第9話 再起

 そうだ、大丈夫。僕の想いは、まだ生きている。胸に手を当てる。状況を整理しよう。

 今は秋戸さんのお見舞いに来ている状態。お見舞いに来て、彼女に、誰?、と言われている状態。え、何それ辛い。一回寝よ。

 ただ、完全に忘れている可能性もないわけじゃない。それに、忘れていたら、最初からやり直せば良いだけだ。今回は、僕がカッコつけられる立場。むしろ、こっちの方が良いかもしれない。

 そうこう考えているうちに、薬剤師の男が病室から出て来る。

「さて、気持ちは、落ち着きましたか?」

「ええ。」

「答えは、出ましたか?」

「この涙は、なんで出たか分かりません。でも、秋戸さんの力になりたいです。」

「最初からに、しますか?続きからに、しますか?先ほど、彼女に聞きましたが、どうやら、完全に、忘れられているようです。」

「?」

 え?完全に忘れている、は分かるが、いや、分かりたくない。それよりも、最初からってどういうことだ。

「失礼しました。言葉が、足りなかったようです。貴方を、お見舞いに来た、クラスメートとして、紹介、しましょうか?それとも、小学校の、時から、親しかった、友人として、紹介、しましょうか?」

 もし、本当に、彼女が覚えていなかったら、どうするべきか...答えは決まってる。

「最初からに、します。」

 同じ価値観で、同じ温度で、一緒にいたい。

「分かりました。ただ、引き継ぎだけは、しましょうか。」

「引き継ぎ?」

「話しておくことが、二点、あります。」

「ええ。」

「まず、お見舞いの品は、持っていますか?」

「ゼリーを持って来ています。」

「食事制限の指示は、今は、かかっていないので、問題ありません。他には、ありますか?」

「他は、もうありません。」

「そうですか。私からの、アドバイスですが、出来る限り、残るものを、渡した方が、良いでしょう。」

「そうなんですか?」

「全身麻酔の話は、しましたね。」

 そうか、麻酔の前後の記憶があやふやになることがある、と言っていたっけ。

「記録、になるからですか?」

 しまった。ずいぶん機械的に言ってしまった。

「記録というより、思い出ですね。ただ、この時期に、購入するのは、難しいですね。」

 インフルエンザが流行っている時期に、色々と店は回れない。

「どうしよう。」

「もし、買うとしたら、どういうものが、良かったですか?」

 しばし考える。残るもので初対面でも重くないもの。

「造花、を贈りたいです。」

「造花、ですか...造花では、ありませんが、似たものであれば、私が、お売りしましょうか?」

「はい?」

「未開封の、ソープフラワー、というものであれば、500円でお売りしましょうか?簡単にいうと、石鹸で出来た、造花です。」

「良いんですか?」

「ええ、もう、私が持ってても、仕方のないものなので。」

「曰く付きでは...ないですよね。」

 呪いの訳あり商品は困る。

「ええ、私の、勇気がなくて、渡せなかった、物なので。もう、思い入れも、ありません。どっちみち、捨てる、予定です。」

 そう話す顔は、何処か憂いと嘆きを感じさせた。

 この時は、訳ありじゃないか!なんて思考にはならなかった。

「買いたいですけど、でも、それでいいのか、分からない...」

「?最初からやる、という話ですよね?」

「え?」

 ああ、そうか。最初からってことは、僕の温度も合わせないといけない。

「仲良くなってから、貴方が、選んだものを、渡しなさい。これは、あくまで、仲良くなるまでの、つなぎ、です。仲良くなったら、石鹸として、使うよう、伝えなさい。」

「洗い流す、って事ですね。」

「渡す際は、病院で買った、クラスからの贈り物、などと、言えば、良いでしょう。」

「...はい。」

「で、肝心の二つ目です。」

 ああ、そうか。もう一個あったんだった。

「君の、クラスメートが、お見舞いに、来たので、連れて来る、と彼女に、伝えて、あります。最初の、自己紹介を、考えておいて下さい。」

「分かりました。」

「では、数分後に、また戻ります。お手洗いも、済ませて、ください。」

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