。


「ブロック栄養食?」

「あー、それね。そんなこと言ってた気がするわ」

「もしかして、これが朝ごはんなんですか?」

「朝ごはんというか、基本三食それよ」

「え」

「支給されてるものだし、たべても無くならないから、自由に食べていいわよ」

「あの、一つ貰いますね」


 中から一袋摘まんで開いている。中から取り出したクッキーのような栄養食をまじまじと見てから、口の中に含んだ。


「まっ、いえ、あの、ど、独特な味ですね……」


 ただで貰っているものだし、人気もないので余り気味と聞いたことがある。


「これを、毎日……」

「ええ」

「そんなの、身体壊しますよ!?」

「そんなわけないじゃない。もう食べ続けて……10年?」

「10年!?」


 たしか、5歳くらいから? 4歳だったかしら。


「こ、これから私がご飯作るので、これは食べないでください!」

「いやよ」

「なんでですか!? 流石にこれよりは美味しく作れますから!」

「味はともかく、栄養が偏りそう。栄養バランスって大事なのよ?」

「確かに栄養食ですし、事実なんですけど、釈然としません……」


 肩を落としている。面倒ね。


「まあ、いいわ。で、何を作ったって?」

「え、食べてくださるんですか?」

「せっかく作ったのに無駄にする気? アイカが全部食べるならいいけど」

「は、はい! どうぞ。っていっても、朝なのでそこまで手の込んだ者じゃないんですけど」


 何皿も並べられる。


「? 蓮華さん?」

「アイカ、アンタ、大食いだったのね」

「は、はい?」

「こんなに食べられるわけないでしょ」

「え、だって、ご飯にサラダ、目玉焼きにウインナー、お味噌汁……普通の食事ですよね? 何食べるのかわからなかったので一般的なもの調べたのですが……」

「多すぎるわよ……」

「もしかしてですけど、朝食はさっきの一袋なんですか?」

「そんなわけないじゃない」

「そ、そうですよね」

「あれ一袋2つ入りなのよ? 朝食は1つに決まってるじゃない」

「……」

「女性がそんなに口空けるなんてどうなのかしら」

「蓮華さんに言われたくありません! あれだけ栄養栄養って言ってたのに一回分を二回に分けてたら意味ないじゃないですか!?」

「仕方ないじゃない。そんなに食べれないのよ」

「……ません」

「え」

「許しません」

「な、何がよ」


 妙に迫力があるわね。


「もうアレは食べさせません。蓮華さんの食事は全部私が作ります」

「な、何言ってるのよ。もったいないじゃない……」

「あんなにある方がおかしいんです! どれだけあるんですか!」

「知らないわよ。一箱終わったらそう伝えれば増えてるし……」

「いいですね! アレは毎日食べるものじゃありません」

「そんなことないわ! アレは毎日の栄養を……」

「ダメです!」

「わかったわよ」


 まあ、隠れて食べればいいわ。


「毎食作るので、ちゃんと食べてくださいね?」

「はあ、仕方ないわね」

「蓮華さん……」


 なんでそんな目をされなきゃいけないのかしら……


「あれ、でも、蓮華さんって前に普通にご飯食べていませんでしたか?」

「? アイカと一緒に?」

「いえいえ、結構前ですけど、なにか会食の時でしたか?」

「まあ、会食には行くときもあるけど、アイカもいたの?」

「いえ、テレビで見たことがあって」

「そういえばそうだったわね」

「蓮華さんに興味があるんですよ、みんな」

「暇なのね」

「その時は食べていませんでしたか?」

「そうね。そういうところではある程度食べなきゃいけないから、その日はアレを食べないの」

「会食でのご飯だけってことですか?」

「そうね」

「よく体力が持ちますね……」

「だからこれで一日分ね」

「これは一食分です!」


 うるさいので食べ始める。


「あ、待ってください」

「なによ」

「どっちがいいですか?」

「何が?」

「目玉焼きです。硬いのと柔らかいのどっちが好きですか?」

「めだまやきってどれよ?」

「え?」


 私の目をじっと見てくる。


「いや、え?」

「めだまって何の目が使われてるのよ。もしかして小さいの? この汁の中に入ってるとか?」

「いえ、それですけど」

「ソーセージの横にある、これ?」

「なんでソーセージが分かって目玉焼きが分からないんですか……」

「ソーセージは食べたことがあるわ。どこで食べたかしら?」

「知りませんよ……まあ、目玉焼きって家で食べるものなんですかね……?

たしかに会食とかで出てるイメージは……」

「で、これ、何の目なのよ」

「はぁ……いいですか、蓮華さん。目玉焼きは実際に何かの目が使われてるわけじゃありません。そんなグロテスクな料理ではなくて、卵を焼いたときに白身と黄身で目に見えるので目玉焼きと言います」

「卵焼きでいいじゃない」

「……明日の朝ごはんに用意します……」

「わざわざ用意しなくていいわ。それで、硬いのと柔らかいのだったかしら」

「そうでした、黄身に火が通ってるのが硬いので通ってないのが柔らかいのだと思っていただければ」

「アンタはどっちが好きなの」

「蓮華さんはどっちがいいですか?」

「アンタの食べない方でいいわ」

「駄目です。選んでください」

「両方食べたことないから判断基準がないんだけど」

「選んでください」

「じゃあ、アンタがうまくいったと思う方はどっち? それくらいなら答えられるでしょ」

「うまくいった方……両方? んー……そうですね。私が蓮華さんに食べてほしいのは柔らかい方です」

「なら、柔らかい方でいいわ。というより、最初からそれを言いなさい」

「蓮華さんが選ぶのが大切なんですよ」


 目の前の皿が交換される。


「じゃあ、初目玉焼き、召し上がってください!」

「……いただきます」


 じっと見られ、居心地が悪い。期待されているであろう目玉焼きから食べることにした。


「あら?」


 箸を入れると中から黄色い液体が流れ出てきてしまった。そのまま、白身の上を流れ、白い皿を汚す。


「あっ、そうですよね。食べやすさなら硬い方を勧めた方が……」

「あんた、こんなことでいちいち顔を青くしないでくれる?」

「えっと、無礼?でした……」

「なによそれ? そんなこと言ったら、食べ方を知らない私の方が無礼だわ」

「ごめんなさい。じ、次回リベンジさせてください!」

「はぁ、本気で作るつもりなのね」

「当然です」

「わかったわよ。それで?」

「? なんでしょうか?」

「いくら払えばいいの?」

「はい?」

「面倒だから一食ごとじゃなくて、まとめて金額出してくれるかしら」

「いえいえいえ、いりませんよ」

「あのね、アイカ。アンタは学生だからわからないかもしれないけど、労働には対価が伴うの」

「いえ、それはわかってますよ?」

「あー、そうね。そうだったわ。アイカはああいう身につけるものがいいんだったわね。えっと、現物支給っていうんだったかしら」

「違いますよ! こんなことでお給料なんてもらえません」

「だから……」

「こ、ここの家賃! 住まわせてもらうんですから、それくらいはさせてください!」

「ここ、家賃とかないわよ?」

「普通だったら私が暮らせるような場所じゃないんですよ……」

「大げさね。まあ、確かに、似たような場所なら住めるでしょうけど、ここに住むには特A級になるしかないものね」

「似たようなところにも住めませんけどね……」


 何度目かわからないため息をつかれる。辛気臭いわね。

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