第12話 未知

 見舞いに行く度に秋戸さんが元気になっていくのが感じられた。点滴が外れたときは、僕も嬉しかった。

 順調だと思っていた。記憶はもう、思い出してくれなくても良いや。この関係でも十分幸せだし...

 そうやって過ごして、2週間ほどがたった。ただ、そばにいただけで満足していた。出来る限り、当たり障りのない会話で紡ぐ。僕が出来たのは、それだけだった。心の奥底では、これでは駄目だと思っていたが、受けたものが、大きすぎた。離れられるのが、不安だった。


「もう、明日には退院できるようになったって。」

 病室に入る前に看護師の田所さんと目が合い、話しかけられる。

 良かった。思ったよりも短い期間で済んだ。これなら、一緒に進級できる。

「良かったね。君の献身的なお見舞いのおかげだよ。」

「いえ、そんな…でも、本当に良かったです。」


 これで学校に戻れる。中学二年生になったらクラスも変わるし、修学旅行もある。

 これから、いっぱい楽しいことがある。思い出は、これから作れば良い。

 そう決意し、病室の扉を開ける。

「やあ。」

「やあ。」

 もう、今となっては言い慣れた挨拶を交わす。

「明日、退院になったんだって?」

 その言葉に対し、相手は残念そうな顔を浮かべる。

「…えー、もう知ってたの。」

 もうちょっと、会話を続けたかった。

 どれだけ無意味な会話でも。

「いや、ごめん。やっぱり何も知らない。」

「え?」

 やっぱり、直接聞かないとな。

「体調はどう?」

「…知らない。もう、私が言いたかったのに。」

 彼女は、頬を膨らませてむくれる。

「えー、僕はすぐに教えて欲しいけどなー。」

「むー。」

 まだ、機嫌は治らないみたいだ。いや、それとも...

「不安?」

「…うん。」

 当たり前だ。退院して待っているのは学校だ。

 僕も、休学明けだから、ちょっと怖いかな。でも、それは持ち合いに出せない。僕に出来ることはただ、言葉を紡ぐだけ。

「そっか。」

「うん。」

「何が不安?僕は...勉強かなー。」

「あー、それも嫌だなー。」

 となると、もう一つしかない。

「秋戸さんは女の子の友達はいる?」

「...入院する前にみんなにひどいこと言っちゃったから嫌われてるかも。」

「...じゃあ、謝るところからだね。」

「許して、くれるかな?」

 なんと言えばいいか、分からない。何がベストか分からない。

「難しく考えなくていいんじゃない?ゆるーくいこうよ。」

 ただ、まずは純粋に喜んで欲しいと、思ったんだ。

 そんな、いつもの会話が続く。

 僕は、ただただもどかしかった。

 もっと、僕が力になれたなら…


「ごめん、そろそろ帰るね。」

「うん、今までありがとう。」

「どういたしまして。」

「じゃあ、次は学校で。」

 良かった。この分なら、心配はいらないかもしれない。

「じゃあ、またね。」

 大切なことを思い出す。踵を返す足を正し、向き直って、伝える。

「ごめん、最後に、連絡先教えてもらって良い?」

 彼女は、中学生になってから、携帯電話を持つようになったはずだ。

 そう告げると、彼女は眼を丸くし、微笑む。

「うん、じゃあ教えるね。」

「よろしく。」

 良かった、そう胸を撫で下ろした時のことだった。

「あれ、どうして?」

 そう彼女が呟いた気がした。何かあった?と返しても返事はない。

 ...僕の気のせいだったみたいだ。

 彼女から連絡先を教えてもらい、病室から出る。


 病室の前の廊下で久しぶりに、あの薬剤師と会った。秋戸さんに、授業が行われている時間に見舞いに来ていることを指摘されてから、来院する時間を変えたため、会うのは約2週間ぶりだった。

