第4話 報復
結局、あの日、そいつは部屋には戻ってこなかった。
―問い詰めないと、いけない。
朝学校に着くと、そいつはいつもと同じようにこちらに手を振る。
「おはよう。」
呼びかけられるが、挨拶を返す余裕はない。
「何で隠してた?」
そいつは顔を背けて言う。
「何のことだ?」
「彼女の入院のことだ。」
「…」
「いつから知っていた。」
相手は沈黙を続ける。
「心臓の手術が予定されていた、ってことは前に本人にだいぶ前から言われていたはずだ。」
相手は沈黙を貫く。
「小学3年生の頃か、その辺りだったな。お前に誘われて彼女との時間も減っていった。彼女は、私も予定があるから二人で遊んできなよ、と言っていた。」
まだ、こいつは口を開かない。
「あの時の顔は、今でも忘れられない。」
ようやく重たい口を開く。
「仕方がなかった。」
思わず掴みかかる。もう、抑えられない。周りはもう見えない。
「どういうつもりだ。心臓の手術ってことは死ぬ可能性もあるだろう。そんなときに、お前は...」
腕の力が強まる。
「仕方がなかった。」
声が荒く。
「どうして。」
「彼女がそう言ったから。」
身体が震える。
「何でそれに従った。」
相手に掴み返される。
「お前が、それをいえるのか。」
「何だと。」
「お前はただ、彼女に恩を返したいと思っているだけだ。」
「そんな事はない。」
まともな思考では、無かった。ただ言われたから言い返す。そんな状態だった。
「彼女が...そう言ってた。」
あまりの言葉に唖然とする。
「何やってるんですか、二人とも。」
先生が制止するが、もう何も考えられない。
「人に当たり散らしてみっともねえなあ。本当にそう思うなら、自分の人生くらいかけてみろよ。」
大事に何かがプツリと切れた。
「お前の言う通りだな。」
それが、最善かもしれないな。拳に力をこめる。ここからは二人だけの時間だ。
手当てが終わり、職員室に連れていかれる。
「春谷君、貴方は停学です。一ヶ月謹慎して下さい。」
「ええ、分かりました。」
「寮の部屋も、分けることになります。夏江君に、他の部屋に移ってもらいます。」
「はい。」
「ただ、秋戸さんのお見舞いは許可します。」
「ありがとうございます。」
岳が、弁明してくれたのだろう。
「すいません。お願いがあります。」
「何ですか?」
「秋戸さんのご家族に伝える際に、見舞いに行く人は自宅で謹慎しているから感染症の危険は少ない旨を、お伝えください。」
「もう、夏江君から聞いています。」
「そうですか。」
僕は、いい友人を持った。
「最後に、もう一つだけいいですか?」
「何でしょう?」
「僕が一方的に殴りかかっただけなので、夏江君は悪くありません。」
「...夏江君から、貴方と同じ処分にしてくれ、と頼まれました。」
何で?だって、大会とかあるんじゃないのか。
目を伏せて先生は呟く。
「相談してくれればよかったのに。」
...思い返せば、やりようなんていくらでもあった。ただ、頭に血が上ってしまっただけなのかもしれない。
「先生の株を下げることをしてしまい、申し訳ありません。」
「そんな事は気にしなくて良いの。問題なのは貴方達のことよ。停学した事は、進学にも影響するのよ。」
「それしか道がなかった。」
それでも、巻き込んでしまった人のためにも、それを認めては、いけないと思った。
「他にもあったでしょう。」
「どんな?」
「例えば、見舞いのために休んだだったり...」
「それで、見舞いに来てもらった人はどう思いますか?」
相手に負担はかけたくない。それに恩義を感じて、好意を得たくはなかった。
「それは、じゃあ体調不良で...」
「そんな人が見舞いに行くのはおかしくないですか?」
「秋戸さんの家族に、回らなければいいでしょ。」
「生徒に伝えても、ご家族に情報が伝わらないって考えられますか?」
「それは...」
「お気遣いありがとうございます。」
そう言って退出する。先生は、申し訳なさそうにこちらを見つめていた。
「大丈夫だった?」
外へ出るとそこには桜木さんがいた。
「何が?」
「退学とかにはなってないよね?」
「一ヶ月の休学。」
口に手を当てて、驚きに表情を見せる。
「え、どうしよう。」
「何が?」
「君のことだよ。留年とかにはならないの?」
「それでも構わない。」
「何を言ってるの。」
「僕が留年するときは秋戸さんも留年することになる。」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「心臓の手術が一ヶ月で退院できるわけがないだろう。」
怒鳴るように、言ってしまった。
「ごめん。そうだよね。」
「いや、ごめん。」
「ううん。で、お見舞いはどうするの?」
「行っても良いってさ。」
「そう、良かった。」
「それで、こんなことを頼むのも悪いが、ノートをお願いしても、いい?」
「お安い御用だよ。」
「ありがとう。じゃあ、連絡先を教えるから写真を送って欲しい。」
「うん。分かった。」
連絡先を交換し、別れる。
日はまだ落ちていない。スーパーへと向かう。日持ちのする缶詰め、カップ麺、野菜ジュースを籠に入れる。レジに向かう際に桃のゼリーが目に映る。これも、買っておくか。
最後にドラッグストアにより、見舞いに行く用のマスク、消毒液を購入する。もう後は時間を過ごすだけだ。
今一度、思い起こす。
「お前はただ、彼女に恩を返したいと思っているだけだ。」
「彼女が...そう言ってた。」
僕は、昔、生きることに疲れきっていた。そんな中、彼女に励まされて、今、こうしていられる。だから、恩を返したい。そう思ってきた。でも、それは、いけないことなんだろうか。もし、彼女が病気で困っているなら、それに手を差し伸べる事は、悪い事なんだろうか。
それに、何で彼女はあんな事をしたんだろう。
彼女が言っていた好きな人、に告白している想像が、全く出来ない。何故、あの時ご飯を作ってくれたのか、その意図が全く想像できない。
今の僕には、分からないことが多すぎた。
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