第10話 再会

 自己紹介、か。

 そうだな、もしまだ自分を避けるようなら、自分がやって貰って嬉しかった事を、やればいい。もっとも、僕が嫌われていれば、話は変わるが...いや、それまじで、堪えるな。物凄く辛くて叫びたい気分ですわぁ。グギュグバァッ!!!

 そんなことはないと、驚くほど心は落ち着いていた。

 灯はすでに僕の胸に。今度は、僕の番だから。


 貴方が前を向けますように。


 あの時は、秋戸さんが僕の悩みを聞いて、それに対して答えてくれた。今回は、事前に情報を貰っているため、推測もしやすい。悩みは大体分かってる。後は、答えを見つけるだけだ。もはやイージーモード、それに引き継ぎまである。

 いくら否定されようと、構わない。

 ―最悪のケースを、知ってしまったから。


「さて、準備は出来ましたか?」

 薬剤師の男が、紙袋を持って戻って来る。500円を渡し、それを買い、感謝を伝える。

「念のため、中身が問題ないか、確認してください。」

「良いんですか?」

「いや、もう、貴方のものですよ。」

「では、失礼します。」

 中を開けると、色とりどりの花が敷き詰めてあった。

 この人は、どんな想いでこれを買ったのだろう、そんなことをふと考えてしまった。

「では、案内しても良いですか?」

「はい、お願いします。」


 そのまま、連れられて病室に入る。彼女は変わらず、死んだ魚のような眼をしていた。僕も、あんな眼をしていたのかもしれない。それを考えると、やっぱり敵わないな、と感じた。

「秋戸さん、戻りました。遅くなって申し訳ありません。」

「いえ、別に、やることもないので。」

「では、春谷君、挨拶を。」

「こ、こんにちは。」

「...こんにちは。」

「同じクラスの春谷 紡です。覚えてるかな?」

「…ごめんなさい。わかりません。」

「いや、中学であんまり話したことなかったし、謝らなくても良いよ。」

 胸に、圧迫感を感じる。

「...はい。」

「僕は、春谷 紡、君と同じクラス。今日は、クラスのお見舞いで、来ました。」

「...ありがとう、ございます。...お気を遣わせて申し訳、ありません。」

 彼女からは、希望を微塵も感じられなかった。

 気持ちはなんとなく理解できた。だけど、僕が望んでいるのは...

「謝るのはやめてくれ。僕は、来たくて来ただけだ。」

 つい、言葉を荒げてしまう。

 彼女は、顔色一つ変えずにこちらを一瞥する。

「...大変、だったでしょう。もっと他に使う時間があったのに...私なんかのせいで。」

 流石に、頭に来る。

「僕は、好きで来ています。」

「…はい?」

 彼女は眼をパチクリさせる。

 言ってしまった、と思ったが、後戻りはできない。

「だから、他の時間よりも...秋戸さんと一緒にいたいと思いました。はい。」

 何故、後ろから笑い声が聴こえるのだろう...

「失礼しました。私は、これで。もう大丈夫ですね。立ち去ります。ごゆっくり。」

 えええ、という彼女をよそに白衣の男は退室する。

 そんな声出せたんですね、貴方。

 こほん、と咳払いをし、話を切り出す。

「お見舞いのメッセージは、もう読んでくれた?」

「え、はい。読みました。」

「お見舞いの品、渡しても良い?」

「え?」

「これ。」

 紙袋を差し出す。

「本当にいいの?」

「ああ。」

「開けても良い?」

「ああ。」

 彼女は手を震わせながら包みを出して、中を見る。

「お花?」

「石鹸の、花。」

「ありがとう。」

 前に見たことのある屈託のない笑顔を向けられる。罪悪感に耐えられず、吐露する。

「本当は、ちゃんと選びたかったけど、病院に売ってるのが、それだけだったから...」

「ううん。すっごく嬉しい。」

 笑顔の色は変わらない。

「それから、ゼリー。」

「ありがとう。私、桃好きなんだ。すごい嬉しい。」

 ああ、知ってる。

「でも、何でここまでやってくれるの?」

 そんなの、決まっている。

「私にそんな理由、ないよ...」

 彼女は俯く。

 僕も、かつてはこんな顔をしていたのだろうか。

 両親を失い、周りから差し伸べられる手を跳ね除けていた。

 あの時、彼女は、何故気にかけてくれたのだろう。

「じゃあ、問題。」

「何?」

「僕が何でそこまでやるか。」

「え?」

「退院するまでの宿題。また、明日来る。」


 病室を後にする。

 言いたいことは、全て終わった。

 本当は、もっと一緒にいたかったが…

「流石に、ちょっとキツかったな。」

 精神的に限界だった。話が長くなればなるほど、どれほど彼女が衰弱しているかが実感でき、余計に辛くなってしまう。

「これで、涙を流すのは、違うもんな。」


 病院から出る途中、冬崎さんと会う。

「大丈夫そうで、安心しました。」

「力を貸していただき、ありがとうございました。」

「いえ、あれは、貴方の力です。私に、ああいう事は、出来ませんでした。」

 マスク越しでもはっきり分かる。男は口角を上げている。

 もしかして、僕、からかわれてる?