 目が合い、礼をする。

 白衣の男は礼を返して、こちらに向かって来る。

「お久しぶりです。」

「ええ、お、お久しぶりです。」

 どうしても、身構えてしまう。

「秋戸さんが明日で退院という話は、もう、聞きましたか?」

「ええ。看護師さんから聞きました。本人は、自分が言いたかったって、むくれていましたよ。」

「そうでしたか。よかったです。成果が、あったようですね。そういえば、記憶は、思い出してきているようでしたか?」

 成果?何のことだろう?そんな疑念を残しつつ、質問に答える。

「いえ...もう、思い出してくれなくても、問題ないと思っています。」

「そうですか...ただ、言っておくことが、あります。」

「なんですか?」

「記憶が戻った際のことですが...おそらく、戻った際は本人には、全く実感は湧きません。」

「どういうことですか?」

「知識はあるが、経験した確証はない、といったところでしょうか。」

 僕には、理解できない。

 それを察したのか、彼はさらに付け加える。

「うーん。本当に、自分が行ったことなのかわからない、というべきでしょうか。」

 まだ、よく理解出来ない。

「すいません。簡単に言います。自分の記憶が、どこか、遠い夢のように、思えるようになると言うことです。」

「なんとなく、分かりました。」

 そうなら、少し、寂しいな。

「だから、もし、思い出したようなら、記憶が自分のものだと、一緒に照らし合わせてあげてください。」

 彼の微笑みは、変わらず達観しているように見えた。けれども、どこか寂しさ感じさせた。

「え、ええ。」

「それから、苦しいのは、これからです。」

「他の人との比較が始まるからですか?」

「ええ、医師や看護師とも相談し、専門家にカウンセリングを行ってもらったので、今は、明るく振る舞えていますが...問題は、今後です。」

 なるほど、成果とはそういう事か。

「自己評価が低いってことですよね?」

「そこまで分かっていれば、大丈夫ですね。どのような時に、低くなるかはもう、話しましたね。」

 あの時言われたことを思い出す。

「お風呂に入る時と薬を飲む時、そんなことでも低くなる。」

「飲んでる薬で、気をつけないと、いけないことは、まだ話していませんでしたね?」

「え、ええ。でも、前も思ったんですが、そんなこと僕に言って良いんですか?」

「?ああ、もしかして、個人情報の話ですか?」

「え、ええ。」

 そんなに個人情報をベラベラ話して良いのだろうか。僕は、彼女となんら血縁関係はないのだし。

 男は数秒ほど思案したのち、真面目な顔で答える。

「よく考えたら、裁判起こされたら負ける可能性もありますね。」

「えええ、良いんですか?それで。」

 まるで呼吸をするようにそんなことを言うもんだから、一瞬、聞き間違いかと思った。

「確か、10年以上も前の話になりますが、バイアグラを購入したが、薬局の薬剤師の説明で、その人の家族にばれたといったケースがありましたね(*1)。」

 こちらの反応を伺う男に肯く。バイアグラの意味は分かる。その...たたせる薬だよな。

 まぁ、確かにそんなの使ってるのが、家族にバレるのは嫌だよな。

「どういった経緯なんですか?」

「そこまでは分かりません。家族が取りに来た、飲み合わせの悪い薬が発表されたからその旨を留守電に残した、色々なケースが考えられます。」

「裁判にはなったんですか?」

「すいません。そこまでは覚えていませんが、裁判になった場合、法律と照らし合わせて考えます。争点となるのは守秘義務ですね。」

「患者の情報を守るという奴ですね。」

「ええ、医療従事者全員にかかる、秘密を守る義務です。ここでいう秘密は、大まかに言えば、本人が知られたくなくて、それを他人に知られないことが、本人にとって相当の利益があると客観的に認められるもの、加えて、本人が知らないことでも、他人に知られることが、不利益になるものを含みます。」

 なるほど、全然分からん。

 この場合で言うと、バイアグラを飲んでいることを家族に知られたくないってわけだから...

「周りに知られて精神的苦痛があるというのも不利益っていうので良いんでしょうか?」

「ええ。さらに、これが原因で不倫がばれて慰謝料を請求されたとなれば、金銭的にもアウトですね。」

「えええ。」

 不倫でそんなん使うんですか!?

 そんなケース、あるのだろうか。知りたくなかった、そんな世界。

「そこで肝心になってくるのが、正当な理由があるかと言うところです。」

「道理の通る言い訳ができれば良いんですね。」

「全く違います。」

 ズバッと、否定される。

 そんなにはっきり言わなくても...

