第13話 違戻

「久しぶりだな。」

 教室に着くと、こちらを見遣る親友ともに話しかけられる。

「まだ、3日しかたってないだろ。」

 そんなやりとりをして、拳を合わせる。周りのクラスメートはざわついていた。


 無理もない。殴り合って停学した中なのだから。

 まぁ、そのうち収まるだろう。

 それに、こちらに注目してくれた方が都合が良い。


「お前が休んでた分のノート、写すか?」

 そういって岳はノートを取り出す。

「いや、桜木さんから教えてもらったからいいや。」

「はぁ!?」

「え?」

 何々?こいつ怖い。

「お前、女子寮行ったのか?」

 うわぁ、めんどくせえ。

「いや、違うけど。」

「じゃあ、何で。」

 その目をするのはやめて欲しい。マジで怖い。

「いや、写メ送ってもらっただけだし。」

「え?」

 そこまでマジに聞いてくるっていうのは、まさか。

「好きなの?」

「…正直、気にはなっている。」

 …図星だったみたいだ。

「そ、そういえば、秋戸さんはいつから来るんだ?」

「今日。」

「一緒の日に、変えたのか?」

「ああ。」

「そうか。」

「…体調のこと、聞かないのか?」

「いや、そんなん分かってる。毎日、行ってたんだろ。」

「ああ。」


 始業を告げる鐘がなる。

「みんなー、HR始めるよー。」

 ああ、いつもの日常が戻ってきた。

「その前に…秋戸さんが退院されました。秋戸さん、入ってきてください。」

 声に合わせて教室の扉が開く。

「その…失礼します。」

 艶やかな髪をたなびかせて、秋戸さんが入室する。

「皆さん、ご心配おかけしました。私、入院前に、妬みから、酷い言葉を投げかけてしまいました。そんなことをやっておいて、こんなこと、言うのも、悪いんですけど、これから、また、よろしくお願いします。」

 教室は、彼女の言葉に耳を傾ける。

 僕は、手を叩いて、その言葉を迎え入れる。周りも、それに合わせて音を奏でる。


 今度は、大丈夫。


「クリスマス、予定、立ててるのか?」

 本日最後の授業が終わり、岳から話しかけられる。

「え?」

「だから、クリスマス、どうすんだ?」

 そういえば、もう来週はクリスマスだ。

 まあ、その前に…

「いや、お前と2人っきりは嫌だな。」

 一緒の部屋に戻ることになるだろう。

「誰も、そんなこと言ってねぇ。」

「違うのか?」

「違わい。」

 違わい?そんな方言、あったけか、なんて考える間もなく、言葉を続けられる。

「その、彼女、どっか、誘いに行ったらどうなんだ?」

 そういえば、まだ、彼女が僕のことを忘れてしまったことを伝えていなかったな。


 そんなことを考えていると教室のドアが開き、朝賀先生が入ってくる。

 岳も話をやめて、前に向き直る。

 いつもの時間がまた、始まる。


 もう、心配することは何もない。僕にあったのは、深い安心感。

 今夜は、ぐっすり寝れそうだ。


「それじゃあ、HRを終わります。秋戸さん、夏江君、春谷君は後で職員室に来てください。」


 は?


 岳と顔を見合わせる。

 問題を起こした僕と岳が呼び出されるのは分かる。

 でも、何で秋戸さんまで…


 僕たち二人には掃除はない。すぐに二人で確かめたかった。

 けれど、秋戸さんを一人にするのは、1番良くないと感じた。

 岳に、掃除が終わったようなら連絡する旨を伝え、別れる。

 岳は意味を理解してくれたのか、「じゃあ、終わる5分前くらいになったら連絡してくれ。」とだけ言ってくれた。


 秋戸さんは、呆然としていた。

 先生も、あんな言い方しなくても。

 

 周りの子たちも気遣ってはいるようだが、何て言葉をかければ良いか分からない様子だった。


 僕にできるのは、そんなたいした要件で呼び出されていないことを、ただただ祈ることだけだった。


「秋戸さん。」

「え?あ、春谷君。」

「やあ。」

「ふふ、やあ。」

 良かった。それほどショックだったわけじゃないんだ。

「職員室、一緒に行かない?」

「うん…夏江君は?」

「職員室の前で待ち合わせしてる。」


 二人で職員室へ向かう。中学生になってから一緒に歩いたことなんて無かったな、そんなこと思いながら、歩みを進める。


 職員室の前で待っていた岳と合流し、先生のもとへ向かう。


「三人共、中間試験の再試を受けてください。」

 言われてハッとする。

 そういえば、試験があると言う話だった。

 だけど、再試?

