第15話 娯楽

「おい、紡。飯作るぞ。」

「んあ。」

 岳の声で、目を覚ます。

「…今、何時?」

「6時。」

「…もっかい寝る。」

「もう8時間寝ただろ。」

 そういって布団をひっぺがされる。仕方ない。


「そういえば、行き先何処にする。」

 調理が終わり、岳に聞かれる。おそらく、クリスマスのことだろう。


 ...正直な話、ショッピングに誘ったり、レストランに誘ったり、そんなことをやってみたかった。

 でも、お金がないからな。

 病院への交通費は馬鹿にならなかった。毎日1000円前後のお金を必要とした。

 両親が生きていた頃に貰った、肩身のように思ってきたお小遣いも、もう、小銭に変わってしまった。

 殴り合いによる休学は、叔母さんの耳にも届いてしまった。

 こっぴどく怒られた。理由は、答えられなかった。ただ、ムカついたからと、答えざるを得なかった。


 悟られるのが怖かった。

 ―どうして?

 心配されるのが、怖かった。

 ―後ろめたかったのかな?

 否定されるのが、怖かった。

 ―拍手して迎え入れられるような、相手じゃないもんね。

 正されるのが、怖かった。

 ―ほら、やっぱり分かってるじゃん。


 仕送りは、休学が明けて、お正月に帰省してから、叔母さんの家で渡されることになった。

 だから、それほどお金はない。テーマパークには、とてもじゃないが行けそうにない。

 それを踏まえても、大丈夫なところといえば…


「…水族館。」

「水族館?一回行ったじゃねぇか。」

 ここでようやく思い出す。まだ、話していなかった。

「実は…」

 最初に秋戸さんの見舞いに行ったら、誰?と言われたこと、恐らく心理的な要因で忘れてしまったであろうことを伝える。

「じゃあ、あの時行った水族館にするか。」

 岳は暫し考え込んだ後に、そう同意してくれた。

「そんな浮かない顔すんなよな。」

「でも…」

 あの時は、勢いに任せちゃったけど、好きな人がいる、って言ってた人を誘うのも…

「また何か変なこと考えてる。」

「や、やましいことじゃないよ。」

「誰もそんなこと言ってねぇ。」

 え、そうなの?

「うじうじ悩むなよな。早く支度しな。」

「あ、ああ。」


 岳に連れられて、部屋を出る。

「…割引はどうする?」

「割引?」

「障害者手帳があれば、同伴者は無料になるはずだ。」

「…それは、使わない。」

「…俺は、そういう補助があるのなら、受けるべきだと思ってる。」

 確かに、障害のある人は、映画館や水族館などでは補助がある。もしかしたら、障害を持っているが故に、運動ができないからという情けで、そのような補助があるのかもしれない。

 意図は分からないが、補助がある以上、それを受けるのは正当な権利だろう。

 岳の言っていることは正しい。

「そんなんじゃない。もちろん、秋戸さんが自分から、僕と色々なところに行きたいからそれを利用したい、って申し出てくれるなら、そうするよ。」

 でも、それ以上に…

「楽しいイベントの時くらい、そういうの、考えなくてもいいんじゃないかな。」

「ああ、そうだな。野暮なことを言ってすまなかった。」

 そんなやり取りをしている内に日に照らされた校舎が見えてくる。


 放課後、いつものメンバーで図書室へ向かう。

「そういえば、デートって何処に連れてってくれるの?」

「どっちが良い?」

「え?」

「先に行く場所決めるのと、サプライズにするの?」

「うーん、どーしよっかなー。どっちもいいなー。」

「だろー。」

「ふふふ。」

 いや、何であいつらあんなに会話が弾むんだ。ってかもう行き先決まってるはずだろ、岳。

 ヤバい、こっちは会話が弾まない。

 な、何か言わないと。

「秋戸さんは、何処か行きたい場所ある?」

「わ、分からない。」

 顔を赤く染めて俯くその姿を見て、発狂しそうになる。

 ぎゃわいい。

 もう、もう無理。叫びたい、でも違う。あああああああああ。

「桜木さんは、何か希望ある?デパート巡って、Wind○wsショッピングしたいとか。」

 違う。それ、違う。何が悲しくて、クリスマスにカップルでパソコン巡らなきゃいけないのさ。いや、今の時代はそれもありなのか?

「いいねー。それで、アクセサリーとか買ってもらいたい。」

 お、女の子ってこの年齢からそんなこと考えてるのか…

 軽いショックを受けながら、軌道を修正する。

「でも、そんなに高いの買えないよ。」

「紡、駄目だぞ。そんな言い方してたらモテないぞ。」

 えええ、嘘だろ。水族館行こうって言ってたじゃんか。

「そうだそうだー。」

「そ、そうだそうだー。」

 秋戸さんまで…

「じゃ、じゃあどう言えばいいんだよ。」

「決まってるだろ。成人したら、必ずプレゼントするんで、今は、今は、ちょっと待ってほしい。男なら、そういうべきだと思います。」

「そうだよ、分かった?」

「かったー?」

 駄目だ。秋戸さん、もしかしたら頭弱い子かもしれない。

 なんか、何も考えずに繰り返している気しかしない。

「ってわけで、中学生って事でそんなに高いところには行けないんで、代わりといってはなんですが、水族館に、一緒に行きませんか?」

「いいよー。」

「よー。」

 あ、秋戸さん、ちゃんと分かってくれてるのかな?

 ふ、不安だ。変な男の人に飴渡されたら、ついて行ってしまうんじゃないだろうか。


 そんなやり取りをしている内に図書室の前まで来てしまった。

「じゃあ、頑張りますかー。」

「おー。」

 そういって二人が先に図書室に入るのを確認して、秋戸さんに聞いてみる。

「水族館で、大丈夫だった?」

「うん、すっごい楽しみ。」

 ああ、良かった。その笑顔に頷き、図書室に入る間際、

「初めてだから。」

 秋戸さんは、そう言ったんだ。

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