「原則は、本人の同意があることです。例外として、①行政当局や報告義務のある場合②本人の不利益にならない前提で、配偶者や肉親等への告知や説明を行う場合③特別な事情があり、本人の不利益にならないという前提で、配偶者や肉親以外の人(医療従事者等)へ告知や説明を行う場合も認められているといったところでしょうか。」

 ああ、全く分からん。でも、今までの事を踏まえると…

「それじゃあ…」

「ええ、おそらくアウトになるかと...」

「えええ、それじゃあ...僕に話してくれたのも...」

「アウトですね。負ける可能性があるどころか、普通に負けます。」

 男は笑顔で答える。

「えええ...」

 男は真剣な顔持ちになり、切り出す。

「ここで、質問です。薬剤師として、一番大切なことはなんでしょう?」

 え?それは...

「お、思いやりの心。」

 ここで、薬の知識というのは、おかしな気がした。あくまでそれは、前提に過ぎないのだろう。

「100点の答えですね。私もそうあれたら良かったのですが...」

 違うものに重きを置いているのだろうか?

「それじゃあ、何と考えているんですか?」

「薬剤師としての矜恃、ですね。」

 きょうじ?

「語弊はありますが、プライドといえば分かりやすいでしょうか?」

「誇りですか?」

「ええ、薬を介して、病院に来てくれた方に、自分の出来ることを行い、この病院に来て良かった、と思われるよう行動する。そういうふうに、ありたいと思っています。」

 それは、誇りというよりも思いやりではないのだろうか?そんなことを思ってしまったが、言葉にするのは憚られる。

「立派ですね。」

「いえ、ただの受け売りです。」

 盛大にこける。あれだけ力説しておいて受け売りなのか…

「さて、話を戻しましょうか。私が、貴方に、彼女の話をしたのは、話したことで、得られる利益の方が多い、と感じたから話しました。」

「僕、お金払えないですよ。」

「…違います。将来的に、貴方が、彼女の支えになる、と感じて、話したという話です。」

 二重の意味で赤くなる。

「さて、だいぶ話が逸れてしまい、申し訳ありません。彼女が飲んでいる薬で、気を付けないといけないことの話を、しましょうか。」

 ああ、そういえば、もともとそういう話だった。

「ええ、お願いします。」

「彼女は、今回の手術の結果、身体の血が固まりやすくなってしまいました。体の血が固まると、血管が詰まってしまいます。そこで、血液が固まらないようにする薬を、飲まなくてはいけなくなりました。」

「…量の調整、飲むタイミング、出血した際の対処法、血が固まった際の対処法…が大事ですね。」

 もう、それは予め、調べておいた。今の時代、ネットで何でも勉強出来る。

「話が早くて助かります。量の調整は、こちらの役目です。量の調整のために、定期的な受診が必要になります。血液検査も行います。もっとも、今は手術の効果の判定もあり、次回は3ヵ月後です。」

 血液検査が必要ってことは、採血もやらなきゃいけないってことだ。

「それは、間隔が長くなることもありますか?」

「無責任なことは言えません。ただ、今までのことを考えると、間隔は長くなると思います。それが、半月単位か、一年単位かは、私では、断定できませんが。」

「それだけ聞ければ十分です。」

「こんなに早く退院するとは、思いませんでした。貴方の、見舞いの成果が、出ましたね。」

 ああ、本当に。

「それから…何でしたっけ?」

「飲み忘れに気付いた時、飲むタイミングはどうしたらいいですか?」

「他の同業者から怒られるかもしれませんが、私は、今回のケースは、1日1回服用、服用間隔を最低半日開けられれば、それほど問題とは思いません。」

 え?そんなもので良いのか。

「…簡単に言えば、彼女が飲んでいる薬の半減期、要は、薬の濃度が半分になるまでの時間、が4時間を下回っているため、半日あけるか・1日あけるかによる濃度の違いは10%未満しかありません。」

 4時間で薬の濃度が半分になるとすると、飲んだ直後の一番高い濃度を100とすると、その半日後は12.5、1日後では1.5625となる。確かに10.9375%の違いしか生まれない。

 確かに、話の上では問題ないように思える。ただ、それでも1割だ。かなり大きいように思える。

「もっとも、出血するリスクと血が固まるリスクによっては、その10%が命に関わる場合も、もちろんあります。ただ、リスクを医師と相談した上で、この薬であれば、それほど問題ないとの判断をしました。それに、飲み忘れを放っておいた場合、その前日に飲んだの薬の濃度は1%未満となります。」