「すいません。僕らは試験を受けていません。そのため、扱いは追試になるはずです。」

「いいえ、再試です。そのため、どれほど良い成績を修めても、扱いは赤点をギリギリ超えたという扱いです。」

 僕と岳は暴力による停学だ。でも…

「それはおかしいです。僕らは暴力をふるってしまったから、再試は理解できます。けど、病気での入院は、全く話が違います。」

「いいえ、間違っていません。体調管理も試験のうちです。」


 ふと、あの時に言われた言葉が思い浮かんだ。


「何をもって、”普通”と、言っていますか?今後の、経過を、診てもらうために、3〜6ヶ月おきに、通院し、人並みに、運動もできず、周りの人と、見た目は、変わらないために、サボっていると、評価される、それが、”普通“ですか?」


 自分でも、驚くほど、冷静だった。


 ああ、よく理解している。


 肩を震わせる夏江を静止する。


「分かりました。再試はいつですか?」

「年明けの放課後にします。」

「分かりました。失礼しました。」

 そういって、二人を連れて、その場を後にする。


 今までの僕なら、無理にでも訴えていただろう。


 だけど、今後のことを考えると、これが一番適切だ。

 受験だろうがなんだろうが、体調を言い訳に合格させてくれるところはどこにもない。


 一切の甘えは捨てる。


 “普通”じゃないけど、社会はそうは見ない。


 最低限の保証はある。障害者年金、医療助成etc...


 だけど、自分に誇りを持つためには、武器が必要だ。


 障害を補って余りある何かが。


 だから、これで良い。


 もう、生温い手は、使わない。


「なんで、言い返さないんだよ。」

「いいよ、夏江君。仕方ないよ。」

「ふざけんな、好きでなったわけじゃないだろ。紡、何考えてる。」

 口調を荒げる岳、そして、必死に涙を堪えている秋戸さんに告げる。

「僕も、これはおかしいと考えてる。」

「だったら…」

「それでも、社会は待ってはくれない。」

「え?」

「社会に認めてもらうには、頭が良くならなくちゃいけない。」

「それとこれとは…」

「だから、一緒に勉強しない?秋戸さん、岳。」

「うん、分かった。」

「えええ。」

「岳。」

 気持ちは分かる。でも、本人も賛同してくれてる。

 難病でも、首相になれてる人だっているんだ。勉強出来れば問題ない。

「分かったよ。」

「じゃあ、放課後、図書室で勉強しよう。」

「うん。」

「ああ。」

「よし、それじゃあ…」

「明日から頑張る。」

 そういって、岳は脇目も振らずに去っていく、えええ。


「え、あれ?」

 ほら、どうするんだ。この状況。

「その、じゃあ、行く?」

 不安になりながらも、そう呼びかける。

 秋戸さんは、小さく首を縦に振る。

「まずは、荷物を取りに、教室、行こっか。」

「うん。」

 行くか、と思い、前に向き直る。

 一歩目を踏み出す時に、シャツの裾を引っ張られる。

「どうかした?」

「その、暴力…ってどういうこと?」

 すっかり、忘れていた。


 頭をフル回転させる。何て説明すれば良い。


「口論の末に、取っ組み合いに…なりました。」

 何も浮かばなかった。正直に説明することしか、出来なかった。

「誰と?」

「その...岳と...」

「そう...」

「はい...」

「反省…してる?」

「はい...」

「お互いに、ごめんなさい、した?」

「はい。」

「そう、じゃあ、問題ないね。」

 あの時から、変わらない笑顔だった。

「勉強、頑張ろう。」

 ああ、これなら、僕のやってきたことは、決して無駄じゃなかったんだ。

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