「いえ、尊敬しています。好きだという理由で、停学という、選択肢を、取ったという事。」

「そこまで、聞いているんですね。」

「ええ、そうでなければ、見舞いの許可は、難しかったでしょうね。まぁ、正直、この病院に来るまでに感染してしまう可能性がゼロでない以上、許可を出すのが正しいというわけではありませんが…」

「…まっすぐ家に帰るので、明日も来て良いですか。」

「ええ、うがい、手洗いを、念入りに、行ってください。マスクは、病院についてから、新しいものに変えた方が良いですね。」

「分かりました。」

「最後に、一言だけ...いいですか?」

「ええ。」

「私は、毎日昼前に、薬の効果が出ているか、薬の副作用が出ていないか、確認するために、秋戸さんの様子を見に行っています。」

「それじゃあ、その時間は避けたほうが良いですか?」

「いえ、まったく、その必要はありません。時間をずらすのは、こちら側です。」

「お気遣い、ありがとうございます。」

「もし、私に、聞きたいことが、あれば、その時に、聞いてください。ただ、基本的に、本人が、話したがらないことは、答えないつもりです。」

「分かりました。何から何までありがとうございました。」

「いえ、別に。それでは。」

 そういって冬崎さんは立ち去る。そういえば、僕に色々とアドバイスしてくれたが、あれって大丈夫なのだろうか?


 明日、彼女は何て言うだろうか。そんなことを考えつつ自室の前に着く。

 自室には貼り紙が貼ってあった。

「213号室に立ち寄れ?」

 多分、これを貼ったのは岳だろう。確証はなかったが、紙を剥がして、そう感じた。これ、いつから貼られていたんだ?セロテープを貼った後がくっきり残っていた。あーあ、溶剤で取らなきゃいけない。

 もう時間は16時を回っていた。インターホンを押す。中からドタドタと慌てふためく音がする。

「ちょっと扉から離れててくれ。」

「あ、ああ。」

 中からマスクをした岳が出てくる。手には物が詰まった白いビニール袋を携えている。

「これ、置いとくから持ってってくれ。」

「え?」

「じゃあな。」

 そういって岳は扉を閉める。とっさに感謝の言葉を述べる。

 閉ざされた扉からは、いいよ、と小さく聞こえた。

 それにしても、いったい何をくれたんだ。

 袋に手を当てる。少しばかりひんやりしている。一抹の恐怖を覚える。アイスはいらないぞ、岳。

 恐る恐る袋を開けると、そこには、卵 1パック、ニラ 1束、じゃがいも 1個、人参 1個、玉ねぎ 1個、茄子 1本、大根 1本、小包装の醤油が入っていた。

 2週間ぶりのまともな食材だった。慌てて、インターホンを押す。

「何かあったか?」

 いや、お前。これは。

「盗んできたのなら、一緒に謝るから、交番行こう。」

「それ、酷くないですか!?」

 だってお前、金欠だって言ってたじゃないか。

「大丈夫、自分の金で買ったやつ。」

「いくらかかった?」

 500円前後はかかっただろう。

「300円。」

 流石に安い。岳が、安いスーパーまで遠出しているわけがない。

「領収証持ってるだろう。」

「知らん。捨てた。」

「じゃあ、1000円渡すよ。」

 ポケットから財布を取り出す。

「やめてくれ。そんな光景見られたら、何て説明するんだ。」

「いや、正直に言えば...」

「今、俺とお前停学中だろ。」

 そう言われて、気付く。ああ、そうか。この状態では金銭のやり取りは難しいな。

「出世払いな。」

「分かったよ。...僕が稼げるようになったら、なんでも奢るよ。」

「回らない寿司屋な。」

 倍返しどころではないが…

「なんでも、って言っただろ。」

「分かったよ。期待して待っててくれ。」

「じゃあ、明日も来いよな。」

「その… 」

「ん?どうかしたか?」

「悪かったな、お前まで巻き込んでしまった。」

「成果は、あったか?」

「ああ。」

「じゃあ、それで良い。」

 感謝を伝え、その場を立ち去る。てか貼り紙じゃなくて携帯に連絡してくれれば、良かったじゃねえか。

 そう思ったが、そう言ったところで「この現代っ子。」って言われる未来しか見えねえ。


 自室に戻り、受け取ったことを後悔する。どうやって調理すべきか分からない。

 食堂で食うわけにはいかない、って不健康な食事ばっかりしてきたとはいえ…


 器用な岳であれば、この材料で色々できるんだろうなぁ、と考える。例えば、ニラ玉とか。でも、コンロがねえからなぁ。


 本来、食事は食堂で食べるのが原則、調理器具は家から持ってきた包丁、耐熱容器くらいしかない。


 こんなので、どうやって調理すれ(たたかえ)ばいいんだ。

 

 そんな思いとは裏腹に、身体は勝手に動いていた。ビニール袋をすぐに捨て、野菜を念入りに洗う。


 気付けば、ニラ玉と蒸した野菜が出来上がっていた。鯖缶とパックのご飯と一緒に食べるか。


 前にも、こんなことがあったような気がした。

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