 それを踏まえると、飲むのが正解かもしれない。

 でも…

「濃度が濃くなったら、効果も強まるのではないですか?」

 やっぱり不安だ。

「ええ、確かに、その認識はそれほど間違ってはいません。」

 それなら…

「ただ、薬には効果を示す有効域、つまりはここからここまでの濃度の効果なら十分問題ない、と考えられる範囲があります。今回のケースはその範囲内です。この薬は効果が長く続くので、厳密な濃度管理はそこまで必要ありません。もっとも、他の薬、例えば、前に話した抗生物質であれば、だいぶ話は変わりますが。」

 十分に納得できた。確かに、少しの濃度のズレで効きすぎる、ということもないだろう。そんな薬ばかりだったら、大変だ。

「分かりました。」

「さて、次に、出血した際の対処法ですが…」

「軽い出血の場合は、軽く患部をガーゼなどで5分程押さえて止血する。出来れば、患部を心臓よりも高い位置にする。止まらないようなひどい出血は、傷口を強く抑えて、病院に行く(*2)。」

 もう、十分に調べたし、その内容であれば、看護師さんからも教えてもらった。

「ええ、そうですね。患部の洗浄、消毒も忘れないように。それが出来ない際は、病院で、行ってもらってください。場合によっては、破傷風のワクチンを、打つこともあるでしょう。それから、前提として、怪我をしないような工夫をするように。」

「怪我をしない工夫?」

 そんなもの、あるのだろうか。料理をしない、外に出ないなど、そんな出来ない事を増やすことを、言われるのでは無かろうか。

 そう思い、身構えたが、返ってきたのは、意外な言葉だった。

「息切れしている時に無理に歩かない、調理の際は包丁が危なければ、ピーラーを使うなどが挙げられます。」

「外に出るな、調理をするな、とか言われるかと思いました。」

「?そんななんの解決にもならないこと、言いませんよ。包丁も、料理に慣れてきて、手を切る心配がなければ、使っても問題ありませんし。それで、次は何でしたっけ?」

「血が固まった時は、何をもって判断して、何をすれば良いですか?」

「まず、それよりも、大事なことは血が固まりやすくなるリスクを下げる事です。水分をとっていないと、血が濃くなってしまい、固まりやすくなります(*3)。」

「それくらい、分かりますよ。」

「そうですか。ただ、理解はしていても、実行できるかは別の話です。トイレの事など、気にしてくださいね。」

「大丈夫ですよ。それから、動いていない時はストレッチする、とかですよね(*3)。」

 理解している話は早く終わらせたい、そのことで、頭がいっぱいだった。

「失礼しました。先に血が固まった際の症状と対策を話すべきでしたね。」

「ええ、お願いします。」

「血が固まって、どこの血管が詰まるかによって、症状は変わります。ただ、いずれにせよ直ちに病院に行くか、救急車を呼ぶべきケースです(*4)。」

「場所は、心臓と頭と肺、ですよね。」

「他にも、足などにも起こることがあります。」

「心臓の時はどうなりますか?」

「胸の圧迫感や息苦しさ、肩や背中の痛み、凝り、みぞおちの痛み、となって現れます。ほぼ完全に詰まっていれば、耐えられない痛みが30分以上続くことになります(*5, 6)。」

「頭の時は?」

「明らかな異変があります。片側の手足が動き難かったり、会話する際に発音がおかしくなったりします。意識を失うケースもあります(*7)。」

「肺の時は?」

「息切れや息苦しさ、さらには胸の痛みも伴い、息を吸い込む時に痛みが強くなります(*8)。」

「足の時は?」

「詰まった場所が片方だけの時は、片側のみ腫れてきます。血の流れが滞るため、酷い場合は紫色になってきます(*5)。これだけだと、救急車を呼びたくないと考える人もいますが、肺に血の塊が飛ぶケースもあるので、呼んでも良いでしょう(*4)。」

「分かりました。」

「では、大丈夫ですね、と言いたいですが、最後に一点だけ。」

「はい?」

 これ以上、何があるのだろう。

「医師より伝言です。彼女の病気は、身体の酸素の濃度が普通の人より低くなっています。そのため、泣きじゃくる、運動するなどの動作の後は、記憶能力が低下します。」

 うーんと、つまり?

