第14話 憩
教室に着く。まだ、岳の姿は見当たらなかった。もしかしたら、朝練なのかもしれない。
「昨日はなんで呼び出されたの?」
声のする方に振り向くと、そこには桜木さんがいた。
「中間試験、受けてなかったから再試。」
「ああ、そうなっちゃったんだ。」
「三人共再試で、授業受けてないから、正直キツい。」
「大変そうなら、手伝おっか?」
「え?」
予想外の提案に固まってしまったが、これは岳へのお礼をするチャンスだ。
「ねえ、何で黙っちゃうの!?」
しまった、固まる時間が長すぎた。例えて言うなら、速度制限がかかってる時に見る動画ぐらい固まってしまった。
「すごい助かる。女神様。」
そういって手を重ねる。
「ねぇ、ふざけてるよね。」
「いや、本当に助かるよ。それじゃあ、よろしく。」
「な、何だかなぁー。」
そう言って立ち去る彼女の顔は、満更でもなさそうだった。
「よう、紡。」
予鈴のなる数分前には間に合ったようだ。その汗の量からすると…
「おはよう、岳。朝練?」
「ああ、久々にな。」
汗だくになった身体をタオルで拭きながら、岳はそう言った。
「そういえば、岳、放課後の勉強は?」
「俺は、いいや。同室の先輩に教えてもらったし…」
忘れていた。そっか。休学してる間、先輩と同室で教えてもらった、ってことは…追試で勉強する必要は…
「そっか、じゃあ三人になっちゃうな…」
「ん?何の人数?」
「え?勉強する人数?」
「え?紡と秋戸さんと…あと誰?」
「桜木さん。」
「じゃあ、俺も行く。」
「良かった。」
「誘ってくれたのか?」
「いや、向こうから提案してくれた。」
「え?」
「学級委員だから、って優しいよね。」
「あ、ああ。」
岳は、何処か調子が良くないみたいだ。疲れているのかもしれない。
放課後、四人で図書室へ向かう。
秋戸さんに桜木さんを紹介する。
「学級委員で忙しいのに、助けてくれてありがとう。」
秋戸さんは、素直に感謝の言葉を伝える。
もう、周りからの好意を拒絶するようなそぶりはなかった。
図書室は中間試験が終わったあとだからか、閑散としていた。
形としては、僕の隣に岳、秋戸さんの隣に桜木さん、僕と秋戸さんが向かい合わせ、といったところだ。
「なぁ、何でこんな配置なんだよ。」
小声で岳に囁かれる。耳が、少しくすぐったい。
「だ、だって、しょうがないじゃん。」
「何がだよ。」
「恥ずかしい。」
「見舞いに行った仲だろうがよ。」
「そ、それとこれとは違う。」
だって、肩と肩とが触れ合う距離は、勉強に集中できない。
そんな様子のこちらに桜木さんが不敵な笑みを浮かべる。
「男の人達は、ずいぶん余裕ねぇ。ねぇ、秋戸さん。」
「べ、勉強しないと。」
「でもよぉ、モチベーションがないと続けられねぇよ。」
ま、まさか岳。
「モチベーション?」
秋戸さんが首を傾げる。可愛い。はい、100点。
「クリスマスになったらダブルデートしてくれない?」
こ、好感度ゼロでいったー。
「いいよ。」
桜木さんが受けたー。
「え?え?」
秋戸さんは慌てふためいている。
この機会は、逃すわけにはいかない。
「秋戸さんは嫌?」
「い、嫌じゃないけど。」
「予定あるとか?」
「クリスマスは、予定ないけど…」
「じゃあ決まり。」
ウッキウッキな様子で岳がそう告げる。
「すいません。図書室では、静かに。」
図書委員の人に怒られてしまった。
謝罪の言葉を各々添えて謝る。
モチベーションも出たのか、岳の勉強の勢いは、はたから見ても目覚ましいものがあった。
こっちも、負けるわけにはいかない。だって、僕が一番嬉しいんだから。
「じゃあ、そろそろ終わりにしよっか。」
そう桜木さんに切り出され、時計を見ると、もう18時30分になっていた。
全員で図書室から出る。
「この後はどうしよっか?」
そう言って、岳に振る。学食を一緒に食べることを提案してくれると思っていた。だけど、その返答は意外なものだった。
「いや、クリスマスにしっかり遊ぶために、今は節約する。」
「え?」
「お前も付き合え、岳。」
そう言って首根っこを掴まれる。
「ひん。」
あまりの出来事に別れの挨拶もできなかった。
「ま、まだ、またね、もいえてないのに…」
「男なら、ガタガタ騒ぐな。いいか、甲斐性がないと、男は振られるぞ。」
「でも、そんなに金額変わらないじゃないか。」
学食の方が光熱費、材料費、水道代、ガス代を考えると自炊よりも安いように感じる。
「余り物があるんだよ。」
「余り物?」
「スーパーでもらった奴。」
「え?」
そんなん貰えるものなのか?
「バイトしてるからな。」
「え?」
バイトって中学生は基本的に禁止なんじゃ…
「うちの学校、バイト禁止じゃないぞ。」
「いや、でも法律的に、アウトなんじゃないの?」
「それだと、子役の人とかもアウトになるぞ。」
「そ、そうか。でも…」
「詳しく調べれば出てくる。子供なのに危険な仕事をやらされたり、接待させられたり、結果として、学業を疎かにさせられたりした悲しい思いをした人が多くいるから、それを守るための法律ができただけで、バイト自体は悪いことじゃない(*1)。」
「そっか。」
「何でも悩まずに、周りの大人に相談して、行動しろ。」
「あ、ああ。」
でも…
「岳、再試になったのは、良かったの?」
学業を疎かにして、バイトって駄目じゃない?
「正直だいぶヤバかった。」
やっぱり。
「けど、パッションで押し切った。」
どれだけパッション最強なんだ。
「再試は、殴り合いで休学になった結果なだけで、バイトが原因じゃない、の1点張りで言った。」
先生方に対し、物怖じせずに押し切る岳の姿が脳裏に浮かぶ。
そりゃ、勝てないわ。
「そういえば、今日は、一緒の部屋に、戻るの?」
「さっきからそう言ってんだろ。」
え、そうなの?
「先輩の部屋に置いてる余り物、一緒に運んでもらう。」
ちょっと待て、それって…
「もちろん、調理も一緒にやってもらう。」
嘘だろ。
「お米もあるからな。炊かなきゃいけないけど。」
「炊飯器は?」
「そんなもの、ないよ。」
嘘だぁぁぁあああああ。
今日は、長い夜になりそうだ。
※この物語はフィクションです。*の表現は、下記を参照した結果、それほど問題がないと判断しました。
*1…厚生労働省 高校生等を使用する事業者の皆さんへ
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