「酸欠の状態では、頭がぼーっとしてしまうから、呼吸が整ってから、改めて話をしてあげて下さい、とのことです。また、顔色や唇の色や爪の色も見ておくように、とのことです。」

「そうですか。ありがとうございます。お医者さんにも、お礼を伝えておいてください。」

 よし、じゃあ、帰るか。

「待ちなさい。色がどうなるかまだ聞いていないでしょう。」

「?紫色ですよね。」

 看護師さんから聞いたしなぁ。

「私の爪を見なさい。」

「え?」

「どうですか?」

「えーと、爪の手入れをしていない?」

 所々、ヒビや割れが入っている。

「爪の根本を見なさい。」

「あ。」

 自分のと比較してみると一目瞭然だった。

 爪の下半分が明らかな紫色を呈していた(*8)。

「早めに気付いてください。酸欠の状態が長く続けば、血を吐いてしまうことも考えられます。」

「え?」

 酸欠で倒れるは聞いたことがあるが、それだけじゃないのか。

「肺の血圧が高まり、出血のリスクが高まります(*9, 10)。」

 そこまでは考えていなかった。確かに、酸素が足りないのであれば、多くの血液を流そうとするため、圧力を高めなければならない。さらに血液が固まりにくい薬を飲んでいるとしたら、尚更だろう。

「分かりました。何もかも、ありがとうございました。その、お医者さんにもお礼を伝えておいて下さい。」

「分かりました。お医者さんには、代わりに私が伝えておきますが、看護師さんにはご自身でお礼を言ってください。爪の話も、提案してくれたのは彼女です。おかげで、マニキュアをやる羽目になってしまいましたが…」

 マニキュアだったのか…良かった。一瞬びっくりした。

「ありがとうございました。」

 医師、には会えないだろうが、最後に看護師さんにお礼を言おう、そう思い、その場を去ろうとする、が、また呼び止められる。

「申し訳ない。肝心なことを忘れていました。」

「はい?」

 僕に対してだろうか。もう、これ以上あったかなあ?

「貴方の休学のことは話しましたか?」

「いえ...」

 すっかり忘れていた。殴り合いで休学した奴が見舞いだなんておかしな話だ。

「ああ、そうですか...」

「そちらは、何も言っていない...ですよね。」

「まだ、言っていませんが、言うべきか悩んでいます。」

「言わないでください。」

 それは...嫌だ。彼女のために休学した、と捉えられるのも、殴り合いする奴と関わりたくない、と避けられるのも、嫌だ。深々と頭を下げる。

「仕方ありませんね。ただ、いずれ気付かれますよ。」

 男は、渋々頷いた。

 

 気付かれたらどうなるか、そんな不安を抱いたまま帰路に着く。

 病室の脇を通っていた看護師の田所さんと、目が合う。

「お話は終わった?」

「ええ。勉強になりました。」

「爪の色、ちゃんと見た?」

「ビックリしました。」

 素直な感想を伝える。あれだけ目つきの悪い男が、マニキュアをやっている姿を思い浮かべ、笑いそうになる。

「やっぱり、私たちよりも、本人が伝えた方がわかりやすいよね。」

 看護師さんが言っているのは、薬のことだろうか?

 その視線は、何処か遠くを見ている気がした。

「はい。ありがとうございました。」

「最後に、何か聞いておきたいことはある?」

「いえ、大変お世話になりました。」

 もう十二分に聞いてきた。

「じゃあ、元気でね。」

「本当にありがとうございました。」

 深々と礼をし、その場を立ち去る。


※この物語はフィクションです。*の表現は、下記を参照した結果、それほど問題がないと判断しました。しかしながら、医療従事者の方々は、患者に適した説明を行ってくださるため、この表現が全てというわけではないとご理解いただけると幸いです。

*1 国民・患者から寄せられた意見・苦情など 栃木県薬剤師会

*2 柴崎ファミリークリニック 怪我をした際の応急処置

*3 厚生労働省 エコノミークラス症候群の予防のために

*4 東京版 救急受診ガイド 東京消防庁

*5 病気がみえる vol.2 循環器 第4版 医療情報科学研究所

*6 服薬指導のツボ 虎の巻 第3版 杉山正康 編著 日経ドラッグインフォメーション編

*7 病気がみえる vol.7 脳・神経 第4版 医療情報科学研究所

*8 看護roo 用語辞典 チアノーゼ

*9 肺高血圧症とは– 肺高血圧症治療サポート

*10 肺高血圧症 東京医学部附属病院 循環器内科

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